第60話:勇者、ちょっぴりキレる。

「おや? この満月の良き日に、かの御仁と出会うとは、どういった星の巡り合わせでございましょう」

「あら、カラックさんじゃないですか。ちょっと今取り込み中なので、おもてなしできません。ところで、あちらの方はお知り合いでしょうか?」


 お知り合いだったら、かなりまずい状況に焦りを隠せないゼウス。

 しかし、その焦りは杞憂に終わった。


「いいえ、存じませんね。今日はわたくし一人で勇者を抹殺しに参りましたゆえ」


 そして、新たな焦りの種が芽吹いた。

 

「抹殺しなくていいですよ? 今回の子は人畜無害なのでっ……と!」


 カラックを説得しようとした瞬間、対峙していた双剣の男が向かってくる。

 勇者を殺してくれるなら誰でも良いのだろう。ストイックな奴だと思いながらも、そういう『話の通じない』相手ほど厄介な事はないと知っているゼウスは、剣を捌きながらどうしたものかと思案を巡らせる。

(取り合えず、数を減らしたいな)

 隙あらばナイフを投げてくる周囲の男達に意識をとられ、双剣の男の攻撃に防戦一方を強いられていたゼウスは、一計を案じた。


「魔王カラック殿から見て、この正々堂々戦わない奴ら、どう思います?」

「これは潔くありませんねぇ」

「でしょう! 一対一の戦いをしたいので、こいつら片付けて頂けませんか?」

「宜しい、神聖なる戦いに水を差す愚かな輩には、我が爪の洗礼を差し上げましょう」


 言うが早いか、カラックは無数の蝙蝠に分裂すると、それぞれの男達の元へと飛んで行く。

 そして、その場で蝙蝠たちは再び集まるとカラックになり、男達をひと撫でで消し去ってしまった。

(うわ、チートくさい!)

 瞬時に六人を消し去った技に、ゼウスは悪態をつきつつも感謝する。


「これで、正々堂々戦えます! ……って、あれ?」


 今しがた剣を交えていた男は、既に姿を消していた。

(完全に気配を消してるんだよなぁ)

 また潜伏でもされたら厄介だと思いながら辺りを探るが、一向に気配を感じないので焦るゼウス。

 

「ふむ。北へと向かっておりますな」

「カラックさん、気配察知してるんですか?」


 自分が察知できない気配を知覚しているカラックに、ゼウスは驚きを隠せなかった。


「感じる必要など、ございません。のですから」


 そう言うと、カラックは自らの周りに数匹の蝙蝠を舞わせる。


「なるほど」


 蝙蝠は超音波を発して障害物を回避すると聞いた事があったゼウスは、それを見て納得した。


「ところで、今回の勇者が無害とは、どういう事でしょう?」


 ラダールがまたもや勇者を召喚したと聞いて、脅威になる前に排除しようと来たカラックなのだが、取り敢えずは事情を聴く事にしたようだ。


「ほほう。では我が魔物の軍勢には、手出しする気は無いと?」

「そちらから来ない限りは、そうなりますね」

「宜しいでしょう。では、今回は私も素直に下がるといたします。あ、そうそう――」


立ち去ろうとしたその時、カラックは不意に思い出したように振り返ると、


「どうやら、先程の刺客はコルトバードから来たようですよ」


 と言い残し、無数の蝙蝠となって消えていった。


「また戦争か……」


 ゼウスは、飛び去るカラックを見送りつつ、誰ともなく呟く。

 戦いになれば、間違いなく投入されるであろう、ワルキューレの事が気にかかる。魔物との戦いならまだしも、人との戦いに彼女の精神は耐えられるだろうか、最悪、元の世界よりも地獄を見る事になるだろう。

 そう思うと、先行きに心が重くなるのだった。


 そしてその三日後、ラダールの国中に衝撃的な一報がもたらされた。


「コルトバードが落ちた?」

「はい。相手はエレンディア公国との事です」


 朝食を食べていたゼウスが驚きの声を上げる中、アリシアは努めて冷静さを装うと、続きを話始める。


「どうやらエレンディアは『勇者』を使ったようです。大きな戦は無く、主要人物のみが次々と抹殺され、国としての機能を失ったところに、エレンディアの軍が侵攻して来て、そのまま降参したと、聞いております」


(アレ、勇者だったのか)

 その言葉に、ゼウスは先日の刺客を思い出す。


「今後、エレンディアの軍勢がラダールへ来るか、カーリアへ行くかによって私達の対応も考えなければなりませんね」


 そう言って話を締めると、アリシアも食事を始めた。

(まずいな)

 ゼウスは、パンをもぞもぞと食べながら、焦りを感じていた。

 コルトバードが落ちたとなれば、次はラダールかカーリアであるが、ラダールは現在勇者が二人いる。(一人は戦力外だが)

 そして、カーリアは商業都市で実質コルトバードの属国の様なものだ。どちらが先に侵攻されるかは想像に難くない。

 問題はその後だ。コルトバードとカーリア、二つの国を併合したエレンディアに、自分がいるとは言え、ラダールが立ち向かえるのか。それに、もし戦うとしたら、数千、数万の人を殺すことになるだろう。

(そうなったら勇者じゃなくて、完全に魔王だよな)

 想像する毎に、げんなりしていくゼウスは、何とか戦いを回避できる方法がないかと、頭を悩ませた。




「先にカーリアを落として、国力を増加すべきでは?」

「この時期では既に手遅れでしょうし、例えカーリアをとったところで、二方向からの攻めに備えなければならない事に変わりはありません」

「バルドーの方はどうなっとるのじゃ?」

「そちらは不可侵条約が締結されたままですので、問題ございません」


 事が起こってから騒ぎ始めている大臣達の会議の席で、ゼウスは傍観者の如く、ただ様子を眺めていた。

 そして何かを思いついたのか、徐に立ち上がると、議長を務めていたレイナードに向けて話始める。


「エレンディアが攻めて来なくなれば、手段は何を使っても良いですか」

「何か策はあるのか?」

「手段を択ばないのであれば」

「……任せる」


 机上の空論に時間を費やすよりは、余程建設的だと思ったのだろう。周囲でざわざわしている大臣達を無視して、レイナードは、即決定を下す。そこは流石にラダール一の貴族であり、勇者育成担当というところか。概ね子供には不評だが。


「それでは、二週間ほど頂きますので、その間、妻とワルキューレちゃんを宜しくお願いします」

「娘は連れて行かなくとも良いのか?」

「今回はちょっと出来そうもないので。あと、ケラノス借りていきますね」


 そう言うと、ゼウスは屋敷を後にした。




「いやぁ済まないねぇ、引っ越したばかりで忙しいのに」

「大丈夫ですよ。むしろ思う存分穴が掘れると聞いて、ウキウキしています」


 ゼウスは、ラウラを連れてコルトバードとカーリアの国境が一望できる場所へ来ていた。


「じゃあ、早速あのカーリアに続いてる街道一帯を横断する形で掘ってもらおうかな」

「良いですよ。どれくらい深く掘ります?」

「二度と通れなくなるくらいで」

「はーい」


 山と山に挟まれた唯一行き来できる街道を、容赦なく断ち切ってゆくラウラ。

 その顔はとても楽しそうであり、掘る深さが増す程に輝いていった。

 やがて三十分もすると、街道を横切って底が見えない暗黒の谷が出来上がる。


「よし、次いってみよう」


 ゼウスは、国境沿いで人が行き来出来そうな場所を、二日間かけて片っ端から通行不能に地形を変えていった。


「いやー、楽しかったです」

「それは何より」


 すっきりした笑顔のラウラを見ていると、ゼウスの顔もつい綻んでしまう。

 やがて、二人が会話をしながら進んでいると、ラダールとの国境手前でゼウスの声が緊張を含んだものに変わった。


「ラウラちゃんは、ちょっと穴掘って隠れてて」

「加勢は良いですか?」

「うん、場合によっては手加減しないから」

「あらら、それは危ないので隠れておきますね」


 手近な場所に穴をあけ、潜り込むラウラ。上部はシールドで蓋をする念の入れようだ。

 それを確認したゼウスは、ケラノスを抜き放って一人前に進む。


「また、こそこそと忍者ごっこか?」


 そう言うと、ゼウスは前方の山へ向けてケラノスを一閃させる。

 以前とは、比べ物にならない電が迸ると、一瞬で山の斜面を走り抜け、後には黒焦げになった木々が煙を上げていた。

 そしてその中には、人の形をした物も見受けられる。


「出てこないなら、次は炙り出すぞ」


 感じていた気配は今の一撃で全て消えたが、ゼウスはまだこの前の奴が隠れていると予想し、周囲に殺気を放つ。

 僅かな静寂のあと、しびれを切らしたのか、男が地中から現れてきた。

(マジで忍者かよ)

 土遁の術っぽいもので隠れていた男が双剣を抜き放つと、ゼウスも黒の剣を抜き、二刀で構える。

 男は黙って姿勢を落とすと、踏み込んで一気に距離を縮めて来た。


「そんなものか」

「!」


 雷を受けたとはいえ、男は以前とさほど変わらない速度で斬撃を繰り出しているのに、ゼウスはそれを余裕で受け流していた。それどころか、返す刀で男の頬をはたく余裕すら見せている。


「お前を生かしているのは、伝令として戻って貰う為だ」


 男の腫れあがる顔を冷めた目で見ながら、ゼウスは言葉を続ける。


「もし、ラダールに攻めてくるなら、覚悟して来い」


 言い終えると、なおも挑みかかって来ていた男に蹴りを入れ吹き飛ばす。


「がはっ!」


 そして黒の剣を鞘に収めると、もう一つの剣を両手で握り、空へ掲げる。

『ケラノス、全てを曝け出せ』

 振り下ろした剣の先から眩い光が轟音と共に迸り、男の横を通り過ぎていく。

 バリバリと耳を劈く音に振り返った男の眼前には、山一つが丸ごと焦土と化して煙を上げている光景が広がっていた。


「ひっ!」

「お前ら何百万の人間が相手であろうと、俺は確実に滅ぼす」


 驚愕の事態に、動きが固まっていた男の眼前へと迫ると、殺気を込めた視線で見詰め、止めの言葉をつぶやいた。


「覚えたら、さっさと帰って国王に伝えろ。もし伝えなかったら、お前を殺しにエレンディアまで行くからな」

「ひいぃぃ!」


 男はがくがくと頷きながら、体を引きずって後ずさりると、ようやく立ち上がって駆けて行った。

 これくらい脅しておけば、余程の馬鹿でない限り、攻めてくる事は無いだろう。もし、攻めてくるなら、その時はその時だ。魔王でも何にでもなってやると、ゼウスは腹をくくっていた。



「お疲れ様でした」


 男を見送るゼウスの背中に、穴から出てきたラウラが声をかける。


「疲れたよー。お腹減ったし、早く帰ろう」


 すっかり気の緩んだ顔で振り返ったゼウスは、ラウラと共にラダールへ向け歩き始めた。

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