第73話:神の意志

「それじゃあ、先に襲ってきたのは人間の方だと?」

「左様です。基本的に私は先に手を出す事は御座いません」

「え、俺むっちゃ襲われましたよ?」

「あなたは、いずれ私を滅ぼす役目で召還されましたからね」


 ゼウスの突っ込みにしれっと返すカラック。二人のやり取りを馬車の後ろで見ているワルキューレは、いまだに憮然とした表情だった。

 カラックの話によれば、元サネルマ共和国だった場所の人間が、徒党を組んでカラックの島(宵闇の島と言われる)へ襲撃に赴こうとしていたのだという。その為、島に上陸される前に手を打ちに来たとの事だった。

 人間からしてみれば、海を挟んだ向こうに魔物の島があるから退治に行こうというノリなのだろうが、襲う気も無い側からしたら、迷惑この上ないのだろう。毎回、カラックは本土にやって来ては壊滅して帰っていく。


「そう言えば、まだ『魔王』って呼ばれてるんですか?」

「いいえ、『この歴史の流れ』では、私は魔王とは呼ばれておりません」

「この歴史、では?」


 ゼウスはカラックの口ぶりから、何か知っているものと推察する。


「ええ。ゼウス殿はこの歴史には本来存在していない事も存じております。故に、今ここにあなたが『存在』している事に些か驚きを禁じ得ません」

「存在していない……じゃあ何でいるんでしょうね」

「分からないから驚いているのですが、考えるに『歴史の外』に存在しているのではなかろうかと」


 カラックが言うには、歴史の中の出来事は、関わる事象によって変化していくが、歴史の外の存在は、如何様に歴史が変わっても、その歴史の上に居座り続けるのではないか。と言うものだった。

(だから皆の記憶に残ってないのか)

 カラックの説明に、ゼウスは自分なりに理解して納得しようと努める。そして、残る疑問を聞いてみた。


「自分の存在は何となくわかったけど、何でカラック殿が俺を覚えてるんですか?」

「それは、我が神シルヴァス様の御力によるものです」

「神様が記憶を残した? 何の為にその必要が?」

「このままサンストームの人間を放置しておくと、世界の均衡が崩れてしまうらしいですよ」


 簡単に言えば、神々はこの世界で人間に介在し、『遊んで』いる。だから、一つの神が世界を支配すればゲームオーバーだ。それを防ぐ為に、神々は色々な策を弄してくる。人間に力を与えたり、天啓と称して情報を与えたりするのもその一つだ。今回の記憶の残留は、ある神に一人勝ちさせない為のものだった。


「コルネリウスは聖王、ガロイア神が世界を支配しようとしている?」


 ステファニーが仕えていた神が世界を支配しようとしているなど、信じられないゼウスだったが、カラックはその言葉に首を振ると、新たな真実をゼウスに告げた。


「いいえ、この歴史ではコルネリウスが仕える神は『ケリュアス』。混沌を司る神です」

「混沌……」

「彼は混沌の王、『カオスロード』として、この世界に君臨しているのです」


 ラスボスっぽい名前の登場に、ゼウスはゲームの終盤を連想する。ゲームと言ってしまえば、この世界に生きている人々に申し訳ないが、神々からすれば暇つぶしのゲームなのだろう。その遊戯の駒にされていると思うと、なんとも腹立たしいものがあったが、この世界で生きていく以上、その誘いに乗って動かなければ、捨て駒として見放される可能性もある。

 ゼウスは覚悟を決めると、コルネリウス打倒の為、自分が出来る事を考え始めていた。




「まさか、こんなところでフルメヴァーラさんと野生生活するとは思っていませんでした」


 ドゥルイットの町を離れた二人は、北の森で野宿をしていた。ラウラの迷宮へと行く為である。


「長い人生、そういう事もある。人間にとっては短い一生、か」


 森で射殺した鹿を手早くさばきながら、フルメヴァーラは答える。


「ところで今更なんですが、エルフなのに森の生き物って殺しても良いんですか? 森の神様的に」


 と言いつつ、食べる気満々で火を放つフェリクス。もはや空腹には、何者も勝つことは出来ない。


「心配は無い。私の仕える神はエレンボス様、破壊の神だ。そもそも、生まれてすぐ捨てられた身で、エルフの神を崇める暇など無かったがな」


 冗談交じりに答えるフルメヴァーラだったが、その心中には計り知れない憎しみがある事を感じ取ると、フェリクスはしばしの間無言で肉を焼き続けた。


「ふー、やっとお腹が満たされました」


 食事の終わった二人は、交代で見張りながら休憩をとった。

 そして、フルメヴァーラが起きてくると、フェリクスに夢で聞いた話を語り始める。


「神様が記憶を残していた?」

「ああ、どうやらサンストームにいるコルネリウスと言う輩が、よからぬ事を企んでいるらしい。その為、歴史が変わったこの世界で記憶を残しておいたそうだ」

「人の記憶が変わったんじゃなくて、歴史自体が変わってたんだ……通りでエステルと婚約してない訳だ」


 衝撃の事実にフェリクスは力を失う。失った記憶なら取り戻せる可能性もあるが、歴史が変わってしまっているのであれば、歴史を戻さなければエステルは取り戻す事が出来ないのだ。

 そんな途方もない事が出来るとは思えないし、やり方すら分からない。


「まぁ今は出来る事を一つずつやっていくだけだ」


 落ち込むフェリクスを気遣う様に、フルメヴァーラは声をかける。

 そしてフェリクスが睡眠に入ると、夢にプロメアが現れ、フルメヴァーラがエレンボスから聞いた話を聞かされた。


「その話は大体、聞きました」

「そうかそうか、ならこの話はどうじゃ?」


 元気のないフェリクスに、プロメアはもう一つ重要な事を語り掛ける。


「お前さんの嫁は、お前さんを通してわしが守っている。いずれ記憶も戻るじゃろう」

「え?」

「じゃから、挫けず頑張ってみるがよい」


 失意の底にいたフェリクスにとって、希望の光ともいえるその言葉に、力がみなぎり始める。


「有難うございます! プロメア様」

「なんの、お前さんが炎帝まで上り詰める程に努力した褒美じゃ」

「本音は?」

「ケリュアスに一人勝ちさせたくないんじゃ!」


 いつの間にか横にいたまさおから聞かれると、思わず本音で返すプロメアだった。

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