第64話:遭遇

「この島全部の魔物が死霊化してるのか」

「そんなに広い島ではなかったからな、その可能性は否定できない」


 もはや数えるのを辞めて暫く経つが、いまだ衰える事の無い魔物の波に、フェリクスが苛立ち交じりに吐き捨てる。


「ああもう、鬱陶しい!」


 忌々しそうに叫ぶと、球体を周囲に円状に配置し、回転させながら青い炎の筋を放つ。

 フェリクスを中心に広がる炎は魔物と言わず、周囲のあらゆる物を灰と化しながら広がっていった。

 人工精霊を操る様になって一年近く経ったフェリクスは、自在に操るどころか、定期的に魔力を供給して長時間稼働も可能にしており、無尽蔵といえる魔力と合わせて驚異的な火力を発揮していた。


「えりこ、今のうちに飛んで、洞窟とか地下への入り口がありそうな所を探して来て!」

「はーい」


 杖から飛び出したえりこが上空で二、三度回ると、右の方へ向かって飛んで行く。


「兄貴、おかわりが来たぜ」

「いい加減、同じものばっかり胸やけがしてきたんだけど」


 再び取り囲む死した魔物の群れに、フェリクスはげんなりした顔で呟いた。




(もう時間がない……)

 封印の前に立っていたラウラは、徐々に光を失いつつある魔法陣を見つめながら、アスタフェイの迎撃に備える。

 不死の魔王と恐れられる彼は、その名が示す通り死ぬ事は無い。何故なら既に死んでいる、所謂幽霊だからだ。故に、倒すには消滅させるしか手はない。

 しかし、ステファニーがターンアンデッドで浄化しようとした時、彼はあろう事かそれを防いだのだ。通常、いかな霊体であろうと、大なり小なり浄化の影響は受ける。それを完全に防ぎきるには何らかの手段、もしくはアイテムが必要となってくる。

 そして、ラウラはそのカラクリが、アスタフェイのローブにあると踏んでいた。

 ターンアンデッドを防ぐ時に、アスタフェイが纏っていたローブのフード部分が文字を発していたのをラウラは見ている。

 あのアイテムさえ破壊できれば、ターンアンデッドを通す事ができるだろう。

 ラウラはその僅かな可能性にかけ、準備を進めていたのだった。

(私だけで魔王を倒す。この大事な時期に、彼に頼ってはいけない)

 ラウラは思いを胸に秘めると、シアリス神のロザリオを両手で握りしめた。



「フェリクスーっ! 見つけたわよー!」


 上空から戻ってきたえりこが叫ぶと、フェリクスはその方向へ向け、わき目も降らず駆け出す。

(間に合え!)

 焦る心を押さえ冷静を保とうとするが、強く握る拳に汗が滲む。相変わらず波の様に襲い掛かってくる魔物に、その憂さを晴らすかのように炎を叩きこむと、焼け焦げて黒くなった道をフェリクスは走り続けた。

 死してなお動き続ける魔物達は、奥に進む程にその大きさを変えてくる。

 最初はゴブリンやオークだったものが、次第にオーガやミノタウロスへと変わり、今ではドラゴンが行く手を塞いでいる。


「兄貴、この前の洞窟の奴だ、毒に気を付けろ!」


 背後で注意を呼び掛けるまさおの声を聴きながら、フェリクスは周囲を舞っていた球体を眼前に集める。


「やられる前にやるさ」


 十二個の球体から発した光は途中で一つになり、青白いレーザーの様な軌跡を残してドラゴンの顔を焼き払う。そして、そのまま太くなっていった光の筋は残りの胴体も呑み込んでいく。


「ふぅ……」


 小さく光る粒子を辺りに漂わせながら、集まっていた球体が消滅していく。そしてその前にいたはずのドラゴンゾンビは、断末魔の叫びをあげる事も無く周囲の森共々、跡形もなく消えていた。


「急ごう」


 新たな人工精霊を顕現させると、ラウラを探し再び走り始める。


 やがて山肌に穿たれた洞窟の入り口が見えてくると、フェリクスはそこを目掛け休むことなく走り続けた。洞窟へ入った瞬間、中のひんやりとした空気に包まれると、魔物の気配も一変した。


「今度は肉無しだな」


 まさおの声にフェリクスが前方を確認すると、暗がりの中にゆらゆらと揺れるの様なものが漂い始めるのが見える。


「邪魔をするな!」


 フェリクスは、球体を前面に展開して通路に現れるワイトやレイスを焼き払って行く。

 暫く奥に進んでいると、突然壁から現れた黒い手が、顔を撫でる様に襲い掛かって来た。

(アレはまずい!)

 本能的に黒い手に触られる事を拒んだフェリクスの体は、転んで負傷する事も構わず体を投げ出す。


「がはっ!」


 体をひねって躱した為、左肩から地面に転がると、そのまま二転、三転して黒い影の追撃に備える。


「ふん、魔導院の手のものか」


 黒い手はそのまま壁から出てくると、続いて顔、胴体と現れ、フェリクスに話しかけてきた。そして赤く光る瞳が輝きを増すと、体から何かが抜かれるような虚脱感に襲われ始める。フェリクスは、すかさず魔力障壁を強化して対処するが、その分魔力を供給していた人工精霊が何個か消失していた。


「邪魔をするな、アスタフェイは何処だ!」


 フェリクスは残っている球体から炎を発すると、黒い影を焼き尽くそうとする。

 しかし、影は再び岩の中へと入っていくと、反対側の壁から姿を現した。


「何処も何も、私はここにいる。用があるなら相手をしてやるが?」

「なに?」


 フェリクスは焦った。今この目の前にいるのがアスタフェイであるならば、ラウラはどうなったのだ? 考えたくもない事態が頭の中に浮かび、正常を失いそうになるが、何とか彼女の所在を聞こうとする。


「ラウラを何処へやった」

「?」

「洞窟にいた女の子はどうした」

「そのような者は知らぬな」


 アスタフェイの予想外の答えに、フェリクスは安堵した。ラウラと遭遇する前に、こちらが先に魔王と対峙したのだ。


「そうか……、なら後は貴様を倒すだけだな」


 千載一遇のチャンスに、フェリクスは立ち上がると、残る六つの球体に魔力を込めた。

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