第58話:戦えない乙女
「そんなの、絶対無理です!」
レイナードの召喚勇者に対する説明を、一通り聞いたワルキューレは、激しい拒絶を示した。
「そのために国中の皆が大金を出してお前を呼んだのだ、やってもらわねば国民がお前を許さない」
「そんな、勝手に呼んだのは、そっちじゃないですか!」
「そうですよ、一方的に命令ばかりしないでください」
もっともな言い分を訴えるワルキューレに、ステファニーは同調し始める。呼んだ張本人なのだが。
「お前はどちらの味方なのだ」
「あなたの敵ですっ!」
取り合えず、ステファニーはレイナードの敵になりたいらしい。もはや父とも呼ばないところに意地を感じる。
「……それで、お前はどうなのだ」
娘の剣幕に矛先を変えたレイナードは、今度はゼウスに問いかけてきた。
「俺は、ワルキューレちゃんの担当になった限りは、この娘の味方ですよ」
飄々と答えてはいるが、ゼウスはこの娘に甚く同情していた。
境遇が、あまりにも似ていると言うのも理由だが、彼女が生きていくには、この世界は厳しすぎると思ったからだ。
それでも、担当になった事は何かの縁として、出来る限りのサポートはしてあげたいと思う。元の世界で絶望して、この世界でまで絶望するなど、不憫でならない。
せめて、笑って生きていける様にはなって欲しかった。
「なら、納得のいく成果を出してみろ」
「ご要望には、前向きに検討しますよ」
レイナードの感情のこもっていない言葉に、ゼウスはやる気のない営業っぽい答えで返した。
ラダールに着いて二週間、最初の数日は、それこそ拒否ばかりだった彼女が、最近では二人の言う事を聞いて行動するまでになっていた。
それは、真剣に彼女の事を心配している二人の気持ちが、徐々に通じてきた証だった。
今日は、武器での戦いについて教えていたのだが、どうも問題が発生している様だった。
「うーん、何だろう」
「何でしょうね」
「何ですか?」
悩む二人を、不思議そうに覗き込むワルキューレ。
彼女が何もできないのではなく、何でも出来てしまう為、何を教えていけばいいか、二人は迷っているのだった。
「ワルキューレちゃん、今までで何か好きだった事とか、得意な事ってある?」
「いえ、特には……」
ゼウスの問いに、伏し目がちに答えるその姿は、僅かに怯えるような素振りが見られる。
「あぁ、そういう事か」
その理由に、ゼウスは心当たりがあった。
『目立ちたくない』
その為に、何でもそつなくこなし、決してやりすぎない。
それが、目立たず生きていく為のスキルであり、彼女はそうしてきたのだった。
「取り合えず、俺が剣メインだから、それを教えていこう」
「あ、はい。宜しくお願いします」
結局その日は、鞘付き剣の素振り千本から始まった。
「これはアレだね、俺以上の逸材来たね」
昨日、素振り千本を難なくこなしたワルキューレに、ちょっと悔しくなっているゼウスは、ワルキューレに木刀を持たせると、立ち回りを教える事にする。
「よし、何処からでもかかってくるが良い」
何処かの剣の師匠っぽく言うと、ゼウスも木刀を構える。
ワルキューレは教書のお手本の様な中段に構えると、これまたお手本の様な面、小手、胴、突きを繰り出してきた。
それを徐々にスピードアップさせ、次にフェイントを交えさせる。
そうして日が暮れる頃には、いっぱしの戦士レベルまでには剣技が上達していた。
(これはマジで本物だ)
ゼウスは、この才能に末恐ろしいものを感じていた。
翌日、木刀での練習を少しだけこなすと、もう立ち回りは十分と判断したゼウスは、次の段階に移る事にした。
「よし、実剣での練習に変えようか」
ゼウスはワルキューレに剣を渡すと、自らも用意のため戻ろうとしたその時、彼女の異変に気付く。
「いや……」
鞘から少し覗いた刀身を見たワルキューレは、瞳孔が開き、呼吸が乱れ始める。
そして、そのまま剣を落としたかと思うと、頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。
「いや……、いや……」
何処を見ているか分からない瞳のまま、ぶつぶつと呟き続けるワルキューレにゼウスとステファニーは駆け寄って症状を確認する。
「大丈夫、何も怖くないから」
沈静化の魔法をかけ、優しく抱きしめるステファニー。ゼウスは刀身が覗いたままの剣を仕舞うと、ワルキューレから遠ざけた。
「すみません、刃物を見ると私……」
暫くして落ち着きを取り戻したワルキューレが、ぽつりと呟く。
「刃物まで使っていじめられた?」
「いえ、そうじゃなくって、ある日、いじめっ子にいじめられてた時に、ついカっとなって、気がついたら辺りが血だらけになってて、私が血の付いたカッター握ってて、それで……」
再び震え始めるワルキューレに、もう一度沈静化の魔法をかけると、ステファニーが抱きしめて頭を撫でる。
(そっちだったか)
刃物に異常に反応する原因を聞いたゼウスは、その日の練習を切り上げた。
「あの……、ゼウスさんって、本名なんですか?」
木陰に寝そべっているゼウスの横に座ると、ワルキューレが問いかけてくる。
「ん? そうだよ、佐藤
「それって、やっぱり」
「ああ。キラキラネームって言われて、よく虐められたね」
「死のうとか思ったんですか?」
「思ったっていうか、死んだ」
「えっ?」
「だから、君の先輩って訳だね」
あっけらかんと答えるゼウスに、ワルキューレは次の言葉が思い浮かばなかった。
「君はどうして?」
返す言葉に戸惑っていたワルキューレに対し、ゼウスは素直に疑問を投げかける。
「私は、皆を傷つけた後、気がついたら入院していました。そこで自分のしてしまった事に恐怖して、もう二度と元の場所に帰れない、帰ったとしても、もっと虐められると思い、無意識に病院の屋上に立ってました」
「……そっか」
木々の枝から覗く青空を、眩しそうに見上げたままのゼウスは、一言答えると、しばらく間をおいて話を続ける。
「後悔してる?」
「……分かりません」
「だよねぇ。『この苦痛を取り除くには、もう死ぬしかない』って思ったら、後悔するかどうかなんて考える余裕ないよね。でも、もし後悔するようになったら、いつでも言ってよ」
そして、ワルキューレを見つめると、
「そしたら、君を元の世界へ帰してあげる」
と、「家まで送るよ」くらいの気軽さで言った。
「そんな事、可能なんですか?」
「今すぐは無理だけど、そのうち、うちの優秀な奥さんが、何とかしてくれるさ」
「そんな気軽に言わないでくださいっ! それに、そんな事したら――」
世界に悪影響があるかもしれないと言ったのは、ゼウス本人だ。しかし、ゼウスは自らの仮説に基づいて、可能性を語る。
「彼女は死ぬ前に召喚してしまったんだよね? だったら、元に戻しても『いないはずの者』ではない可能性が高いから、世界に支障をきたさないと思うんだよねぇ」
「そんなに都合よく行くかしら?」
「分からないよ。単なる思いつきだしね。でも、希望が無いと、生きてるのが辛いじゃないか」
と、あくまでお気軽な調子で話し続ける。それもワルキューレが思い詰めない様にする為の心遣いだった。
「最悪、ダメだったら、うちで家族として生きていこうよ」
「それなら、出来る可能性は高いわよ」
ゼウスとステファニー、二人がワルキューレに向け笑顔で語りかけると、彼女は少しだけ笑って、
「その時は、宜しくお願いします」
と言った。
「あら、ゼウス様。姉さんがいるのに夜這いですか?」
戦乙女を特訓する間住んでいる、ブルックス家の廊下で、ゼウスはアリシアに出会う。
「残念。俺はずっとステファニー一筋だ。ところで、屋敷の周りに嫌な感じがするから、今日は出歩かない方が良いよ?」
屋敷に帰ってからというもの、外に何者かの気配をうっすらと感じていたゼウスは、警備の強化をレイナードに依頼しに行く所だったのだが、どうもそんな悠長な事はしていられない様だった。
「きゃああぁぁぁぁ!」
ガラスが割れる音と共に、ステファニーとワルキューレが泊っている部屋の方から悲鳴が聞こえてくる。
「何事? ゼウスさ――」
その瞬間、ゼウスの姿は消えていた。
渦中の人物はワルキューレだろう。何処の国かまでは分からないが、邪魔な勇者を攫うか、殺しに来たのだ。今日は情報収集だけだろうと高を括っていたのだが、存外、敵は自信家の様だった。
ステファニーがいるので、心配はしていなかったのだが、風呂など一人の時を狙った可能性もある。
部屋に着いたゼウスは中の気配を確認すると、素早くドアを開ける。
「ゼウス? ワルキューレちゃんは大丈夫よ。敵は取り逃がしちゃったけど」
「十分、十分。さすがは俺の奥さんだ」
ゼウスはガラスの割れた窓へ向かい、辺りを伺うが、既に何処にも気配は感じなかった。
(ここ、三階だぞ。忍者かよ)
隠密を得意とする敵であれば、少々厄介である。潜伏、不意打ち、毒殺、手段を問わず狙ってくるのだ。気の休まる時が無い。
逆に一番楽なのは、正々堂々名乗りを上げて挑んでくる敵だが、そんな奇特な輩は中々いない。騎士道を重んじる騎士か、何処かの演出過多な魔王くらいだろう。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
包み込むように抱きしめているステファニーの腕の中で、ワルキューレは震えながら泣いている。
「これは、思った以上に難しいねぇ」
ゼウスは、敵の奇襲も考え、今後の方針を考え直す必要を感じていた。
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