第57話:新たなるキラキラネーム。
「今回は早いですね」
「そうね、いつもなら魔力が溜まっても、すぐ召喚する事なんて無かったわね」
シスター・テレジアは、ステファニーの問いかけに答えつつ、召喚の準備を進めている。
「魔力って、どれくらいで溜まるんですか?」
「約半年ね」
「どうも、ラダールが急かしたらしいわよ」
「えっ、ラダールがですか?」
テレジアの言葉に、ステファニーは驚きの声を上げる。
何故、今更ラダールが勇者を欲しがるのか、魔王の噂は聞かないし、ゼウスだって問題が発生すれば駆けつけると約束しているのに、だ。
「また戦争でもやろうと言うのかしらねぇ……。さぁ、始めるわよ」
本当に戦争を起こす気ならば、父に問い質す必要がある。ステファニーは、ラダールの真意が分からないまま、所定の位置に着くと開始を待った。
(今回の召喚が成功すれば、ラダールの勇者は二人になる。と言う事は何処かの国が邪魔をする可能性は高いはず)
コルネリウスが現れ、召喚の儀式が始まっている中、魔力を供給しながらステファニーが考えていると、何処からともなく魔力が乱れ始める。
(やはり)
天井に写っていた映像が乱れると、徐々に消え始めた。
その時ステファニーは、足りない魔力を補うように流すと、自ら乱れている魔力の流れを整え始めた。
すると、再び映像は現れたのだが、先程とは違う少女が一人、何処かの高所に立っている。今にもそこから飛び降りそうだった。
(危ないっ!)
ステファニーは心の中で悲鳴を上げると、無意識に少女へと手を伸ばす。
「えっ、なに?」
そして、きょろきょろしている少女を、一気に引き寄せる様な仕草をした。
瞬間、眩い光を発すると、静寂が包む中で徐々に魔法陣の光が薄れてゆく。
そして、その中心には一人の少女が呆然と座り込んでいた。
「……ばかな」
ステファニーは、そう聞こえた気がした。
しかし、辺りを見回しても、動揺する素振りを見せる者はいない。
「なによ、ここ! 何処? どうなってるの?」
魔法陣の中心にいる少女がその分、大いに動揺している。
そして、その光景を見ていたコルネリウスは、満足そうな顔で召還の間を後にした。
「お目覚め、と言うか既に目覚めておりますな」
エドガール枢機卿が、少女の元へとゆっくり歩いて行く。
「ひっ!」
少女は短い悲鳴を上げると、逃げる様に後ずさる。
「恐れる事はありま――」
「いやぁっ! こないで!」
突然、見た事も無い場所に連れられ、見た事も無いおっさんに近寄られたら、そう言う反応をするだろう。ステファニーは軽く少女に同情すると、自らも少女の元へと歩き始める。
「エドガール様、ここはお任せください」
怖がられるおっさんに代わり、ステファニーは少女の近くまで行くと、少し間を残して座る。
そして暫くの間、何も言わずに待っていた。
「あの……」
最初はキョロキョロと辺りを見回して落ち浮かない様子だったが、次第に動きが少なくなると(諦めとも見えたが)、少女は恐る恐るステファニーに声をかけてきた。
「はい」
「ここって、何処ですか?」
「ここはサンストーム帝国と言う、あなたが元居た世界には、存在しない場所です」
「元居たって、私はどうなったんですか?」
「この世界に召喚されたのです」
「そんな、小説みたいな話」
怪しいものを見る目で答える少女は、どうやらステファニーの言う事を信用してはいない様だった。
「ほら、これは『魔法』と言います。貴方の世界には無いものです」
天罰の杖の先に魔法の明かりを灯すと、少女に見せる。
「またまた、そんな手品には騙されませんよ?」
驚きながらも、どうにかして嘘の綻びを見つけようと凝視する。それは目の前にある現実を信じたくない一心から出た言葉だった。
「貴方がここに来る前に、何人もの方が、この世界に召喚されています。例えば『地球にある日本』とか」
「そんな……」
少女は観念した。
そもそも、先程までいた場所から、あり得ない場所へと一瞬で来ているのだ。そこにコスプレした女性がいて、マジックショーを見せるとか、何の冗談だ。理解の及ばぬ出来事についていけない少女は、力が抜けたようにその場へ崩れ落ちた。
「私の名は、ステファニー。決して貴方を悪いようにはしません。だから――」
ステファニーは途方に暮れている少女に近づくと、優しく肩を支え覗き込む。
「まずは、名前を教えて?」
その暖かい瞳に見つめられた少女は、僅かだが心を落ち着かせると、ゆっくりと口を開いた。
「……乙女」
ステファニーは、よく聞こえなかったので、もう一度聞き返す。
「戦乙女……、鈴木
少女は顔を真っ赤にしながら、絞り出すような声で名乗る。
「あら、可愛らしい名前ね」
「えっ? ……かわ?」
予想外の反応に、真っ赤な顔の少女は、まじまじとステファニーを見つめる。
(え、なんで? ワルキューレよ? でも、この人もステファニーって言ったっけ。でも、奇麗な金髪に透き通る様な水色の瞳でステファニーよ。私は黒髪、黒目でワルキューレよ、おかしいでしょ! どう考えても。)
「ずっとここで座っていても仕方ないでしょ? さあ行きましょう、ワルキューレちゃん」
いつも嫌がらせで呼ばれていた名前が、金髪の美人に呼ばれると違和感が無くなるどころか、酷くしっくり来る事にワルキューレは動揺する。
(これはこれで、ありかも……)
「……はい」
そして流されるように返事を返すと、大人しく着いて行くのだった。
「遅い。何をしているのだ」
外では、ベンチでレイナード・ブルックスが召喚が終わるのを、今か今かと待ちわびていた。
そこに召喚の間の扉が開いて、二人が出てくる。
「おお、やっと終わったか。ステファニー、孫の顔はまだ――」
「違うでしょ!」
ステファニーは間髪入れずに突っ込むと、後ろに隠れていたワルキューレを前に出す。
「この子が召喚された子のワルキューレちゃんよ」
「女か」
あからさまに失望の色を現したレイナードに、ステファニーは怒りの視線を向ける。
「まぁ、よい。すぐにラダールに帰るから、お前も用意をしなさい」
「何を言ってるの?」
既に縁を切っている娘に、家に来いとはどう言う了見なのか。当然行く気の無かったステファニーは、断る為に口を開こうとする。
しかし、それより早くレイナードが理由の説明を始めた。
「お前とゼウスに、今回の勇者の訓練を担当してもらう」
「どうも、そういう事らしいよ」
「ゼウス?」
送迎の馬車に乗っていたゼウスが、降りてこちらに歩いて来る。
本人が了承したのか、断れない条件を突き付けて来たのかは定かではないが、ゼウスが行く気であるなら、ステファニーはもう言い争う事は辞めにした。
「え? え? 何です? 何なんですか?」
そして事態が飲み込めないワルキューレは、一人おどおどしていた。
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