第68話:さよならの朝

「それでは、行ってきます」

「ああ、気を付けてね」


 上級僧侶ハイ・プリーストのローブを身に纏ったステファニーが、寮の扉を開いて出ていく。

 急遽決まった召喚を執り行う為だ。

 前回、鈴木 戦乙女ワルキューレが召喚されてから、まだ三か月しか経っていない。

 シスター・テレジアの話では、魔力が溜まるのに半年はかかると言われていたのだが、どういう理屈で、誰の依頼で執り行われるのか、その辺の事情が明かされる事無く進んでいる状況に、ステファニーは言い知れぬ不安を感じていた。

 教会に着くと、すぐに召喚の間に通され、儀式の準備に入る。


「シスター・テレジア、今回の召喚は何処の依頼なのですか?」


 慌ただしく走り回るテレジアを見つけ、ステファニーは疑問の一つを投げかけた。


「あら、シスター・ステファニー。今回の召喚はコルネリウス様直々の案件だから、気を抜かないでね」


 そう言うと、テレジアは再び走り始める。

(コルネリウス様が直接? 何か新しい実験かしら)

 所定の場所まで歩いて行くと、ステファニーは考えを巡らせながら始まりの時を待つ。

(となると、今回の召喚は誰か邪魔するのだろうか……、私としてはワルキューレちゃんが元の世界に戻る為には、協力した方が良いと思うんだけど、うーん……)

 悩んでいる内に、いつの間にかコルネリウスが現れると、召喚の儀式が始まった。

(召喚者が死ぬの確定だったら助けよう)

 召喚の邪魔が入るようならフォローしていく事に決めたステファニーは、魔力の供給を始める。

 いつもの様に召喚陣が輝きを放ち始めると、周囲を囲んでいる十二人の上級僧侶が両手を掲げていく。

 そして上空に映像が映し出されると、召喚者が映し出される。……のだが、今回は何時まで経っても人の姿は現れなかった。




「予想より早いですね」


 学院長室から来客が去った後、クラレンスは一人紅茶を啜りながら呟く。

(何か焦る様な案件があるのか、それとも実践に移れる程に確証を得たのか……。何にせよ、身の振り方を決めないといけませんねぇ) 

 教会の方を眺めると、クラレンスは、残った紅茶を一気に煽った。





(おかしい)

 いつもとは違う光景に、周囲の僧侶達にも動揺が広がり始める。

 そしてその後、新たな違和感に、更なる緊張が広まった。

(体が、動かない?)

 手はおろか、首を振る事すら出来ない状況に、今回の召喚が異常である事を悟ると、ステファニーは魔力の供給を辞めようとする。

(えっ?)

 しかし、自分の意思で止める事が出来ず、魔力は勝手に放出を続けていた。

 周囲の僧侶も同様に、焦りの波だけが広がっているのが分かる。

 その中で唯一、人物が、召喚陣の中心へ向けて歩き始めていた。

(コルネリウス……さま?)


「今日は、記念すべき日に協力いただきまして、皆さん有難うございます」


 好々爺の表情を浮かべた白髪の老人が、召喚陣の中心へたどり着くと、穏やかな声で皆に語り始める。


「今日の召喚は人を呼び寄せるものではなく、人を為のものです」


 自らを元の世界へ戻すと言っていたコルネリウスの言葉を、ステファニーは思い出す。同時にゼウスの言葉も思い出すが、もはや自由の利かないこの状態では、どうする事も出来ず、ただ事の成り行きを見守るしかなかった。


「それでは皆さん、またいつかお会いしましょう」


 上空に映る空間から光が伸びると、コルネリウスを包み込み、吸い込む様に持ち上げて行く。

 魔力の貯蔵が足りなかったのか、いつも以上に消費しているのか、術者たちの魔力は引き続き吸い取られ、枯渇した術者から順に立ったまま気を失う者が現れ始めていた。

 術は止まる事無く続けられ、コルネリウスは浮き出している映像の中へと入っていく。そして一際眩い輝きを発すると、後には元の空間が残されるだけとなっていた。

 光が収まった召喚の間には、気を失ったまま倒れ伏す術者や、辛うじて意識を保っていた者が伏せって肩で息をする光景が広がっている。

(成功……したの?)

 膝をついたまま、呆けたような表情で上空を見つめているステファニー。

 辺りは動ける者が気を失った者を回復させたり、緊急の事態に右往左往し始めていた。




「代表者の選定、ですか?」

「そうじゃ、コルネリウス様がお消えになった今、聖ガロイア教会の代表を選定せねばならん」


 主の消えた聖域で、エドガールが残りの上級僧侶を集めて話をしている。何故正式な僧侶ではないステファニーまで呼ばれているのか、不思議に思いながら問いかけていた。


「私がここにいる必要があるのでしょうか?」

「君は一度、コルネリウス様の召喚を聞いているのではないか?」


 それは初めての召喚に参加した時、コルネリウスの後ろに立っていた事を言っているのだろう。ステファニーは嫌な予感しかしなかったので、改めて聞いていない事を話した。


「うぬぬ……、それでは召喚できる者がいなくなってしまうのじゃ」


 深刻な問題に唸るエドガールは、何か対策が無いか周囲に意見を求めるが、誰も答える事が出来なかった。

 ガロイア教は、コルネリウスが召喚の技を会得してから、サンストームの国教として認められ、一気に勢力を拡大した教会である。

 それが召喚出来なくなったとなれば、サンストーム王家から用なしの烙印を押されかねない。故に、教会としては早急に『召喚が出来る』代表者を作らなくてはならなかったのだ。

(帰りたい……)

 会議は召喚が終わった昼過ぎから、日が沈むまで延々と続き、議論を繰り広げているのだが、建設的な意見が出る事は無く、ステファニーもずっと付き合わされていた。


「次にできる召喚が一年後と言う事にして、それまでに召喚できるようにしたらいかがでしょうか?」


 完全に問題の先送りだが、このままでは何の解決も見込めそうになかったので、ステファニーは妥協案を提示する。


「やはり、それしかないか。では、誰を代表者に据え置くかだが――」


(あ、今度はそこからなのね……)

 もう暫く会議は終わりそうになかった。




 翌朝、結局ステファニーは帰って来ず、一人寝ていたゼウスは、物音で目を覚ます。


「……うるさい」


 扉を叩く音は尚も勢いを増し、しまいには叩き壊す音が響いてきた。


「おいおい、何ご――」

「ゼウスだな? 貴様を反逆罪で逮捕する!」

「は?」


 バタバタと靴音を響かせながら現れた六人の兵士に囲まれ、寝ぼけ眼のゼウスは意味が分からないまま、両手を上げていた。

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