第三部:一章

第69話:新たな世界

 寝ぼけた頭で考えるが、捕まる様な事をした覚えのないゼウスは、後ろ手に縛られながら、兵士に尋ねる。


「何の罪で手配されてるんです?」

「我がサンストームを転覆させる重犯罪人として、貴様は指名手配されている」

「まだ転覆させてませんよ?」

「うるさい! 大人しく同行しろ!」


 縛り終わった兵士がゼウスを立たせると、出口へと引っ張っていく。


「あのー、ステファニーも捕まってるんでしょうか?」

「ステファニー? あぁ、あの僧侶はコルネリウス様の命令で監禁している。なんでも次の召喚に必要だとの事だ」

「なるほど、有難う」

「なっ、貴様? ガッ!」


 兵士が余計なことまで話してくれたお陰で、ステファニーの当面の身の安全は確認できたゼウスは、縄を断ち切ると次々に兵士を気絶させていく。

(さて、どうしようか)

 指名手配と言う事は、この国には長居できそうにないし、下手をすればステファニーの身に危険が及ぶ。取り合えず身を潜める為、ゼウスは兵士が乗ってきた馬にまたがると、ラダールへ向けて馬首を巡らせた。




「兄貴、兄貴!」


 顔をガンガン突かれ目を覚ましたフェリクスは、まさおの慌てように辺りを見回そうとして、自由が利かない事に気付く。


「何、これ?」


 後ろ手に縛られ、足首も縛られた状態で冷たい石畳の上に寝ている体を揺さぶってみる。


「俺っちも意味が分からねぇ、朝方、屋敷の護衛がぞろぞろ来たと思ったら、兄貴を縛って連れて行ったんだ」


(エステルに何か粗相でもしただろうか……)

 昨夜の披露宴パーティーの後を思い出そうとする。付き合いとは言え、慣れないワインを飲んで倒れた後の記憶がない。もしかしたらその後何かとんでもない事でもしたのだろうか。

 取り合えず、エステルに会って謝ろうと思うと、フェリクスは手足を縛っている縄を炎で焼き切った。

 そして、扉の外にいるであろう見張りへ向かって、声をかけてみる。


「すいません、エステルに会って話をしたいのですが」

「貴様の様な犯罪者を、お嬢様に合わせる訳がなかろう」

「犯罪者って……僕が何をしたんですか?」

「国から反逆者として手配されている奴が何を白々しい事を……」

「は?」


(反逆者? 手配?)

 まったくもって意味の分からない展開に、フェリクスは最初、エステルの冗談かと思った。

 しかし、いくら待ってもエステルは現れず、代わりに来たのがサンストームの兵隊達だったので、いよいよもってこの事態が冗談ではないと判断したフェリクスは、兵士も護衛も炎で追い払うと、エステルを探して屋敷を彷徨う。

 同時にまさおの案内で杖を見つけ、回収して出ようとしたその時、


「止まりなさい、この下郎!」


 よく聞いた事のある声が入り口から聞こえてきた。


「エステ……ル?」


 自分にかける言葉がいつもと違う。

 自分を見つめる視線がいつもと違う。

 自分に向ける感情がいつもと違う。

 愛した女性が目の前に立っているのに、フェリクスは違和感しか感じなかった。


「気安く、私の名を呼ばないでくださいまし」


 そう言うと、エステルはフェリクスが送った杖を構える。


「何か気に障った事をしたのなら、謝るよ。だからこんな冗談は辞めて欲しい」


 頭を下げ、懇願するフェリクス。しかし、エステルの表情が和らぐ事は無い。


「申し訳なく思うのならば、大人しく投降して罪を償いなさい」

「罪ってなんだよ」

「国へ反逆する大罪人というだけで許されざる存在だというのに、あまつさえ我がカレンベルク家に押し込むなど、言語道断!」

「押し込むって、なんで君の婚約者である僕がそんな事をしなくちゃならないんだ!」

「婚約者?」


 その言葉にエステルの表情は一際険しく変わると、吐き捨てる様に言い放った。


わたくし、あなたの事など存じませんわ」


 フェリクスを見つめる冷たい瞳は、冗談を言う類の物ではなかった。むしろ憎しみや殺意といった感情すら垣間見える。


「君は……」


 エステルの言葉に、胸に突き刺さる様な痛みを覚えながら、フェリクスは震える唇から声を絞り出す。


「君は……誰だ?」




(国中ってのは、あながち冗談ではないみたいだな)

 サンストームの国境に差し掛かる所でも、兵士らしき集団を見かけたゼウスは、ひたすら馬を走り続けさせる。

 そもそも、何がどうなってこの様な事態になったのか、情報が少なすぎて考える余地もなく、焦りだけが積み重なっていた。

 兎に角、情報を得る為、道中にある馬車のターミナルへ馬を止めると、付属している酒場へと足を踏み入れる。念の為に軽く変装は施しておいた。

 中はまだ昼前と言う事もあり、客はまばらである。ゼウスはカウンター席へ腰を掛けると、眠たそうに食器を磨いている男に声をかけた。


「取り合えず、エールと何か食べるものを」

「あいよ」


 荷物をカウンター下に置きつつ、周囲を見回す。兵士はいないようだが、傭兵達が賞金欲しさにうろついている可能性があるので、目立つ行動は極力控える。


「しかし、ここに来るまで兵士がやたらうろついていたが、何かあったのか?」

「ああ、うちも今日聞いたばかりだが、なんでも反逆者が逃げ出してるらしいってんで、国中で探してるらしいぜ」

「そいつは物騒だな」

「まったくだ、それで街道の往来が減ったら商売にならねぇぜ」


 暇だからか、口の良く動く男は、エールを出した後も、食事の用意をしながらゼウスに話しかけてきた。


「兄ちゃんはどっから来たんだ?」

「ラダールからだ」


 男の表情が少し険しくなる。


「ラダール? お前さん、見かけによらず古い人間か?」

「ん? ……ああ、よく言われるな」


 会話に違和感を感じ、言葉を濁す様に答えるゼウス。


「今頃ラダールなんて言う奴は、すっかり見ないからな」


(ラダールがラダールではない? どういう事だ)

 新たな情報に困惑ぎみのゼウスに、店の男は話を続ける。


「もう二十年くらいか、ラダールがサンストームに落とされて。俺もラダール出身だったから、あの時は悔しかったもんだ。おっと、こんな事兵士に聞かれたら、打ち首もんだ」


 男は冗談半分の様に言うと、温めた鶏肉のシチューとパンをゼウスに差し出した。

(ラダールが落とされたって、何の話だ?)

 極力、動揺は出さない様に務めているが、話が増々見えなくなったゼウスは、口に運ぶ食べ物の味さえ分からなくなっていた。

 昨日の今日で事態が一変している事といい、わずか数日の間に国が国でなくなっている事といい、やがてゼウスはその違和感に、ある考えへと思い至った。

(歴史が……変わっている?)

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