第54話:ドワーフの国
ちらちらと雪が舞い散る中、馬に乗った護衛の戦士に囲まれた馬車が魔導院の前に止まる。
馬車に施された紋章から、カレンベルク家のものと分かると、皆は何事かと集まり始めた。
「えーっと、エステルさん、これは一体……」
「すみません、フェリクスさん。父が『一般の馬車に乗るなど、危なくていかん』と言って聞きませんでしたので」
放心したように問いかけるフェリクスに、申し訳なさそうな顔で答えるエステル。その横にはいつの間に来たのか、アニエスがニヤニヤと笑っている。
「いいなぁ、専用馬車でデートなんて」
「ち、違っ!」
「違うの?」
「……わない」
横にいるエステルの眉がちょっと下がったので、フェリクスは正直に答えた。
今日から魔導院は冬休みに入っていた。
『寒くてやってられない』ので、皆休む事にしている時期であり、魔導院も例外ではなかった。世界一の魔術の粋を結集しても寒いものは寒いのである。
かくして、フェリクスとエステルを乗せた馬車は、アニエスに見送られながら魔導院を出発した。
向かう場所は、バルドーの北西に位置するドワーフの国、ザックスである。
(ザックスには『
先日のクラレンスの言葉が、頭の中で蘇る。
勿論、エステルには指輪とその他の事は話さず、単に旅行デートと言う体で誘っているのだが。
「ほら、あちら、あんなに雪が積もってますわ」
「すごいねぇ」
「あちらは狐でしょうか、可愛らしいですわ」
「可愛いねぇ」
いつもは中々見ないエステルのはしゃぎ様に、フェリクスはこれだけでも十分誘った甲斐があったと思い、自然と顔が綻ぶ。
綻ぶのだが、正面に座っている使用人の女性と男性の視線が痛い。女性は目をキラキラと輝かせ、二人の姿をうっとりと見つめているのだが、男性の方はと言うと、フェリクスがエステルへ何か粗相をしないかと、常に目を光らせているのだった。
そんな気の休まる事が出来ない馬車の旅を、実に十日続け一行はバルドーに着いた。
何故そんなに時間がかかったかと言うと、そもそも駅馬車の様に、途中で馬を変える事が無いので休憩が多い事と、進むに連れ雪が深くなり、スピード自体も遅くなっていた所為だった。
フェリクスとエステル、その他に使用人二人に御者二人、護衛が四人と言う、総勢十名の大所帯は、宿泊する場所を探すのにも一苦労なので、そこは使用人に任せ、二人は町へと繰り出す事にした。
「何か食べに行こうか」
「そうですわね、少しお腹が空きましたわ」
楽しそうに話しながら歩く二人の後ろを、武装した戦士四人が付いて行く風景は、周囲の人々を大いに引かせていた。
食事を済ませ、町の通りで露店の散策を堪能した二人は、使用人の連絡でホテルに戻る。
「はぁぁぁぁぁ……」
一人部屋でやっと監視の目から逃れられたフェリクスは、大きく息を吐き出すと、伸びをする。
エステルは隣の部屋にいるのだが、中には女使用人が常駐しており、入り口には常に男の使用人が立っていて、気軽に入る事も出来ない。
(結婚しても、こんな生活なのかなぁ)
普段感じない息苦しさに、ちょっと先行き不安を感じるのだった。
「なんじゃ、嫁変えたのか?」
「違いますって! 今度は本当に嫁になる人ですが……」
翌日、店に入って早々かけられた声に、フェリクスは背後から痛い視線を感じながら、動揺の声を上げる。
以前、杖の作成で世話になったグスタの店で、今日は、彼がドワーフの国まで案内してくれる事になっていたのだ。
雪の中、馬車に揺られながら一行はバルドーから北西にあるドワーフの国ザックスへと向かう。
短時間の休憩を多めに馬に取らせながら、馬車を走り続けさせる。長時間止めておくと、車輪が凍結して動かなくなる為だ。
そして、丸一日以上をかけてザックスに着く頃には、次の日が明けて昼に差し掛かっていた。
「おおぉぉ」
「素晴らしい景色ですわ」
二人の前には真っ白な山々が連なる光景が広がっていた。高いものは上空の雲をも貫いている。そしてその中にひとつ、周囲よりも低い山が一つあるのだが、何故かそこだけ雪が積もってはいなかった。
その山に、洞窟への入り口らしき穴が見える。そして、その周辺には居住区(人間たちとの交流の場として出来た町)が広がっていた。今日はそこに泊まる事になっていたので、早めに入って荷物を預けると、フェリクスとエステルの二人はドワーフ達の工房がある洞窟へと向かう。勿論、護衛の四人もぞろぞろと付いてきた。
「山全体に暖房? これ全部ですか?」
ドワーフ達の工房がある洞窟に入ったフェリクスは、壁に沿って配管されているパイプを見て、驚きの声を上げる。
「おうよ、火山から湧く温水を洞窟の全周に巡らせてある。夏には山の上から流れてくる雪解け水を入れて冷やすんじゃ」
「サンストームより快適なのではないかしら。それにしても、すごいですわね」
エステルも羽織っていたマントを脱いで、辺りを珍しそうに眺めている。
興味が無かったらどうしようと心配していたフェリクスは、エステルの楽しそうな顔にひとまず安堵した。
その日の夜、二人は火山から湧き出てくる温水の風呂(いわゆる温泉。残念ながら混浴ではなかった)や、ドワーフ自慢の煮込み料理を堪能すると、それぞれの部屋に戻ったのだが、フェリクスは一人、再び洞窟へと入っていく。
中で待っていたグスタと共に山の中心へと進んでいくと、機械仕掛けの
「グスタでございます。王よ、よろしいか?」
「入るがよい」
そして、一際豪華な装飾が施された扉の前で、グスタが声をかけると、穏やかだが威厳を感じる声が中から聞こえてきた。
「失礼します」
いつもは豪快なグスタが礼儀正しい事に、フェリクスは内心面白がりながら後について入る。
(ああ、これは畏まるよね)
ドワーフの王を見たフェリクスは、グスタの心境がわかる気がした。
背は高くないが、そのどっしりとした佇まいに、長いあご髭。穏やかに開かれているが、すべてを見透かす様な深い青色の瞳は静かな威厳を感じさせ、自然と跪いてしまう。
一体この洞窟の王は自分の何倍この世界に生きているのだろう。そう思うと初対面にも関わらず、敬服せずにはいられなかった。
「こちらが、本日の客人、フェリクス・エリオット殿です」
「フェリクス・エリオットです。本日はお招きいただき、誠にありがとうございます」
「わしが、国王のジル・ガルダードじゃ。わざわざのご足労、感謝する」
挨拶を済ませると、ジルは、跪いている二人を立たせる。
「それで、例の件は大丈夫そうかね」
ジルは、フェリクスへと視線を移すと、問いかけた。
「はい。『氷精』の件は、私にお任せください。それで成功しました暁には――」
「わかっておる、指輪はわしが直々に創ってしんぜよう」
「――宜しくお願いします」
フェリクスは再び、深々と頭を下げた。
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