三章

第53話:望まれぬ召喚

「明後日ですね、分かりました」


 清々しい秋風が吹き込む聖ガロイア教会の休憩室で、ステファニーはシスター・エイダに返事をする。


「今回は何処の依頼なのかしら」

「教会独自らしいですよ?」

「え、そんなのあるんだ」

「ええ。一年のうち、何処からも依頼がなければ、教会主導で行う事がありますね」


 ハーブティーの香りを楽しみつつ、一口含むエイダ。


「なんでも召喚の研究として、コルネリウス様が推奨しているとか」

「へぇ……。それで召還が成功したら、教会の所属になるの?」

「教会と言うか、サンストーム国内の要所に配属されてますね、魔導院の院長さんとか……あ、あと、クラレンス魔術学院のクラレンスさんもそうらしいです」


 続けてティーカップを持ったまま、スコーンを手に取り、かぶりつく。

(なるほど、戦力的に常に上であるよう調整してるのかな)

 ふと何気なく、ステファニーはそう思った。

 他国の要請通り勇者を召喚し続け、気が付けば圧倒的戦力で囲まれてしまえば、教会の優位性は崩れてしまう。だからそれを防ぐ為に、勇者の数は常に他国を上回る必要がある。

 現に、今聞いた二人にコルネリウスを合わせれば、サンストームには少なくとも三人の召喚者がいるのだ。これだけの戦力に対抗しようと思う国は、何処を見渡してもいないだろう。

(そういえば、剣聖って何処の召喚者なんだろ。転生者なのかな?)

 ゼウスが戦ったと言われる、レーアス神の代行者。彼は何の目的で戦いを挑んで来たのか。(ゼウスが言うには狂戦士バーサーカーとの事だったが)何となくステファニーは頭に浮かんだ。




 特筆するような出来事が無ければ、二日と言う時間はあっという間に過ぎ去る。

 召喚の間に立つステファニーは、所定の位置で開始の合図を待っていた。

 他の上級僧侶ハイ・プリースト達が配置につくと、奥からコルネリウスが出て来る。

 高々と手を掲げる開始の合図に合わせ、上級僧侶が、魔力を放ち始める。ここまでは前回と同じだ。

 魔力が召喚陣に集中し、眩い光を放つと、コルネリウスが呪文を唱え始める。この時点でステファニーは、前回と同じような違和感を感じ始めていた。

 そして、唐突に収束していた魔力が霧散する。

 今回は映像すら出る事なく、失敗に終わった。

(誰かが、意図的に失敗へと導いている?)

 違和感が何処から来ていたか、ステファニーは辺りを見回すが、その気配を突き止める事は出来なかった。




「それはまず、失敗したら誰が得するかだねぇ」


 家に帰ったステファニーは、今回の件をゼウスに聞いていた。


「教会主導の召喚だから、サンストーム以外の国?」


 右手の人差し指を立てると、ゼウスは頷きながら話を続ける。


「普通に考えればそうだね。じゃあ前回のは?」

「国の依頼だから、邪魔するとしたら周辺国か、戦力増強を恐れるサンストームね」


 立てている指を、どんどん増やしていくゼウス。


「となると、教会の上級僧侶は邪魔者だらけって事になるよね」

「確かに……」

「だから、何処が悪さをしているとは、現状断言できないねぇ」


 広げていた両手のひらを天井に向けると、お手上げのポーズをとるゼウス。


「そうね」


 ステファニーは、一抹の不安を感じながらも犯人捜しを諦めると、その日は大人しく寝床についた。




「今回の召喚を通じて、何か気づいた事はありましたか?」

「そうですね……」


 ステファニーは、湯飲みを両手に抱えたまま、思案する風を装う。


「魔力が安定していない様な瞬間を感じます。今回は前回以上にそれを感じました」

「成程、それは私も感じましたね。まだ慣れていないのか、未熟なのか。魔力供給の安定化の練習は増やさないといけないかもしれませんね」


 そう言うと、コルネリウスは湯飲みを手に取り、緑茶を啜る。

 現状、その魔力の乱れが意図的に発生されている可能性を考えると、ステファニーはそれを不用意に口にする事はしなかった。万が一、教会内での出来事なら、自分の身さえ危うくなりかねないのだ。


「それで、戻る目途はなにか進展があるのでしょうか?」


 話題を変えるため、ステファニーはコルネリウスが待ち望んでいる『元の世界への帰還方法』の話を振る。


「中々進みませんねぇ。呼び出す要領で開く事は出来るのですが、送り出す際に元の世界に拒絶されるようで、そこから先は行き詰っています」

「……失礼ですが、コルネリウス様はどの時代の何処から来られたのでしょうか?」


 特にそれを聞いたところで、拒絶の原因が閃くとは思わなかったが、何となく興味本位でステファニーは聞いていた。


「私の元居た世界は、ゼウス君と同じです。ただ、時代は私の方が少し前ですけどね」

「戦いの無い平和な世界だと聞きましたが……」

「そんな事はありません。私たちの時代は戦いの真っただ中、お国の為に命を投げ出さなくてはなりませんでした」

「その時にお命を?」

「そうです」


 その顔には、その時の光景が蘇ったのか、酷く辛そうなものになっていた。


「では、ゼウスの時代に戻れば、平和に過ごせるかも知れませんね」

「ふぉふぉふぉ、そうかも知れませんな……そうか、そういう事ですか」


 何かに気づいたコルネリウスは、目を細めて笑いながらもその奥に希望の光を宿していた。




「炎帝になる方法、ですか?」


 ティーカップをテーブルへと戻すと、クラレンスはフェリクスをまじまじと見つめる。


「三年以内にならないと、エステルさんとの婚約は破棄されるんでしたっけ?」

「う……」


 クラレンスに話した覚えは無いのだが、既に情報は筒抜けになっていた。


「そうですね、代行者と言うのは、『神に認められる』と言う事です。そして方法はいくつかあります」


 人差し指を立て、話を続ける。


「一つ目は、信者を増やす事。神の力は人々の信仰心によって、地上での力が左右されます。だからより多くの信者を集める事が出来る人間を、頂点に据えるのです。例えるならば、ガロイア教のコルネリウス聖王ですね」

「なるほど」


 教会の人間でもないし、プロメア教の教会などと言うものも聞いた事が無いフェリクスは、話を聞きながら既にこの案は除外していた。


「次に、選ぶのは『より強い想いを持つ者』です。怨念や執念と言っても良いでしょう。これに当てはまるのは魔王が多いですね。ちなみにラウラさんは、執拗なまでの地下への妄執で、シアリス神に目を付けられてしまったパターンです」

「ラウラが……」


 愛くるしい笑顔が思い浮かぶが、既に一線を引いたフェリクスは首を振ると、気持ちを切り替える。


「そして次が『より強い者』、これが一番単純明快ですね。同じ頂を目指し、その頂点に立った者に力を与える。戦いの神レーアス神の『剣聖』や、雷霆神ゼロスの『雷帝』、炎の神プロメアの『炎帝』です」

「誰より強く、か」

「まぁ、細かい事は、そこの炎の神の申し子に聞いた方が、早いんですけどね」


 クラレンスは、フェリクスの後ろにへばりついているまさおに視線を向けた。


「え、知ってるの?」


 そんな事一言も言わなかったじゃないか。と言う視線で、フェリクスはまさおに振り返る。


「人間には教えられない」

「教えろよ」

「いだだだ、やめろよー」


 背中からはぎ取り、顔の両側からぐりぐりするフェリクスに、まさおは気の抜けた叫びをあげる。


「まぁ手っ取り早いのは、現行の『炎帝』を倒す事です。ただ、今は空位の筈なので」

「別の代行者を倒す?」

「そういう事です。誰を倒します?」

「誰って言われても……」


 浮かぶのは最後の魔王フルメヴァーラだが、彼女はゼウスと仲が良いので戦えるはずもない。

 先日ゼウスと戦ったという剣聖は、フェリクスにとって圧倒的に相性の悪いタイプなので返り討ちにされるだろう。そうなれば、他に戦うような代行者が見当たらない。


「これって、もしかして打つ手が無いんじゃ」


 急に不安になってくるフェリクス。


「まぁまぁ、あと三年あるじゃないですか。その頃までには新たな魔王が出てきますよ」


 当たり前の様に物騒な事を言うクラレンス。そうそう魔王が現れても、一般の人々はたまったものではない。


「それより、婚約しているのに指輪もしてないんですか?」

「へ?」

「婚約指輪ですよ、ゆ・び・わ」


 完全に話の方向性が変わって、あっけにとられるフェリクス。


「そんな事では炎帝になる前に、エステルさんに愛想を尽かされますよ」

「え……そうなの?」


 何も知らないフェリクスは、クラレンスの言葉に、今度は別の意味で不安になる。

 そして、懇々と婚約指輪の重要性についてクラレンスから語られると、フェリクスは翌日、魔導院でエステルに切り出した。


「冬休みに旅行に行こう」

「突然、何事ですの?」


 驚くエステルであったが、それが初めてのフェリクスからのお誘いだと気づくと、頬を赤らめながら、了承するのであった。

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