第75話:混沌の町

 ピンク色のファンシーな部屋で情報交換を終えた三人は、一息つくと紅茶に手を伸ばす。

 情報と言っても、夢で見たそれぞれの神の話なのだが、内容は大差ないものだった。


「神様に保護されてるって事は、他に記憶が残っている可能性がある人はいないのでしょうか」


 不安そうな顔で、ラウラが口を開く。

 現状、記憶が残っているのは、ここにいるラウラとフェリクス、そしてフルメヴァーラの三人だけだ。共通するのは神の代行者と言う事で、それぞれが仕える神が歴史の変異から保護してくれているのだ。


「ゼウスやステファニーは、どうなのだろうな」


 代行者ではない彼らが、現状どうなっているのか気にかかるフルメヴァーラは、二人の名を口にする。


「それなんだけど、確認する為に一度サンストームに戻ろうかと思ってるんだ」


 フェリクスは、二人の顔を交互に見て提案を話し始めた。


「記憶が残ってても残ってなくても、兄さんと姉さんには会っておきたい。危険なのは承知の上だから、二人はここに残ってて欲しい」

「残っていても何も進まんだろう。私もついて行くぞ」

「もちろん、私も行きます。と言うか、実家の魔法陣に繋げられれば、今日にでも行けますよ」


 思い出したかのようにラウラは言うと、二人を連れて転移の魔法陣がある部屋へと向かう。


「あら? おかしいですね」


 魔法陣に魔力を流し込んだ後、不思議そうな顔で首をかしげるラウラ。


「どうしたの?」

「どうも、実家の方の魔法陣に繋がってないみたいで……」

「あ、もしかしてそれって、クラレンス先生が書き換えたからかも」


 困り顔で振り返るラウラに、フェリクスは思い当たる事を答えた。


「あー、それでしたら無理ですねぇ」

「先生がやったみたいに、出口をざっくり指定するのはどうだろう」

「私、やった事ないんですよ」

「僕が見てたから書き換えてみるよ」


 フェリクスはクラレンスが書き換えた要領で、ラウラの魔法陣を書き換えていく。

 最初に見た時には意味が分からなかったのだが、何故か今では理解できて書き換えもできた。もしかしたら代行者になったからかもしれない。

 すごいぞ代行者、と思いつつ書き換えを終えると、魔力を流し込んでみる。

 淡く光り始めた魔法陣を確認すると、フェリクスは二人に振り返り話しかけた。


「取り合えず、街の外れに出る様に書き換えてみたから行って来る。ふたりはちょっと待ってて」


 言い終えると、フェリクスは魔法陣へ向けて進み始める。が、途中で腕を掴まれると、引き戻された。


「あたたっ」

「なに一人で行こうとしてるんですか」


 頬を膨らませたラウラが腰に手を当て睨んでくる。


「いや、最悪何処に出るかは保証できないんで、まず実験しないと」


 そう言って再び魔法陣へ乗ろうとしたら、今度はフルメヴァーラに止められた。


「馬鹿者。そうでなくとも少ない戦力なのに、単独行動をするでない。それに、この魔法陣は一方通行であろう。であれば帰って来るのにまた数日かかるではないか」


 戦力の分断と言われるとその通りなので、言い返せないフェリクス。しかし、危険な事に変わりはないので、どうにか言い聞かせようとしたが、二人の頑固者は首を縦に振らなかった。


「どうなっても知りませんよ?」


 しぶしぶ二人の手を握り、魔法陣の前に立つフェリクス。


「代行者が三人もいれば、何とかなりますよ」


 気楽に言うラウラ準備を済ませるのを確認すると、フェリクスは飛び乗る合図を出す。


「せーのっ!」


 手を繋いだまま魔法陣に飛び乗った三人は一瞬でラウラの部屋から姿を消した。

 視界が歪む中、離れ離れにならない様に手をしっかり握りしめるフェリクス。

 その力強さに、ラウラはほんのり赤く頬を染めると気持ちを振り払うように目をつぶって首を振る。

 やがて、眼を開き視界が正常に戻ると、視界一杯に青が広がった。


「またかああぁぁぁ!」


 隣で叫ぶフェリクスが暴れるので、手をしっかり握ると、足元にシールドを展開する。


「おわあぁぁぁ……あ?」


 いつまでも落下しない視界に、次第に落ち着きを取り戻すフェリクス。

 ラウラはそのままシールドを移動させ、地上へと二人を運んだ。

 町の外にいる間に変装を済ませると、三人は日が沈み始めてから入っていく。


「いたって普通の街並みだな」

「混沌の王が治める街にしては普通ですよね」


 ラウラとフルメヴァーラは、それぞれの感想を漏らしながら街並みを見渡す。

 日が沈み、人々は建物の中へと消えてはいるが、酒場には人が集い歓声が漏れ聞こえてくる。おおよそ、治安の悪い街には見えなかった。


「何が目的なんだろうね」


 フェリクスも、歴史が変わる前と大差ない街を見つつ呟く。

 混沌と言うからには、もっと魔物が溢れ、人々が逃げ惑う姿を想像していたのだが、ある意味拍子抜けしたような感じだった。

 夜になってから町に入ったので、人とすれ違う事は少なく不審に思われることもなかったので、ステファニーが住んでいたガロイア教会の宿舎には、すんなりと来る事が出来た。


「建物は同じだけど、ガロイア教会が無い今、ここは何の建物なんだろう」

「ケリュアス教会じゃないのか?」


 煉瓦作りの建物を見上げながら呟くフェリクスに、フルメヴァーラがもっともな事を答える。


「普通の人が混沌の神を崇拝するのかなぁ」

「安定した生活を送れるなら、神でも悪魔でもかまわんのだろうさ」


 確かに、楽な人生を送れるならば、人々はそれが神であろうと悪魔であろうと、呼び方の違いに位しか思わないだろう。

 生まれながらに捨てられ、暗黒の神を信仰するフルメヴァーラらしいとフェリクスは思った。


「あ、灯りがついてますよ」


 ラウラが指さす先は、ステファニーが住んでいた部屋だ。

 しかし、ガロイア教会の宿舎でない限り、中に住んでいる人がステファニーでない可能性は高い。だが、確認のために来ている事に変わりはないので、三人は静かに窓の淵へと近づく。

 夕食時であろうか、中からは食事の匂いと共に、歓談の声が漏れ聞こえてくる。

 その声に聞き覚えは無く、すぐに三人はその場を離れていった。


「やはり、いませんね」

「そうなると、やっぱり実家にいるのかなぁ」

「であれば、記憶も無いのかも知れんな」


 両親を失って以来、本当の姉の様に接し育ててくれたステファニーが、自分の事を忘れてしまっていると思うと、フェリクスはとてつもない淋しさに襲われる。

 もしかしたら、プロメア神がエステルの記憶を守っている様に、ガロイア神も同じように記憶を保護している可能性を信じて、何とか己の平静を保とうとした。


「おやおや、人探しですか?」


 その時、通路の先から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「クラレンス……先生?」


 暗闇から現れたその顔には、見慣れたチョビ髭が生えており、懐かしさを感じたフェリクスは、無防備に近寄ろうとするのだが、フルメヴァーラに肩を掴まれ制止させられた。


「まて、あれが味方とは限らん」

「でも、あの人は僕の先生で、色々な事を教えてくれたんだ。そんな人が敵だなんて――」

「なかなか良い判断ですね。さすが魔王の一人、と言うところでしょうか」


 チョビ髭を扱きながら、クラレンスはいつもは見せる事が無いような油断のない瞳でフルメヴァーラを見つめる。


「フェリクス君、昨日まで味方だった人物が、今日も味方だという保証は何処にも無いのです。だから、それを確認する為にも、情報はしっかり集めないとダメですよ」


 距離を保ったまま話しかけてくるクラレンスに、フルメヴァーラは短剣を抜いて構える。


「先生は敵なんですか?」


 いまだ信じられない様な表情で問いかけるフェリクス。しかし、その希望はすぐに打ち砕かれた


「ええ。今はあなたの敵と言う立場ですね。無駄な争いはしたくありませんので、大人しくあなた方も混沌王の城に来ていただけると有難いのですがぁぁぁぁぁぁぁ?」


 全てを言い終える前に、クラレンスの姿がその場から消え、絶叫だけが暗闇に響いていた。


「フェリクスさん、走って!」


 スクエアでクラレンスの足元に穴をあけ、落とした隙に走り出すラウラとフルメヴァーラ。

 突然の光景に唖然としながらも、フェリクスはラウラの声に促され後に続く。

(さて、最低限の情報は渡しましたよ。後はどう動くか楽しみですね)

 落ちたクラレンスは急いで追いかけるでもなく、穴の底で星空を見上げていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る