第78話:遠き再会

「ここも特に寂れてるとかないね」


 御者席から街並みを眺めながら、フェリクスは後ろの二人に話しかける。


「全然混沌としてませんねぇ」

「まぁ私も最近は、暗黒神の代行者としての働きをしていないが……、それにしても混沌と言うよりは秩序を感じる街だな」


 長閑な街並みを馬車の中から眺めつつ、フルメヴァーラも拍子抜けしたように呟く。

 やがて三人は、ステファニーの所在を確認する為、そのままブルックス邸へと向かった。


「ステファニー? 誰だそれは」


 門の前で立っていた護衛らしき人物にフェリクスが聞くと、予想していた答えが返ってくる。


「あれ? ここって、クローゼさんの御宅じゃなかったですか?」

「ここはブルックス様の御屋敷だ。そんな名ではない」

「そうでしたか、すみません間違えたようです」


 尋ね間違いの体でその場を去ると、フェリクスは路地に止めておいた馬車へと戻ってくる。


「やっぱり、記憶から消えてる様です」

「であれば、何処にいるのだろうか」

「ゼウスさんは、追われてる様ですねぇ」


 路地の壁に貼られている指名手配を見て、ラウラも心配そうに呟く。


「これだけ張られていると言う事は、この街にいたのかも知れんな」

「私、ちょっと聞いてきます」


 そう言うと、ラウラは馬車を下りて露店が並ぶ方へ走って行った。


「大丈夫かな……」

「まぁ何かあろうが、彼女も代行者だ。この国の兵士全てが束になっても、捕まる事はなかろう」

「それはそうかも知れませんが……」


 と言いつつ、ラダールに他の代行者がいないとは限らないので、フェリクスはいつでも動けるよう周囲を警戒する。

 しかしその心配を他所に、暫くするとラウラはにこやかに帰ってきた。


「ゼウスさん、ラダールにいたようですよ!」

「ほう」

「そうなの?」

「ちょっと前にステファニーさんの家で暴れたって話でした。一緒に女性もいたらしいです」

「と、言う事は」

「ステファニーも一緒なのか」

「ワルキューレさんと言う可能性もありますね」

「確かに」


 ラウラの報に状況を推測するフェリクスとフルメヴァーラ。その様子を横で眺めつつ、ラウラは今しがた露店で買ってきたミートパイをほおばっていた。




「このまま東へ行くか、サンストームに戻るか、ゼウスの足取り次第か。……ん?」


 ミートパイを食べ終えた三人は今後の進路について検討していた。

 が、フルメヴァーラが何かに気付いたように顔を上げると、遠い目で何かを聞き入る様に動きを止めた。


「どうし――」


 問いかけるフェリクスを手で制すると、フルメヴァーラは尚も神経を集中させる。


「どうやら、ゼウスはサンストームにいる様だ」

「!」

 彼女の視界は、使い魔の鷹を通してサンストームを見下ろしていた。

 もしもの為に、上空を見張らせていたうちの一羽だ。街の入り口に佇む二人の影を確認すると、頭上近くまで降下していく。

 そこには鳥の糞を頭に付け、見上げながら何かを抗議しているゼウスが映っていた。


「一緒にいるのは、ワルキューレだな」


 隣には、見覚えのある黒髪の少女が、ゼウスをなだめているのが見える。


「フッ、相変わらずだな、奴は」


 何やらジェスチャーをしているゼウスを見ていたフルメヴァーラは、視界を戻すとフェリクスを見つめ言葉を続ける。


「行き先は決まった。サンストームへ戻るぞ」

「兄さんとワルキューレさんがサンストームに……、じゃあ、姉さんは?」


 二人の安否が分かり安堵すると共に、以前行方の知れないステファニーの事が不安になるフェリクス。


「それを確認する為に、二人は王城に乗り込む様だ」


 ゼウスのゼスチャーをそう解釈したフルメヴァーラは、フェリクスに答える。


「では、急いで帰らないといけませんね」


 ラウラも同意すると、一行はサンストームを目指して馬車を走らせた。




「まったくもって、何度も何度もけしからん!」

「まぁまぁ、鳥さんも悪気がある訳じゃないですし……」


 ワルキューレになだめられてと言う訳ではないが、ゼウスの顔には笑みが浮かんでいた。

 それは、自分を覚えている人物がもう一人いた事に対する安堵であった。

 その友人に自らの今後の予定を伝えると、ゼウスは町の中へ入る前にワルキューレへ最後の確認をする。そこには、先程までのお気楽な雰囲気は消え去っていた。


「これから、君には辛い状況が続くと思う。それでも俺は俺の大切な人を守る為に血を流す。この世界はそういう世界だから覚悟して」


 どこか安全な場所に身を潜めておいて貰って、一人で来ることも考えたのだが、他に誰一人頼る事が出来ない彼女には、ただ生活するだけも厳しいだろう。故に危険であるが一緒に連れてきている。

 戦う事は出来ないとしても、これから起こるであろう事態に目を背けていては、この世界では生きていけない。たとえ、いずれ元の世界に帰る身だとしても、だ。

 だから、せめて覚悟だけはしておいて欲しかった。目の前の人間が殺人鬼になっても、信じていて欲しいと。


「は……い。」


 ワルキューレは先日の光景を思い出して吐きそうになるが、ゼウスの言葉に頷くと、絞り出すように言葉を呟く。

 彼女の覚悟を確認したゼウスは、振り返り町の門をくぐると、王城を目指して歩き始めた。




「ふむ。フェリクス君達より、ゼウスさんの方が先に来たようですね」


 紅茶を飲んでいたクラレンスに兵士が耳打ちすると、向かいにいるステファニーに聞こえる様に呟く。


「あの人が?」

「ええ。ラダールから東に逃走したと聞いておりましたが、なかなか行動が早い方ですね」


 クラレンスの言葉に、心の中に温かいものが込み上げてくるステファニー。ゼウスへ迷惑をかけている事に心苦しさはあるが、それ以上に彼に会えるかもしれない嬉しさが勝っていた。


「あなたはこのまま紅茶をどうぞ。私はお仕事に戻りますので」

「彼と……、戦うのですか?」


 立ち上がったクラレンスに、ステファニーは不安そうに問いかける。ゼウスが負けるとは思っていないが、知り合いであり、捕まっていてもなお優しく接してくれるこの男が彼と戦う事については忍びない。


「それが、今のお仕事ですから」


 恭しく一礼すると、クラレンスはステファニーの部屋を後にした。

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