第51話:魔王対剣聖対勇者
「君は何を言っておるのか、分かっているのかね?」
「何をいきなり仰ってますの!」
「やった!」
最初の声はエステルの父が、
次の声はエステルが、
最後の声は部屋の外から聞こえてきた。
「は?」
「え?」
「……」
皆が一斉に入口へと振り返る外では、使用人の女が両手で口を塞いでいた。
「フェリクスさん? 利益のお話は何処に行きましたの?」
我に返ったエステルが、何もかもすっ飛ばして、いきなり求婚を始めたフェリクスに、顔を真っ赤にして抗議する。
「はっ! すみません、つい感情が昂ってしまって……その前にそれです、利益のお話です」
まだ緊張しているのか、エステルに対しても微妙に丁寧な話し方で答えるフェリクスは、再び父親へと向き直ると、話を続けた。
「私は、今回のエステルさんとサイラスの方との結婚より、カレンベルク家が利益を得るお話をしに参りました」
「利益、だと?」
エステルの父親は、努めて冷静に問い返すが、怪しい者を見る目に変わりは無かった。
「ほう。それでは君は、今回の婚姻に幾らの価値があるか知っているのかね?」
「知りません」
「話にならんな。早々に帰ると良かろう」
何も知らぬ少年が勢いだけで来たものと判断した父親は、おおよそ真剣に取り合う素振りを見せず、手で追い払うように退出を促す。
「僕は、代行者になります」
「ほう、それは凄いね。魔王にでもなって世界を滅ぼす気か?」
「カレンベルク家の力になります」
「それは頼もしいね、ぜひ頑張ってくれたまえ」
にこやかに拍手する父親は、もうそろそろ良いか?とエステルに視線を送った。
「彼は……、代行者になれる可能性があります。だから」
ワンピースの裾を握りしめながら、エステルは父親へ訴えるような視線で、言葉を続けようとする。
「だから、私に確実性のないギャンブルをしろと言うのか?」
エステルの言葉に被せるように答える父親の表情には、既に笑みは消え去っていた。
「……貴様、何者だ」
低く構える仮面の男から増大する殺気に、フルメヴァーラは今までにない危険を感じた。それは先程の勇者達の比ではない。
「ただの戦闘狂ですよ」
男はそう言うと、地面を蹴り、その場から姿を消す。
「皆は下がれ! 絶対に手を出すな!」
フルメヴァーラは、周囲に潜伏しているエルフ達に警告を発すると、眼前に岩壁を立ち上げ、大きく後ろへジャンプしつつ、光剣を展開させる。
直後、壁が崩れ落ち、男が現れる中に、展開した光剣を叩き込んだ。
(早いな)
十二本の光の剣を一閃で薙ぎ払う光景に、魔弓を構えていたフルメヴァーラは、男の足元に次々と岩の手を湧きあがらせた。
しかし、男はその全てを躱すと、再び地を蹴って距離を縮めてくる。
「チッ!」
着地点を狙ってくるであろう男を牽制する為に、矢を速射して足場を確保する。
得意な戦闘レンジが中~超長距離のフルメヴァーラにとって、近接戦闘に入られる事は、不利を意味していた。
「もう終わりですか?」
矢を躱し体制を立て直すと、男は着地したフルメヴァーラに向け、再び構えながら走り込む。
「まったく……、老体を労わろうという気は無いのか」
魔弓を変形させ、二本の短剣へと姿を変えると、フルメヴァーラは男の攻撃を迎え撃つ為、構える。
『閃け、
「!」
男が呟くと、無数の雷と共に男の刃が閃く。
岩の壁を出してガードするも、その圧倒的破壊力でフルメヴァーラに襲い掛かる仮面の男。
短剣で防ぐよりも遥かに多くの刃がフルメヴァーラに襲い掛かる。
「くっ!」
しかし、その刃がダークエルフの美しい肌を切り裂く事は無かった。
「何これ。びっくりさせようと遺跡に隠れてたら、誰も来ないし、大きな音するから来てみたら、誰か戦ってるし」
長く湾曲した刃を黒い剣で受け止めている男が、気の抜けるような声で呟く。
その男の顔も仮面に覆われていた。ただし、こちらの仮面は某映画に出てくるホッケーマスクのような顔全体を覆うものだった。一言で言うと、キモ怖い。
「貴様は……」
「あ、それ以上いけない。今は謎の仮面勇者です」
気配を察したフルメヴァーラの言葉を遮ると、背後へと庇う様に立ち回る。
「ほう、更に強者が来たか」
必殺の剣を防いだ男を見る仮面の男は、歓喜に打ち震える様に呟くと、刀を収め仮面を取り外す。
「拙者はアルバート・ブランズ。レーアス神の代行者、『剣聖』である」
仮面の下から現れた黒い瞳は、ホッケーマスク男が元の世界で見慣れた色だった。
頭の元で束ねられ、腰の辺りまで伸びる長く黒い髪も懐かしい。
「もしかして、あなた……」
「我が名乗ったのに、答えてはくれぬか」
ホッケーマスク男の問いかけに被せるように、アルバートは問い質す。
「あー……ちょっと事情が」
「剣聖は、敗れればその力と名を勝者に明け渡す事になっておる。せめて、その者の名を知ってから散りたいのであるが」
「おいおい、それじゃあ私の時は負ける気が無かったって事かよ」
後ろからフルメヴァーラが抗議の声を上げる。実際勝てる気はしなかったので、あくまで愚痴の様なものであるが。
「……私の名は、ゼウス・サトウ。ラダールの勇者です」
少し考えた後に、ゼウスは名前を名乗った。それは純粋にアルバートへの礼儀としてか、同郷の者に対する敬意かは分からない。しかし、名乗らないのは無礼であると感じたのは事実だった。
「ほう、お主が魔王カラックを退けた勇者か。相手にとって不足はないな」
若干晴れやかな顔に変わったアルバートは、後ろに向かって歩くと、ゼウスとの距離を取り始める。
「フルメヴァーラさんは、下がっててください」
「良いのか? この戦いはお主には関係の無いものだろう」
「んー、元よりその予定で来てたので、大丈夫ですよ。ただ、色々とアレなので、内緒にしといてくださいね」
心配そうに声をかけるフルメヴァーラに、ゼウスはにこやかに答えて見せる。キモ怖いマスクで見えないが。
「フッ、アーダの親友の夫でなければ、放ってはおかんのだがな、惜しい男だ」
妖艶に笑って見せると、フルメヴァーラはゼウスから離れていく。
(エルフってほんと、奇麗だなぁ、あれで何歳なんだろ)
煌めく銀糸の様な髪に首をくすぐられ、ゼウスが何となくそんな事を考えている内に、アルバートは既に構えて待っていた。
「?」
しかし、ゼウスは剣を鞘に収めると、徐に地面に正座を始める。
「お主、よもや……」
アルバートは何かを察したのか、同じ様に構えを解き、自らも地面に正座をする。
「人生の大先輩への礼儀ですよ」
「……何年経った」
「多分五〇〇年程でしょうか、お陰様で、皆が
「そうか……」
アルバートは少しだけ優しい瞳になり瞼を閉じる。そして再び開いた時には、鋭い眼光に戻ると背筋を正す。
互いに無言の時が暫く流れた後、二人は深々と頭を下げ、再び立ち上がる。
ゼウスは剣を抜き中断に構え、アルバートは左足を下げ体をひねると、相手に見えぬよう、柄を握って腰を落とす。
互いの動きを牽制するかの様な殺気と殺気が交錯する中、先に動いたのはアルバートだった。
『閃け、
小競り合いは不要とばかりに、初手で必殺の技を放つアルバート。
その攻めに対し、ゼウスは剣を正面より僅か右の地面へ突き刺すと、短剣を両手に低く構える。
「ぬ」
放つ雷がゼウスの黒い剣に吸い込まれ始めると同時に、刃の軌道を一つ封じられた事に気づいたアルバートは、否応なく自身の右からの斬撃を繰り出す為、柄を握りなおす。
襲い来る刃の軌道を限定し、雷の防御を剣に任せてなお迫りくる無数の刃を、ゼウスは二つの短剣で捌いて行く。
「ふははは! この刃の交わり、血がたぎるわ!」
「この人、バーサーカーだ!」
刃を受ける毎に気迫が増していくアルバートに、ゼウスは背筋が寒くなりながらも、防御を続け隙を探る。
やがて斬撃のスピードに慣れた頃、わずかな隙を見つけると、ゼウスは短剣をアルバートへ向け放った。
踏み込んでいたアルバートは、間一髪、仰け反る様に躱すが、起き上がった先にゼウスがいない事に気づくと共に、首に僅かな違和感を感じる。
「かはっ!」
その違和感は、痛みを伴って正体を現す。
短剣に繋がれた鋼の糸がアルバートの首に巻きついてギリギリと首を絞めつけていたのだ。
すぐに刃で断ち切るが、その時、既にアルバートの前からゼウスの姿は消えていた。
「どうした、止めを刺さんのか?」
自らの左前方で、黒い剣を構えているゼウスを睨みつけると、アルバートは構えを解いて話しかける。
「刺しに行ってたら、逆に刺されてますよ」
冗談か本気か、分からないような顔でゼウスは答えると、剣を鞘に収めた。
「ふっ、よかろう。もっとお互い熟してからの方が面白そうだしな。今日の所は引かせてもらう」
アルバートも剣を収めると、振り返って歩き始める。
「今日の所はって、また来る気?」
ゼウスは非常に嫌そうな顔で、去っていく背中に声をかけた。
「レーアス神は戦いの女神。剣聖となった拙者は、命ある限り強者と戦い続ける
「いや、もう結構ですし、そんな運命、俺にはありませんし」
振り返る事無く答えるアルバートは、ゼウスの訴えを耳に入れる様子も無く、既に次の戦いをイメージしながら去って行った。
「難儀な奴だったのぅ」
「全くですよ」
ため息をつきながら見送るゼウスの横に、いつの間にかフルメヴァーラが立っている。
「この後、射殺してやろうか」
「あー……、それは辞めてあげといてください」
割と本気で
「あとな」
「はい?」
振り向くゼウスに、フルメヴァーラは微妙な表情で言葉を続ける。
「そのマスク、気持ち悪いから早く外してくれないか」
「え~、これ、結構気に入ってたのに」
「五月蠅い、アーダの子が泣くではないか」
言うが早いか、ゼウスのマスクを力任せにむしり取った。
「いだだっ! って、もしかして皆の所に連れて行ってくれるんですか?」
「ああ。取り敢えずは、この森を取り戻した祝杯を上げようではないか」
そう言うと、フルメヴァーラはゼウスを伴い、エルフ達が集まる新たな里へと向かった。
カレンベルク家二十三代目当主、ヴィレム・カレンベルクは、その堅実な手腕で『最もやり手の当主』として、社交界で一目置かれている。彼が手をかける事業は確実に儲かるとして、他の貴族達も投資に群がる程だ。
そのヴィレムに確実性を問われると、エステルは何も言えず、ただ唇を噛みしめ、俯く事しか出来なかった。
「確実性かい? それなら結構あるぜ?」
その時、フェリクスの背中から声が聞こえてきたかと思うと、まさおが顔を覗かせる。
「兄貴はプロメア様のお気に入りだ、今一番『炎帝』に近い人間と言えるだろう」
「なんだ、その火トカゲは」
フェリクスの背後からドヤ顔で語るまさおに、ヴィレムはいぶかし気な視線を向ける。
「私とて、昔は魔導院で学んだ事のある身だ。人工精霊を十二も従える力は評価しよう。だが、『炎帝』になるだと? 冗談も休み休みに言いたまえ」
ヴィレムの話を聞いているのか、いないのか、まさおはフェリクスから降りると、のたのたと窓へ向け歩いて行く。
そして徐に窓から飛び降りると、本体であるファイアドレイクの姿を現した。
「なっ?」
「なんですの?」
二階の窓からでも見える炎に包まれた深紅の竜の顔に、エステルとヴィレムは驚愕の表情を浮かべる。
「炎の神、プロメア様の使いである我の言葉を信用できぬか」
「そ……、君は一体……」
ヴィレムは、信じられない様な物を見る目で、まさおとフェリクスを交互に見ており、エステルは既に床へとへたり込んでいた。
当のまさおは、すぐに元の姿へ戻ると、一階の入り口へ向かい、のたのたと歩き始めている。
「た、例え、君がお気に入りだとしても、確実に炎帝になるとは限らんだろう」
ポケットからハンカチを取り出すと、冷や汗を拭いながら、ヴィレムはなおも否定する。
「今すぐはなれなくとも、僕の義兄さんは、ラダールの勇者だ。これは国交に関しても有利になる筈です」
(所詮はまだ子供、自分の力が及ばなければ、他人の力に頼るか)
再び口を開いたフェリクスに、ヴィレムは冷静さを取り戻すと、その問題を指摘する。
「それは、君の力ではなかろう」
「貴族の結婚とは、そう言うものではないのですか?」
しかし、フェリクスは予想外の言葉を返してきた。
「なんだと?」
「本人に力が無かろうとも、その背後に連なる力があれば、それを求めて繋がりを作る。そうしてカレンベルク家も力を成したのでしょう」
フェリクスの言葉に、ヴィレムは目から鱗が落ちる思いだった。
(目先の利益だけにとらわれず、その先まで大局的にものを見る力がある。この少年、思った以上に強かだ。これなら、我が家名を更に高めてくれるかもしれん)
「かもしれん……か」
「え?」
突然の呟きに、フェリクスはヴィレムを不思議そうに見つめる。
(まさかこの私が、『かもしれん』事にかけようとするとはな……しかし、それ程にこの賭けは心が昂る)
久しく味わう事の無かった高揚感に、ヴィレムは口元を綻ばせた。
その時、
「旦那様! お急ぎの連絡が入りました!」
「入れ」
外で待機をしていた男を中へ入れると、男はヴィレムのそばまで近寄り、小声で用件を伝える。背中には、何故かまさおがへばりついてた。
「サイラスが?」
ヴィレムは、一瞬目を見開いたかと思うと、すぐに冷静さを装い、男を下げさせる。
男が部屋を出ていくのを確認すると、ヴィレムは組んだ両手をテーブルの上に置き、改めてフェリクスに視線を向ける。まさおは既にフェリクスの背中へ戻り、舌をチロチロと出しながらドヤ顔を覗かせていた。
「分かった、君の求婚を受けよう。ただし、三年以内に『炎帝』になれない場合は、破棄させてもらう」
「は……はい! 有難うございます」
ヴィレムの言葉に、フェリクスは礼を述べると、深く息を吐き出し、天を仰ぐ。
そして振り返り、エステルを見ると、彼女は座り込んだままフェリクスを見上げ、涙を流しながら微笑んでいた。
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