第62話:適正

 森に着いたゼウス達は、早速フルメヴァーラと謁見していた。

 直近の脅威は排除したとはいえ、二人の勇者がラダールを空けているのだ。出来るだけ早めに特訓を済ませ、帰りたいところだった。


「よく来たな、今日はその娘の要件と聞いたが」

「はい。弓を教えて貰いに来たんですけど、いいですか?」

 

 彼女は、ゼウスの要請に特に悩むことなく応える。


「構わんが、教えて出来るかどうかは娘次第だぞ」

「有難うございます。十分ですよ」


 問題なく話が進んで、ほっと胸を撫で下ろすゼウス。


「よ、宜しくお願いします。ところで……」


 ゼウスの隣で緊張していたワルキューレは、ぎこちなく頭を下げると、続けて問いかけた。


「フルメヴァーラさんはエルフだとお聞きしたのですが、おいくつなんでしょうか?」


(今ここで聞くか!)

 ゼウスは、今しがた撫で下ろした胸の鼓動が一気に高まるのを感じた。


「ハハハ、人間というのは、余程エルフの年齢に興味がある様だな。細かい事は覚えていないが、三百は超えているはずだ」

「それで、その美しさですか、すごいですね」


 羨望の眼差しで見詰めるワルキューレに、フルメヴァーラは少し愁いを秘めた表情で話を続ける。


「これでも、昔だったら若い方なのだがな」

「今は違うのですか?」

「ああ。昔はエルフの森から一歩も出ない者が多く、千歳を超える者も珍しくは無かった」

「千歳!」

「だが、エルフの森を出るようになってから、寿命はどんどん短くなっていき、今では千歳を超える者はもういない」

「何故、森を出ると寿命が?」

「病気だよ」


 自分の手ではどうする事も出来ない苛立ちを現すかのように、フルメヴァーラは苦々しく呟いた。


「人間達の社会に出ていったエルフは、今まで罹った事の無い病気になって死に始めた。それは魔法でもどうする事も出来ず、多くの者は寿命を迎える前に病気で命を落としたのさ」

「じゃあ、森から出なければ良かったのではないですか?」


 それが当然だという風に、フルメヴァーラはワルキューレへと頷く。


「そうだな、でも『退屈な千年』より『刺激的な数百年』を選ぶ者が圧倒的に多かったのさ」


 安全ではあるが、変化のない中で、千年を超え生き続ける事が苦痛となっていたエルフ達は、危険と分かっていても飛び込まずにはいられなかったのだ。

 そして、彼らは短い(と言っても人間に比べれば圧倒的に長い)人生を謳歌して、満足した顔で死んでいった。

 その話を聞いていた森の住人も興味を持ち、人間の世界と森を行き来するようになり、やがては森の中も人間の世界と同じように危険な場所へと変わっていった。


「そうして、森の中にも病は入ってきて、最終的に今の様になったと言う訳だ」


 話を締めくくったフルメヴァーラは、人事なのに罪悪感に苛まれたワルキューレの顔を見て、優しく微笑む。


「別に、お前の所為ではないし、エルフが望んで行った結果だ。気に病む事は無い。せっかく来てくれたのだ、ゆっくりして行くが良い」


 感受性の強い少女に気を使ってか、フルメヴァーラは話題を変えると、エルフ達を祝宴の準備に取り掛からせた。




 翌日からワルキューレの弓の特訓が始まったのだが、その腕はフルメヴァーラも感嘆する程のものだった。


「素晴らしい素質を持っているな」

「そんな、フルメヴァーラさんの教え方が親切だからですよ」

「親切だろうと乱暴だろうと、やるのはお前だ。この結果は誇ると良い」


 ワルキューレの前にある木々がなぎ倒され、煙を上げている光景を見てフルメヴァーラは満足そうに話す。


「いやぁ、まさかここまでとはね」

「女の子とは言え、勇者って凄いのね」


 爆風で乱れた髪を整えつつ、ステファニーが感想を漏らしている内に、フルメヴァーラとワルキューレは新しい技の練習に入っていた。ちなみに、オールバックになったゼウスの髪は、ほったらかしだった。




「今日は有難うございました」


 もうすぐ日も暮れると言う事で練習を切り上げたフルメヴァーラに、ワルキューレが深々と頭を下げる。

 森の中を駆け巡りながら練習を続けていた二人は、いつの間にかゼウス達と離れていた。


「あの……」


 里へ向け帰ろうとするフルメヴァーラの背中に、ワルキューレがおずおずと声をかけてきた。


「大変失礼な事と分かって聞いても良いですか?」

「かまわん」


 二人は手頃な倒木を見つけると、腰を掛ける。


「ダークエルフと言う事で、虐められた事ってありますか?」


 普段では語る事の無い話だったが、上目遣いに聞いて来るワルキューレの瞳に、フルメヴァーラは奴隷から救い出したダークエルフの少女を思い出していた。


「虐められたと言うか、私は生まれてすぐに捨てられた」


 そして、自らの身の上話を語り始める。


「両親が望んでそうしたかは分からない。何しろダークエルフは『忌み子』として人間の病などを運んでくる厄介者の烙印を押されていたからな。長老の命令で、森の外に捨てるのが決まりだった」

「そんな、酷い……」


 人の事に涙を浮かべる心根の優しいワルキューレの頭を、フルメヴァーラは優しく撫でる。


「人間に拾われ、奴隷として売られ、こき使われ、気がつけば、ある日私は雇い主の一家を殺していた」


 その言葉に、ワルキューレの体が一瞬びくっと震える。


「血まみれだった私は、その衝動のまま、一つの町を滅ぼした。そしてその黒く濁った心を暗黒神エレンボスに認められ、やがて魔王と呼ばれるようになった。嫌悪するか?」

「……」


 ワルキューレは黙ったまま、首を振った。与えた被害は少ないにしても、取った行動は近いものがある。故に彼女の気持ちが少なからず分かる様な気がしたのだ。


「虐められたかと言えば、色々なものに虐められてきたのかも知れんな。そして多くの者を虐めてきた。結果から言えば、私はあの時暴れた事に後悔はしていない。私がダークエルフに生まれた事が不幸だと言うなら、あの時その場にいた事が、死んだ者にとって不幸だったのだ」


 涙を浮かべたまま、嗚咽を漏らすワルキューレの顔を、フルメヴァーラは覗き込む。


「すまんな、ただの身の上話になってしまった」

「いえ、ごめんなさい。辛い事思い出させてしまって……」


 両手で涙を拭きながら見上げるワルキューレの頭をポンポンと叩くと、立ち上がる。


「好きで話したことだ。参考になったかは分からんが、お前は、お前が思うようにすればいい。死んだ後に後悔もやり直しも出来るなど、そうそうある事ではないからな」


 ゼウスから事情を聴いていたのであろう。フルメヴァーラはそう言うと、ワルキューレから離れ、里へと向かって歩きだした。




「遅かったですね、探しに行こうかと思いましたよ」

「すまんな、彼女が想像以上に出来るから、つい興が乗ってしまった」


 出迎えたゼウスにフルメヴァーラは答えると、ワルキューレが建物へ入るのを確認して、もう一度ゼウスへ声のトーンを落として話を始めた。


「彼女は、戦神に愛されている」

「……やっぱりそうですか」

「ああ。技の習得の速さが尋常ではない。多分弓以外の時もそうだったのだろう」

「そうなんですよ。何やらせてもすぐにマスターしていくんです」

「しかし、折角の技量も、あの精神では生かしきれない。惜しいものだ」

「まぁ、あれでやる気満々だったら、手に負えないんですけどね」

「そうだな……」


 二人が話を続けていると、ステファニーが呼びに来たので、大人しく戻る事にする。




 翌日の特訓は弓をやめ、急遽別のものにするとフルメヴァーラは言い始めた。


「何だろうね」

「何でしょうね」

「刃の無いものがいいなぁ……」


 三人がフルメヴァーラに着いて行くと、倉庫らしき所に入っていく。


「この前、遺跡で新しい武器を見つけてな」


 そう言って、奥から持ってきた武器をワルキューレへと渡す。


「これは?」


 長さ二メートル程の棒を受け取った彼女は、先端に被さっているカバーを外す。

 すると、中から銀色に輝く穂先が現れた。


「う、やっぱり槍ですか」


 穂先の刃に若干の嫌悪感を現しつつ、艶の無い黒色をした柄を握り込む。


「あれ……?」


 不思議そうな顔をしながら槍を操り始めたワルキューレは、無意識に槍を振り始め、意識を集中していく。

 その姿は水を得た魚の様に生き生きとしており、槍自身も違和感なく、彼女の一部と化していた。


「何でしょう、これ。物凄く手にしっくりきます」

「気に入ったなら、お前に進呈しよう」

「え、良いんですか?」

「良いも何も、もうその槍はお前を主と認めている様だぞ」

「そうなんですか?」

「試しに投げてみろ」


 倉庫から出たワルキューレは、右手で槍を構えると、前方の木を目掛け投擲する。

 手から離れた槍は、光の筋となって木を貫くと、そのまま先の障害物をなぎ倒して飛んで行った。


「こわっ!」

「すごいわね」

「……」


 驚いているゼウスとステファニーの横で、ワルキューレは自分の手をじっと見ている。

 そんなに全力で投げた覚えがないのに、こんな事になるとは、投げた本人が一番びっくりしていた。


「?」


 そして、放った槍に糸がついているかの様に、槍が今どこにいるか感じる事に気付く。

 試しに手を捻ると数瞬後には、槍が手の中に帰って来ていた。


「この槍、名前はあるんでしょうか?」


 少し高揚した面持ちで、フルメヴァーラに問いかけるワルキューレ。刃物は苦手な筈なのに、何故かこの槍には心通ずるものを感じたのだ。


「回収した時に、名前を現すものは無かったな」

「そうですか、じゃあ、今日からお前は『ロン』だ!」


 ワルキューレが嬉しそうに掲げると、槍は淡く光り始める。それは昇り始めた朝日の反射とは明らかに違う輝きだった。

(なんか近所にいた犬を思い出すな、確かジョンだったか)

 そんな事を思い出していたが、口にすると怒られそうだったので、ゼウスは黙っていた。

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