二章

第77話:失われた里

「さて……と、取り敢えずは里に行ってみようか」

「フルメヴァーラさんいますかね?」

「その確認も兼ねて、だね」


 船から降りた二人は、荷物を背負うとエルフの里へ向けて歩き始める。

 最悪の場合、記憶が無くなっており、敵対する可能性もあるが、その危険を冒してでも、サンストームに乗り込む前に、人手が欲しかったのだ。それが魔王ならば尚更である。


「世界を救う為に魔王と手を組む……か。いや、世界を救う気なんて更々無いんだけどね」


 自嘲気味に呟くゼウス。

 彼はステファニーを取り戻せればそれで良かった。その結果この世界を統べる人物を倒さなくてはならないのであれば致し方ない。


「……よく考えれば、今のこの世界を収めている人物を倒すって事は、俺の方が魔王になるのか。じゃあ、魔王同士が組んでも何の問題も無いな」

「ゼウスさん、さっきから何ひとりでぶつぶつ言ってるんですか? ちょっとキモイですよ」

「ぐっ……」


 JKにキモイと言われると、心に大ダメージを受ける年になっている事に、ゼウスは衝撃を受けた。時の流れとは残酷である。

 その時の流れを転移を使って操っているコルネリウスは、まだ転移を繰り返す気でいる様だ。その証拠に、ステファニーは拘束されており、生きながらえている。もし、次の転移が最後であるなら、その後の彼女の命の安全は保障されないだろう。

 それまでに助け出さなければならない焦りを感じるが、敵の戦力が分からない現状、こちらも揃えられる戦力は揃えておきたい。その為に一刻も早くステファニーの元へ行きたい衝動を抑え、ゼウスは西へと歩を進めた。




「ごめんね、ステフ」

「ガロイア様が謝る様な事はございません」


 ステファニーは、真っ暗な空間で響く声に応える。

 そこには何もなく、誰もいない。彼女の無意識が支配する世界、夢の中である。


「まさかコルネリウス君があんな事するとは思ってなかったよ。と言うかケリュアスがそそのかしたんだろうけど、まんまとやられちゃったね」

「神様の世界も、大変そうですね」


 人(神)の心配をしている様な状況ではないが、ぼやくガロイア神に思わず同情の言葉を漏らす。


「それでなんだけど、ステフに次の代行者をやって欲しいのよね」

「私なんかで大丈夫でしょうか?」

「全然大丈夫、むしろ君しかいないよ! と言うか、私の信者、もう殆どいないんだけどね、ハハハ……」


 少し気落ちした声が、寂しそうに響き渡る。


「ただね、今は無理だから少しの間、我慢してほしいの」

「何か問題が?」

「うん、今君の体には二つの魂がある。もう気づいてるわよね?」

「あ……はい」

「その状態では魂の結びつきが不安定になるんだ。だから魂が一つになった時に契約してもらうよ」

「何か大変な時に、すみません」

「いやいや、新たな生命の誕生は、大地母神の私としては非常に喜ばしい事だよ。それに、そのおかげで君は記憶を保持できているんだから」

「あ、そうなんです?」

「うん、その話はする時間がなさそうだけど、取り敢えず暫くの間は頑張って!」


 その言葉を最後に暗闇の空間は無音に戻り、ステファニーの意識もその暗闇の中へと溶けていった。


「むー……」


 何かの音に意識を覚醒させられると、重い瞼を開いて辺りを見回す。


「飯の時間だ。ここに置いとくぞ」


 部屋の入り口で兵士がトレーに入った食事を置くと、すぐに出ていく。扉の施錠も忘れない。

 二度、三度、頭を振って首の後ろを揉むと、ベッドから立ち上がりトレーを取り上げる。

 中にはパンとスープ、鳥の香草焼きとおおよそ囚人の食事とは思えない内容だ。

 それは、万全の体調で召還の儀式をさせる為の、コルネリウスの指示だった。

 ステファニーはパンをもそもそと食べながら、これまでの事を振り返る。

 事の発端は、どう考えてもあの召喚、と言うより送還? だった。

(あの時、止める事が出来れば)

 みすみすコルネリウスを送り出してしまった事を悔やむと共に、大きく歴史が変わってしまった事への罪悪感がのしかかる。

 再び送還の儀式を行おうとしており、自分の力が利用されると知った時には、自ら命を断とうとまで考えた。

 しかし、ゼウスがこの世界でも生きていると聞いた時、考えを改めた。あと、大地母神であるガロイアに『自殺はダメ、ゼッタイ』とこっぴどく怒られた事も大いに関係ある。

(次の送還は阻止しないと)

 生きる事を決めたからには、起してしまった事態に決着をつける。そう決心したステファニーは体力を維持する為に食事を続けた。


「一人分だと、ちょっと物足りないわね」


 それはもう、「つわり? なにそれ」と言う勢いの食べっぷりだった。




「……」

「何ですか? これは」


 ゼウスとワルキューレは、以前の面影も無い廃墟と化したエルフの里を見て、呆然と立ち尽くす。

 まだ木々が燻って煙を上げているところを見ると、それ程時間は経っていない様だ。

 辺りに倒れるエルフの死体を、拳を握りしめて見詰めていたゼウスは、右手を振り上げると地面へ向けて衝撃波を繰り出す。そして、いくつかの穴を掘ると、無言で死体の埋葬を始めた。


「ひっ、誰が……何の目的で、ひっ、こんな酷い事を」


 涙を流しつつ蹲っているワルキューレは、しゃくりながら呟く。


「誰でも、何の目的でも許さない」


 土をかけながら、ゼウスは静かに答えた。

 例え里の人々が覚えていなくとも、ついこの前には一緒に飲んで騒いだ記憶がゼウスには残っていた。見覚えのある顔もあった。込み上げる思いと涙を抑え込んで、亡骸を運び続ける。

 やがて一通り埋葬を済ませると、ゼウスはしばしの間、目を閉じ死者を悼む。


「でも……、今は時間が無い。すまない」


 静かに呟き目を開くと、里から逃げていた馬を捕まえ、荷物を積み始める。

 里の人数に比べ、殺されていた数は圧倒的に少なかった。であれば、残された人々は別の場所へ逃げたか、攫われたかだ。エルフの奴隷の話を思い出したゼウスは、カルベナ共和国の関与を疑った。しかし、今はそこまでの時間的余裕は無い。口惜しい思いを抑え、今やらなければならない事を優先する為にゼウスは北へと馬を走らせた。

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