四章
第61話:弓の師を求めて
「ステファニーさんにも、宜しくお伝えください」
「ごめんね、ワルキューレちゃんの担当で、どちらかがついてないといけないから」
「いえいえ、お気になさらず。ではこれにて失礼いたします」
「ありがとねー」
実家の前でゼウスと別れたラウラは、既に寝ている両親を起こさぬよう、静かに物置へと入り、魔法陣で迷宮へと帰る。
「これは……」
そして、ステファニーと共に張っていた結界が、徐々に弱り始めている事に気付いた。
「その後、エレンディアの動きはどうですか?」
「表立った動きは無い。カーリアとの街道に出来た亀裂を、渡ろうとする者もおらん様だ」
「では、取り敢えずの危機は去ったと言う事で」
レイナードの答えに安堵したゼウスは、屋敷へ戻ると、ワルキューレの練習を再開する。
のだが、もはや弓に関しては教える事は残っていなかった。
「やっぱり、フルメヴァーラさんの所にいこっか?」
「え、行くの?」
これ以上の技能はフルメヴァーラに教わるしかないと踏んだゼウスは、エルフの森への遠征を提案する。
余程、アーダとその子に会いたがっていたのだろう、その提案にステファニーは、目を輝かせながら食いついてきた。
「と言う訳で、勇者の更なる強化のため、ちょっとエルフの森まで行ってきます」
「……強くなるのか?」
「そりゃもう」
「よし、行け」
話の早い上司で助かったと思いながら、ゼウスは早速出発の準備を進める。
そして翌日の早朝には、エルフの森へと向けて出発していた。
「あら、そうだったんですか。この前会った時には何も話さなかったから、てっきり国が進めてるのかと」
道中、クラレンスの学院へ寄ったゼウスは、魔王アスタフェイの件について話を聞いていた。
「そういう訳ですので、フェリクス君には頑張ってもらわないといけませんね」
「なるほどー。で、行けそうなんですか?」
「余程のイレギュラーが無ければ」
ゼウスの問いかけに、クラレンスはちょっとだけ視線をそらして答える。
(あるんだ、イレギュラー……)
「ところで、こちらの女性があたらしい勇者さんですか?」
ジト目で見詰められ、いたたまれなくなったクラレンスは、話題を逸らす様にワルキューレへと話しかける。
「は、はい。鈴木
「ワルキューレ? 戦死者に鞭打って更に戦わせるっていう、あの?」
「この人、あっちの世界の人ですか? しかも、何か情報が偏ってます」
ワルキューレの意味を知っていると言う事は、同じ世界から来た人物だと気づいた彼女は、顔を真っ赤にしてステファニーの後ろへと隠れた。
「極東の国々も、随分様変わりしているのですね……」
「時代の流れです……」
驚いた顔で呟くクラレンスに、ゼウスは同意して頷いていた。
そして次に寄った場所は、言うまでも無く魔導院である。
「アスタフェイ? 来るんだ」
「具体的な時期はまだはっきりしないけど、ラウラちゃんに無茶させないようにね」
「うん……」
歯切れの悪い返事をするフェリクスに何事かと思ったステファニーは、後ろにいるエステルの視線に気づく。
「私は気にいたしません。足手まといになる事も分かっておりますし、ここでお待ちしておりますわ」
「あら、なんていい子かしら。フェリクス、絶対に離しちゃダメよ」
「あー……うん」
何処かで聞いたような台詞だったが、今回フェリクスは否定しなかった。その為に屋敷まで行って許可をもらったし、今回の魔王討伐も炎帝になる為に行くのだ。
結婚前の男が婚約者を置いて、少女が一人住む洞窟へ行く事に理解を示してくれている。その心遣いに感謝しようと振り返ったフェリクスは、エステルの目を見てそのまま首を戻した。
(あれは怒ってる……)
社交界を手玉に取るカレンベルク家で鍛えられたエステルのポーカーフェイスは、通常の人には気づく事が出来ないが、ここ最近になって、フェリクスはその機微が読み取れるようになっていた。
彼女は、にこやかに佇んでいるが、目が笑っていない。
これ以上、この話は今しない方が良いと悟ったフェリクスは、ゼウス達に早々別れを告げた。
「あのお二人、結婚されるんですか?」
いつまでもにこやかに手を振るエステルと、強張った笑顔で手を振るフェリクスに、馬車の中から手を振りながら別れると、ワルキューレがゼウスへ問いかける。
年が近かったワルキューレは、二人の婚約について興味津々の様だった。
「そうだね、最後の壁があるけど、それをクリアしたら結婚の予定だよ」
「素敵ですねぇ」
人生に悲観的だった彼女が、憧れを持つことは良い事だ。もし、この世界で生き続けていくなら、誰か良い人を探してあげようかとゼウスは思った。
馬車はドゥルイットの町を経由して、五日ほどでユティラの町へ着くと、食料などを補充して、エルフの森へと向かう。
今回は駅馬車ではなく、ブルックス家に借りた御者付きの物なので、三人は客車の中でのんびりと時を過ごしていた。
「今回会うフルメヴァーラさんって、魔王って言ってましたけど、どんな人なんですか?」
「ダークエルフ……って言っても良いのかな? 褐色エルフさんで弓が上手い超美人だよ」
「へぇ……、やっぱりエルフの人って、何百歳も生きてるんでしょうか?」
「そう言えば年齢聞いてなかったなぁ。でも俺が聞いたらセクハラだから、ワルキューレちゃんが聞いてみると良いよ」
「ふふっ、分かりました」
隣でセクハラの意味が分からないステファニーが首をかしげているのを見つつ、ワルキューレは笑って答える。彼女がこちらの世界に来て一月ほどが過ぎ、徐々にではあるが打ち解けてくれる姿を見ると、ゼウスも心が落ち着くのを感じていた。
ケシオ山を左手に望みながら、一日馬車に揺られ、その日の夜は車中泊で過ごす。そして翌朝出発すると、程なくして一行は森の入り口へと辿り着いた。
「あれ、今回は戦わなくて良いのかな?」
「連絡してないから、出迎えもないし、どうしようかしら?」
馬車から降りて相談している二人の会話を聞いていたワルキューレは、自らも馬車から降りて、二人の視線の先を見る。
そこには、ゲームで見たような白いドラゴンが横たわっていた。
「すごい、奇麗……」
朝霧に溶け込むような白い体は、森の緑を背景にして幻想的な雰囲気を醸し出している。その巨体は、こちらの敵意を感じていないからか、顔を上げる事もなく、眠る様に瞳を閉じていた。
「さて、どうしたものか、……あ」
伸びをしながら何気に仰いだ空に、ゼウスは上空で弧を描いている鳥を発見する。
その鳥へ向け大きな身振りで両手を振ると、一声鳴いて森の中へと消えていく。
「お迎えが来るまで、ここで待ってようか」
ゼウスは鳥の行方を目で追うと、一行に声をかけ馬車に戻って横になった。
やがて、そろそろお昼時になろうかという頃、森の中から馬に乗った人影が二つ現れる。
その影はゼウス達の馬車に気付くと、みるみる近づいてきた。
「お前達、ここにゼウスがいなかったか?」
御者に向け問いかけるアーダの声に気付くと、ステファニーは馬車から出ていく。
「アーダ、お久しぶり!」
「ステファニーも来ていたのか!」
馬から降りたアーダが、駆け寄るステファニーと抱き合うと、隣にいたラムスも馬から降りて握手をする。
恐る恐る外を見ていたワルキューレを促す様に、ゼウスは一緒に馬車から出てくると、二人へ紹介した後、今回の目的を話した。
「それは御本人に聞かないと分からない。まぁ、こんな所で立ち話もなんだ、取り敢えず出発しよう」
アーダとラムスは再び馬に乗ると、馬車に先立って案内を始める。
ゼウス達一行は、後をついて森の中へと入って行った。
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