第50話:告白
『サイラスの勇者が動きました』
街道の見張りに出ていたエルフが送り出した梟から、手紙を受け取ったラムスは、遺跡に入っているフルメヴァーラとアーダを、急いで呼び戻す様指示を出す。
総勢十名、服装や装備から、勇者の他は一人の正規兵を覗いて全て傭兵の様だった。
「あまり目立ちたくは無いのだろうが、十名とは余程その勇者に自信があるのだな、サイラスは」
遺跡より戻ってきたフルメヴァーラは、早速対策の議論を始めた。
「一番の要注意は勇者として、他はどうなのだ?」
「はっ! 斥候からの情報によれば、正規兵を除いた八名は金で雇った傭兵の様で、特に名だたる者はおりませんでした。ただ……」
「なんだ?」
「仮面をつけた正体不明の傭兵が一人いるそうです」
「仮面とは、また酔狂な奴よな」
正体を明かさないのは、カルベナ側の間者の可能性もあると考えると、その先の事も視野に入れておく必要がある。フルメヴァーラはアーダにその危険を伝えると、カルベナ方面の様子を探らせた。
「それで、残る正規兵は何者なのだ?」
「はい、それが勇者の指南役だったメルヴィン・バーンと言う者で、そちらも要注意との事でした」
報告が終わったのか、伝令の男は一歩下がると、その場に控える。
「師匠直々にテストの採点か。まぁ人としては強いのだろうが……、念の為、そちらも私が相手をしよう」
残る待ち伏せや、罠を張る場所、敵の攻撃に対しての防御や反撃手段などを詰めると、弓を持ったダークエルフ数人を従え、勇者たちが入ってくるであろうポイントへと向かった。
「事前の連絡、および招待状はお持ちでしょうか?」
フェリクスは巨大な鉄門扉の前で、門番と対峙していた。
「何もありません。用件はカレンベルク家御当主に、お聞きしたい事があって来ました」
淡々と用件を伝えるフェリクスは、冷静そのものに見えたが、周囲に浮遊している人工精霊で普通の来訪者ではない事は、一目瞭然だった。
「御当主は只今、御多忙の身ゆえ、ご予約の無い方との面会はご遠慮願っております」
周囲に浮かんでいる球体が、いつ攻撃してくるか分からない緊張感を漂わせる中、あくまで紳士的に話を進めたい門番は、努めて冷静に対応する。
「どうしてもダメですか?」
「ど、どうしても……です」
門番はいつでも護衛を呼べるよう、警笛を手に脂汗を流しながらも、最後の抵抗を試みる。
「貴方は、何をなさってるんですの!」
「お嬢様、まだお着換えの最中ですっ!」
今にも警笛を吹きそうな門番を手で制すると、エステルがフェリクスに声をかけてきた。後ろには、ドレスを手に追いかけてくる使用人っぽい女性が見える。
薄手のワンピースのみのエステルは、急いで駆けて来たのだろう、肩で息をしており、その足元は靴を履いておらず、素足のまま土を踏みしめていた。
「君のお父さんと話がしたい」
「そんなのは無理ですわ」
「君がサイラスの人と結婚するより、利益のある話があると言っても?」
「……」
二人の間に暫くの沈黙が流れる。
門番は、自分の責務は終わったと安心して門の護衛に戻り、ドレスを握りしめたまま見守っている使用人の女は、何かを感じたのか、目を輝かせてその場を見守っていた。
「……分かりました。一緒にいらしてください」
エステルはそう言うと、屋敷にの中へと戻っていく。
フェリクスは、その後に無言で付いて行った。
「ここに異教徒の集落があるのだな」
赤茶けた、チリチリの髪の毛を肩上まで伸ばした男が呟くと、傍らに歩いていた白髪の中年男が頷く。中年とは言ってもその肉体は引き締まっており、周囲のギラつく傭兵たちに交じっても遜色ない、いやそれ以上に鋭い殺気を放っていた。
「わざわざ迎えに来てくれるとは、手間が省けるわい。アルフォンス、来るぞ」
中年男はそう言うと、手にしていた大型の盾を構え、しゃがみ込む。
「ふん、異教徒の技なぞ我が信仰の前に蚊ほども効かぬが、メルヴィン殿がそう仰るなら構えさせていただこう」
同じく巨大なカイトシールドの様だが、こちらは白塗りに黒十字が施されている物を構えると、魔力を込め障壁を展開する。
「お主ら、誰と戦うか知っとって来たのではないのか。盾も持たんとは、死にに来たのか?」
メルヴィンが傭兵達に声をかけた時には、既に三人が全身から矢を生やして倒れていた。
自分達の認識外からの攻撃に、不意を突かれた傭兵達は蜘蛛の子を散らすように散開すると、物陰を探して這いずる。
自らのテリトリーである森の中、しかも人間に比べ遥かに視力の優れるエルフ達を相手に、迂闊にも踏み込んだ一行は、それ相応の歓迎を受け、僅か数分でその戦力の大半を失った。
「如何に戦いの少ない西方とはいえ、これは余りにもお粗末ではないか」
「まったく、信仰が足らんのではないか?」
物言わぬ躯となった傭兵達を目に、二人はそれぞれため息をつく。
「まったく、傭兵の風上にも置けぬ奴らだな」
ただ一人、盾も無く生き残った仮面の男が二人に声をかける。
「ほう、あの攻撃の中、盾も無しに生き残るとは、少しばかり見どころがあるようじゃな。わしの元に来んか?」
メルヴィンは、仮面の男に鋭い視線を向けながら、自らの部下へと勧誘を始める。しかし、それは建前であり、本心は、得体の知れないこの男が、油断ならない人物である事に警戒感を強めていた。
「傭兵は、金で動く者。一つ所に縛るには、相応の金が要るぞ」
「そうか、それは残念じゃな」
特に残念そうな顔もせず返事を返すと、メルヴィンは正面を向く。
視線の先には、長く煌めく銀髪を靡かせる美しいダークエルフが立っていた。
「異教徒の出番なら、我が向かおう」
メルヴィンの横で黙っていたアルフォンスが、盾を構えたまま前に進む。
その姿を認識すると、フルメヴァーラは弓を構え、魔力を収束させ始めた。
「本命が来るぞ」
メルヴィンは、アルフォンスへ声をかけると、自らも盾を構え、魔力を込める。
「なんじゃ、今度は躱さんのか?」
盾の後ろへと、そそくさと隠れる仮面の男に、メルヴィンは声をかける。
「当たったら痛そうだ。それにしても、あの殺気は痺れる程に凄まじいな」
仮面から覗く瞳は、獲物を前にした肉食獣の如くギラギラとた視線でフルメヴァーラを見つめる。
丁度その時、魔力を纏った矢が、フルメヴァーラの弓から放たれる所だった。
「ぬおおおおああぁぁぁ!」
膨大な魔力と共に力の奔流となって押し寄せてくる矢を、アルフォンスは盾で正面から受け止める。その衝撃で辺りの土が舞い上がると、メルヴィンも盾を構えたまま、背を低くした。
盾の前面に展開されている重厚な魔力障壁を削りながら進む矢を、アルフォンスは足を滑らせ後退しながらも受けきると、角度を変え力を上方へと逸らす。
障壁を削り切り、盾の表面をも少し削っていた矢は後方へ跳ねるように飛び去ると、木々をなぎ倒して彼方へと消え去った。
「何だアレは」
矢を放ち終わり弓を下げたフルメヴァーラは、半ば呆れたような声で呟く。
未だかつて、自分の魔弓の一撃を盾で防いだ者なぞいなかったのだ。
「我が信仰心の前に、異教徒如き邪な攻撃など、効きはしない! ガハハハハ!」
煙を上げる盾を下すと、顔に血管を浮かばせながら、アルフォンスは吠える。
「何だあの馬鹿は」
フルメヴァーラはもう一度呟くと、両手を広げ周囲に光剣を顕現させる。
現れた剣は各々アルフォンスの周囲に飛んで行くと、一斉に襲い掛かった。
「うおおあああぁぁぁ!」
盾を掲げ半身を防ぐと、もう半身は剣を薙いで光剣を叩き落とす。
「一々叫ばんと動けぬのか、あの野蛮人は」
フルメヴァーラは呆れながらも、確実に光剣を切り落としているアルフォンスの腕に警戒を強める。
しかし、攻撃は予想外の方向から始まった。
「!」
「凡人は歯牙にもかけぬか」
中年とは思えぬ速さで接近していたメルヴィンは、矢の射程を過ぎたと悟ると、盾を捨て剣で切りかかる。
「はっ! 年寄りは大人しく盆栽でも弄っておれば良いものを!」
次々と切りかかる刃を、華麗に躱すフルメヴァーラ。
「お主よりは若いと思うがのっ!」
「そうかい? じゃあ……」
実際二〇〇歳は若いメルヴィンは、掛け声とともに横薙ぎに剣を払う。
しかし、その一撃を大きく後ろに飛び躱したフルメヴァーラは、弓を構え魔力を収束し始める。
「うおおおぉぉぉ!」
メルヴィンの後方にいたアルフォンスが叫びをあげると、後方へジャンプしていたフルメヴァーラの更に後方から、岩の壁がせり上がってきた。
壁に防がれた隙を狙おうと、メルヴィンは地を蹴って追いかける。
しかし、フルメヴァーラは壁に遮られる事無く、後退を続けた。
「ばかな!」
メルヴィンは驚愕の表情を浮かべて叫ぶ。
アルフォンスの出した壁に大きな穴が開いていたのだ。
(ここはエルフの森、この地がエルフを拘束する様な事はありえんよ)
全力を持って刺し貫きに向かっていたメルヴィンは、止まる事無く岩壁に激突する。
「ぐはっ!」
そして、閉じゆく壁の穴の向こうに、邪悪な笑みを浮かべる赤く光る瞳を見た。
「さようなら、坊や」
魔力の収束を終えた矢は、岩壁と共にメルヴィンを粉砕して飛び去った。
「うおおおおぉぉぉ! ししょおおおぉぉぉぉ!」
この世界に来て以来、ずっと世話になっていたメルヴィンの死に、アルフォンスは我を忘れ猛然と襲い掛かる。
「五月蠅い」
煩わし気に右手を掲げると、突き進んでくるメルヴィンの足元から無数の岩の槍を突き出す。
しかし、その攻撃を盾で防ぎつつ走り続けると、アルフォンスはフルメヴァーラの眼前まで迫る。
そして盾を落とすと、両手で上段から切りかかった。
「子弟そろって馬鹿者か」
後方へバックステップで躱すと、アルフォンスを更に誘い出す。
怒りに冷静さを欠いたアルフォンスは、その誘いに乗ると、さらに踏み込んで横薙ぎに剣を払う。
「なっ!」
しかし、踏み込んだ瞬間、体が大きく傾くのを感じる。
アルフォンスの視界には、自らの右足を掴んでいる岩の手が見えていた。
「うおおおぉぉぉぉ!」
崩れ落ちる体に力を入れ、体勢を立て直そうとするが、次々に生えてくる岩の手に体を押さえつけられる。
そして仰向けに見上げた空には、木々の間から差し込む光を反射する、煌めく銀髪が舞っていた。
「師の後を追うが良い」
フルメヴァーラは呟くと、狙いを定め矢を放つ。
「おのれ、異教徒めええぇぇぇ!」
アルフォンスの怒号は矢の轟音にかき消され、後には巻き上げた土砂とアルフォンスの残骸がバラバラと落下する音だけが残った。
(二年程度の勇者であれば、よくやった方か)
大きく抉れた地の淵に立つと、フルメヴァーラは辺りを見回す。
「素晴らしい」
それは、反対側の淵に立って拍手をしていた。アルフォンスとメルヴィンの二人と戦っている最中、感じていた殺気。
男は衝動が抑えられないのか、微かに震える手で仮面を押さえる。
「強すぎて……、興奮が抑えられない」
そして、震える手を剣の柄へとかけると、鯉口を切る。冷たさを感じる輝きが覗くと、男はそのまま腰を落とし構えた。
「魔王フルメヴァーラ、ひとつ、お手合わせ願おうか」
「……貴様、何者だ」
未だ赤い瞳のままのフルメヴァーラは、仮面の奥にある狂気を睨みつけた。
「お父様、今宜しいでしょうか?」
エステルは父の書斎へ来ると、扉の前で伺いを立てる。
「ドレスの試着が終わったのか? 入りなさい」
中から返事が聞こえると、静かにドアを開く。
「どれ、どの様な……なんだ、その恰好は」
薄手のワンピースに、土がついたままの裸足で立っている娘を見て、エステルの父親は目を見開く。
「それに、貴様は何だ! エステルに何をした!」
後ろにいたフェリクスに気づくと、激昂し始める。
「失礼します。僕はフェリクス・エリオットと申します。今日はエステルのお父さんへ、お話があって参りました」
エステルの前へ出ると、フェリクスは父親へ頭を下げる。その後ろに行儀よく並ぶ十二個の人工精霊がひどく滑稽だった。
「何の話だ」
胡散臭い者を見る目つきで、父親はフェリクスを見る。
フェリクスは、心を落ち着かせる為、一度深く息を吸う。
そして、もう一度大きく吸うと、声を大にして叫んだ。
「お嬢さんを、お嫁にください!」
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