第71話:それぞれの行く先

 サンストームに支配されているとはいえ、普段の街並みとそう変わらないエッジワースをうろつきながら、ゼウスはブルックス家の屋敷を目指す。

(既に捕まってたらどうしよう)

 最悪を想定しつつ、合流した時の今後の予定も考えながら屋敷に到着すると、何故かワルキューレと目が合った。


「あ、ゼウスさーん!」


 どう見ても連行されているワルキューレが、こちらに向けて繋がれた鎖ごと手を振っている。引いていた兵士が振り回されているのが可哀そうだ。

 それにしても、変装しているのにあっさり見つかるとは、そんなに自分の変装技術は未熟なのかとショックを受けるゼウス。

 そして、落ち込んでいる間に兵士の何人かが、こちらに向かって走って来ていた。


「貴様! あの女の知り合いか!」

「いえ、知りません。人違いでしょう」


 取り合えず嘘を言ってみるゼウスに、後方で悲しそうな顔をしたワルキューレが何やら叫んでいた。


「そんなぁー! 助けてくださいよぉ」


 ワルキューレって、あんなにポンコツだったっけ、と思いながら連行しようとする兵士の手をはたく。


「貴様、抵抗すると切り捨てる…… ひぃ!」


 威勢よく叫びながら抜き放った剣を、ゼウスは片っ端から取り上げ、振って兵士を追い払う。


「ききき、貴様! 近づいたらこの女の命は無いぞ!」


 ゼウスが護送の為用意していた馬車へ近づこうとすると、鎖を握っていた兵士がワルキューレの首元へ剣を突き付け、悲鳴のような叫びをあげ始めた。


「おいおい、何処の悪党だよ。お前ら仮にも国の兵士だろうが」


 半ば呆れつつ応えると、ゼウスは一足で間合いに入り、兵士の剣を跳ね上げる。

 先程と同様に剣を振って兵士を追い払うと、ワルキューレが繋がれていた鎖を断ち切った。


「有難うございます!」


 半分目に涙を浮かべながら喜ぶワルキューレ。ゼウスも仲間に会ってほっと息をつく。


「騒がしいと思ったら、賊の仲間か」


 屋敷から出てきたレイナードが、二人を見て訝しげに呟く。


「あぁ、これはお義父さん」

「貴様の様な賊を息子に持った覚えはない!」

「私も知らないって言われたんですよ」


 レイナードの反応に首をかしげているゼウスに向かって、ワルキューレが後ろから囁いてくる。


「えー、ステファニーさんの旦那ですよ?」

「うちの娘に、ステファニーと言う者はおらん」


(もしかして、ではステファニーと結婚していない? ってか、ステファニーがブルックス家の娘じゃない?)

 色々謎は深まるばかりだが、取り敢えずワルキューレとは合流できたので、これ以上囲まれる前に、ゼウスは護送に使う予定だった馬車に乗ると、ブルックスの屋敷を去った。


「むちゃくちゃ撃って来てますよ?」

「当たるかもしれないから、しゃがんでてね」


 魔法はゼウスの剣が吸収していたが、矢は馬車にガンガン刺さっているので、念のためワルキューレに注意しておく。


「そういえば、槍は屋敷に置いたままだよねぇ?」

「あ、そう言えば……ちょっと呼びますね」

「え? 呼んだら来るの?」

「え、ゼウスさんの来ないんですか?」


 そんなまさか! みたいな顔で見られると、何だか古い道具を使っている様な気になるからやめていただきたい。


「呼んだことは無いねぇ」


 あえて来ないとは言わず、答えをぼかすゼウス。実際呼んだ事が無いので、来るか来ないかは分からないが、同じ遺跡から出てきた武器ならば、ワンチャンあるかもしれない。そう思うと、僅かながら虚勢を張らずにはいられなかった。


「ロン、おいで!」


 そんなゼウスの気持ちをこれっぽっちも気にする事無く、ワルキューレは屋敷の方に向かって叫び始める。

(やっぱりジョンだ)

 彼女は、またもや近所の犬を思い出す様な名を叫ぶと、右手を掲げて待つ。

 瞬間、ブルックス家の二階の壁が爆発すると、彼女の手には既に槍が握られていた。


「元気すぎるだろ!」


 大穴を空けて煙を上げるブルックス邸を振り返りながら、ゼウスは呆れたように突っ込みを入れる。


「よーし、よしよし」


(完全にペットだこれ)

 もはや突っ込む気も無くなったゼウスは、取り敢えず東へ向けて馬車を走らせた。


「さて、もう追っ手は来てないかな?」

「見えませんねぇ」


 見つかっては逃走を二日間続けた結果、ダンブルの町まで来た二人は食料等の買い出しの為、店の並ぶ通りへと入っていく。

 以前、カラックを迎え撃った時の様な悲壮感はなく、街はそれなりに活気づいていた。


「ところで、何でみんな俺達の事覚えてないのに、ワルキューレちゃんは俺の事覚えてるんだろうね?」

「それですよ、最初は何かの冗談だと思いましたもん」


 考えられる可能性としては、『召喚者だから』なのだが、歴史が変わったのであれば、自分達がこの世界にいる事自体がおかしな話になる。

 考えれば考える程、矛盾が湧いてきそうなので、もっと情報が集まってから考える事にすると、当面の逃走先について考える事にした。


「これ、美味しそうですよ」

「日持ちしそうにないのは、今食べる分だけにしといてね」


 両手に食物を持って話しかけてくるワルキューレに注意するが、ここ二日はろくな物を食べていなかったので無理もないだろう。しかし、この先は何処まで行くか分からないので、保存食を主に買わねばならない。

(サンストームに支配されている世界で指名手配されてるんだから、実質全国指名手配だよなぁ)

 まだ、ラダールまでは情報が来ていない為、こうして呑気に買い物が出来ているが、数日後には外を歩けない状況になっているだろう。今更ながら、凶悪犯の様な扱いにげんなりする。

(いっそ、人間のいない所に行ってみるか)

 ある考えが浮かんだゼウスは、ワルキューレと共に買い出しを済ませると、さらに東へ向け馬車を走らせた。




「腹減った」

「俺っちは兄貴の魔力があればずっと動けるけど、このままだと兄貴の魔力、と言うより生命力が切れそうだな」


 ドタドタと走るまさおの背中で、ぐったりした様子でフェリクスが呟く。

 追っ手を撒いて走り続けた結果、ゼウスとは反対方向の西へ来た彼は、ドゥルイットの町まで来ていた。


「町だ! ご飯だ!」


 まさおを元に戻すと、フェリクスは酒場へと喜び勇んで入っていく。

 しかし、そこである重要な事に気付いた。

(お金が、ない?)

 寝起きに捕まり、急いで杖だけ回収したので、お金はその他の装備の中だ。

 痛恨のミスに項垂れていると、カウンターの奥の方で何やら言い争う声が聞こえてきた。


「おい、ねぇちゃん! 金も無しに酒を飲むとはいい度胸じゃねぇか!」


 どうやら、タダ飯食いの先客がいたようだ。黒い肌に長い銀髪が映える女性のようだが、フェリクスはその姿を何処かで見た覚えがある。

(んー?)

 確認しようと近づくと、振り返った女性と目が合った。


「あ」

「おお、フェリクス。まさかお主も私を知らぬと言うのではあるまいな?」

「ぐぅ」


 自分を知っている人物に出会えた事に安堵するフェリクス。そしてその安堵のあまり、思い出したようにお腹が鳴るのであった。

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