第74話:魔王の事情

「う……」


 プロメアに夢の中で延々話を聞いていたフェリクスは、どうにも寝ていたような気にはなれず、重い瞼を開く。


「起きたか? 調子が悪いのであれば、いま暫く休んでいても構わんぞ」


 寝呆けた顔のフェリクスを見ると、フルメヴァーラは気を使って話しかけてきた。


「ああ……、大丈夫、です」


 フェリクスは目を擦りながら応えると、立ち上がって出発の用意を始める。

 用意と言っても火の始末をするくらいで、荷物などは殆ど無く、すぐに(街中で黙って拝借した)馬にまたがると、ラウラの迷宮目指して歩き始めた。

 道中、もう二泊野営をして三日目には、目指す迷宮の入り口が見えてくる。


「何かいますね」

「そのようじゃな」


 洞窟の入り口に止まっている馬車を見て、二人は馬を止める。

 プロメアの話によれば、シアリス神の代行者であるラウラも記憶が残っている筈だ。

 であれば、ケリュアスの代行者となったコルネリウスも、その事実を知っているのが道理であろう。

 故に、ラウラも既に狙われていると推測すると、二人は武器を手に慎重に近づいて行った。


「近くに気配はないな」


 フルメヴァーラが辺りを確認している間に、フェリクスが洞窟の中へと入っていく。

 すると突然、通路だった前方に穴が開き、階段が現れた。


「これは……」


 ラウラが導いていると感じたフェリクスは、戸惑う事無くその階段を降り始める。

 フルメヴァーラはその後に続くと、後方を警戒しながら降りて行った。


「お久しぶり、という程でもありませんが、ようこそフェリクスさん。フルメヴァーラさんは遺跡探索以来ですね。ご無沙汰してます」


 階段の先はピンク色をしたラウラの部屋へと繋がっており、ラウラが本人が二人を出迎えた。


「入り口に馬車があったけど……」

「ああ、そちらの方達は迷宮の中をぐるぐるして貰ってます。それよりも――」


 二人をテーブルのある席へ案内すると、ラウラはティーカップを並べ、紅茶を注いでいく。


「お二人も既に話は聞いてると思いますので、その話をしましょう」


 と言うと、自らもテーブルについて話を始めた。




 一方、ゼウスとワルキューレの二人は、カラックの案内で宵闇の島にある彼の屋敷へと来ていた。


「普通に屋敷ですね」


 ゼウスは、目の前にある屋敷を見て素直な感想を漏らす。


「住む所ですからな」


 カラックはそう言うと、扉を開いて二人を招き入れる。

 意匠こそ違えど、その大きさはブルックス家の屋敷に引けを取らないもので、二人は周囲を見回して感嘆の吐息を漏らしていた。その時、


「お父様っ!」


 鈴を転がす様な澄んだ声が響き渡ると、階段の上から小さな影が躍り出てくる。


「!」


 しかし、二人の姿を見つけると、再び階段の影へと隠れていった。


「アリエス、怖くないから出て来なさい」


 カラックの呼びかけに、恐る恐る顔をだしてきた少女は、両手を広げるカラックの元へてくてくと駆けて行く。

 年の頃は五、六歳程だろうか、サラサラに揺れる銀髪をなびかせ、くりくりとした浅葱色の瞳と合わせて、とても愛らしい。


「かわっ!」


 ワルキューレが口元を押さえて悶絶している様子をゼウスは横目で見ていたが、その気持ちは分からなくもなかった。

 もし娘が出来るなら、こういう子が欲しいとゼウスも思う程だ。


「お帰りなさい、お父様」

「ただいま、アリエス」


(お父様って事は、この子は娘だよな……)

 衝撃の事実にゼウスが唖然としていると、カラックはアリエスを抱き上げ、くるくると回り始める。その光景は、いかに破壊の神の代行者、魔王とはいえ、普通の家庭の風景となんら変わる事はなかった。


「お父さん達はお話があるから、アリエスはお部屋で遊んでなさい」

「はい」


 もう少し一緒にいたかったのだろう、名残惜しそうな瞳を向けるが、素直に返事をすると再び階段を上がっていく。


「いい子ですね」

「ほったらかしですが、素直な子に育ってくれました」

「というと、失礼ですが母親は」

「あの子を産んですぐに……もう二十年程前の事です」

「えっ、二十年?」


 どう見ても五、六歳にしか見えなかったアリエスを思い出すと、ゼウスは思わず口にしていた。


「……さらに失礼ですが、カラック殿はおいくつで?」

「千を越した辺りから数えてはおりませんね」

「……な、なるほど」


 ヴァンパイアとはそういう者なのだろうと納得すると、ゼウスはカラックの案内で一階の突き当りの部屋へと入っていった。


「さて、これからの事ですが、ゼウス殿はどうされるおつもりで?」


 三人が席に着くと、まずカラックが声を発する。

 ゼウスとしては、ステファニーを取り戻す事が第一条件なのだが、その為にはコルネリウスを何とかしないといけない様なので、仕方なく倒す方針であることを伝える。

 ワルキューレは、元の世界へ帰りたい意向は変わらず。その為には、ステファニーが必要であり、助けたい気持ちもあるので、ゼウスに同行する意思を話した。


「なるほど、お二方の意見は承りました。神々の意向もコルネリウス打倒の様ですので、ここはひとつ、力をお貸ししましょう」

「一緒に戦ってくれるんですか?」


 カラックが一緒に戦ってくれるのであれば、これ程心強い助っ人は無い。それは一度ならず戦った事のあるゼウスには十分に理解できていた。


「残念ですが――」


 しかし、カラックは首を横に振ると、ゼウスの期待に応えられないと呟く。アリエスを置いていく事は出来ないし、連れて行って危険に晒す事もまた出来ないのだ。

 その代わりに船を一隻用意すると言うカラックは、一枚の地図を広げる。

 そこには大陸南方の地形が記されており、彼が指さす先には宵闇の島が書かれていた。


「今はここです。そしてあなた方が進むべき道はこう」


 指を左へと進め、ある地点で止める。


「ここで上陸して行けば、人目につく事は少ないでしょう」


 そこには、エルフの森と書かれていた。


「ここまでって、何日かかるんだか」


 馬車で行けば一月はかかりそうな距離に、ゼウスは軽く眩暈がする。


「今の時期の風向きと、潮の流れならば、二週間ほどで着くでしょう。勿論、立ち塞がる人間を薙ぎ倒していけば、陸路でも二週間でサンストームに着く事は出来るでしょうがね」


 少し意地悪く聞こえるのは気のせいだろうか、しかし彼は、ゼウスがそれを出来ないと知っていて船を用意してくれているのだ。その行為は素直に受け取るべきであった。


「船をお借りします」

「分かりました。では、早速用意をいたしましょう」


 ゼウスが答えると、カラックは立ち上がり、部下へ指示を出す為、部屋を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る