第47話:魔王の洞窟にて

「用意は良いか?」


 カルステンが確認すると、生徒は各々に返事を返す。


 生徒五人が一塊となって先行し、後にカルステンとステファニーが洞窟へと入ってゆく。

 馬車は念の為、ステファニーが張った結界の中で待機させ、御者が見張りとなっていた。


「俺が先行する。お前らは後を付いて来い」


 生徒の一人、ハロルドが自信満々に言うと先行して歩き始める。


「まーた、そうやって抜け駆けしようとする。それでいつも失敗するんでしょ」

「ふん。俺はお前達とは違う」


 アニエスの制止も聞かず、ハロルドは先を急いだ。次にアニエスとギルバートが並び、その後をフェリクスとエステルが並んで進む。


「ハロルド、無暗に魔法使って空気無くすなよ」

「そんな事、言われずとも分かっている」


 ハロルドの得意魔法が炎だと知っていたフェリクスは、先に忠告しておく。つい最近自分が言われた事だが。

 炎の魔法が被るフェリクスは、今回も出番がないと思っていた。吹き抜けとか横穴などの空気の流れがある場所なら別だが、密閉した空間で二人して炎を出せば、あっという間に空気が無くなってしまう。


「なので、今回はエステルに任せるよ」


 そう言ってフェリクスは気軽に皆の後を付いて行った。


「そう言われましても、アンデッドに水系が効きますのでしょうか……」


 不安そうな顔で、その後をトコトコとエステルは追いかける。


「……大丈夫なんですか? このパーティー」

「安定したものを最初から組んでいては、試練にはならんからな」

「なるほど」


 少し離れた場所から五人を見つめるステファニーは、カルステンの答えに納得しつつも、一抹の不安を感じていた。

(なんだろう、この胸騒ぎは……魔王の時とは違う、何かこう……)

 そんな不安を他所に、生徒たちは最初のアンデッドに遭遇していた。


「ふん、雑魚が」


 ハロルドが、ワイトやレイスの集団へ右手を掲げ、足元から炎を巻き上げさせると、悪霊達は断末魔の叫びを上げながら霧散していく。

 その後も、問題なく討伐して五人は順調に進んでいった。


「霊魂ばっかりで、スケルトンやゾンビは出ないね。何かに惹かれて来たのかなぁ」


 アニエスが歩きながら、事態の予想を口にする。


「何かに惹かれて来たとして、その元凶は何だ?」

「より高位の霊体か、成仏させてくれる神様?」


 ハロルドの問いかけに人差し指を顎に当て、首をかしげて答えるアニエス。


「それならスペクターとか、死の神タルタナトスとか、か?」

「うわぁ……、その辺はどうにもならないから、遠慮したいなぁ」

「そうなれば、逃げるだけだ」


 二人の問答に、珍しく言葉を発するギルバート。彼は時々洞窟の壁に印を付けながら黙々と、皆に付いて来ていた。


「逃げるって、そう簡単に逃がしてくれるかなぁ」

「そんなもん、俺が倒してやる」

「じゃあ、ハロルドが戦ってる間に、私逃げるから宜しくね!」

「ちょ、お前!」


 虚勢を張るハロルドに、アニエスは冗談ぽく言うと、一行は更に奥へと進んでいった。




「もう、またですか」


 その後方、カルステンと共に進んでいたステファニーは、ため息をつきながら、本日二十体目のアンデッドを浄化していた。


「まぁ上級僧侶ハイプリーストだからな。皆、成仏させて貰いに来るだろう。場合によっては蘇生して貰いたいのかも知れんな」

「肉体も無いのに蘇生なんて無理ですよ。あぁまた来た」


 新たに現れたワイトを浄化していると、前方から喧騒が聞こえてくる。


「何この匂い、何か腐ってるわよ」

「ゾンビでもいるのか?」

「ゾンビ如き、俺の敵ではない」


 前方から漂ってくる腐臭に、心当たりがあるカルステンは、生徒たちに声をかける。


「お前達、今日のメインだ。存分に戦って見せろ」

「メイン? ゾンビが親玉かよ!」


 嘲る様に吐き捨てると、ハロルドは奥へと走っていく。


「ハロルド! 抜け駆けは、許さないんだから!」


 アニエスも後を続けて駆け出すと、残りの三人も仕方なく後に続く。本来なら対策や立ち回りの打ち合わせをして挑むのがセオリーだが、自己中心的な人物がいると、そうもいかない。

そして、そういう場合は大抵悲惨な結末を迎えるのだ。


「うわあぁぁぁぁ!」


 真っ先に洞窟の開けた場所へ出たハロルドが叫び声を上げる。

 こっちを見てくれと言わんばかりの愚行に、そこにいた者は期待通り、二つの赤い目をこちらに向けた。

 その口元からは、腐れた肉が顎を伝い、腐臭と共に地面へと落ちている。

 いたる所から骨が露出した巨体も、同様に肉が爛れ落ち、緑や紫の煙を発していた。


「毒だ! 障壁を張れ!」


 ギルバートが叫んだ時には、既にハロルドは口から泡を吹いて倒れ始めていた。


「いやああぁぁ!」


 ハロルドの症状と、その奥にいる物体に、恐慌状態となったアニエスは、叫びながらその場に座り込む。


「取り合えず、ハロルドとアニエスを引きずり戻す! 二人を回収したらエステルが壁で塞いでくれ」


 フェリクスは指示を出すと、ギルバートと共に広場へと駆け出した。


「アニエスを先に!」


 ギルバートにアニエスを任せると、フェリクスは人工精霊を顕現させ、ハロルドを抱える。

 こちらに来ようとする巨体へ向け、炎を打ち出し牽制する。

 顔や足に炎を受けた巨体は、怒りの感情を露にすると、立ち止まり大きく息を吸い始めた。

(まずい、ブレスがくる)

 フェリクスは焦りながらも、ハロルドを抱え後退を続ける。

 人工精霊が顔に向け集中的に攻撃を行うが、急場ゆえ、それ程魔力は込めていなかったので、威力も手数も足りていなかった。

 やがて、息を吸い切った巨体は、唸りを上げながら吸い込んだ空気を吐き出す。

 体中に蓄積されていた毒素と共に圧縮された空気は、フェリクスに向け轟音と共に突き進んで来た。

 受けるフェリクスは、障壁に全力で魔力を込め、同時にまさおも魔力障壁を広げる。

 しかし、猛毒をはらんだ暴風はフェリクスの元まで届く事は無かった。


「?」


 何故か、フェリクスの後方から凄まじい風が吹き荒れている。

 吐き出された毒風は、全て吹き返されると、辺りは再び静寂に包まれた。

 そして、アニエスを運び終わったギルバートが助太刀に来ると、二人は急いでハロルドを引き、後退を再開する。

 思うように事が運ばなかった巨体は、怨嗟の唸り声を上げながら再び前進を始めるが、ようやくハロルドを担いだ二人が洞窟の通路まで戻りきると、エステルが岩の壁を作り、広場につながる通路を遮断した。


「派手に吸ったわねぇ」


 泡を吐きながら痙攣しているハロルドを、解毒するステファニー。横では沈静化の魔法をかけられたアニエスが、心配そうに覗き込んでいる。


「ゾンビと言っても、ドラゴンゾンビとは、驚きですわ」

「あんな者まで来ているとは、余程この奥には強大な力を秘めた者がいるのかも知れんな」


 エステルとギルバートが各々感想を漏らす。


「ところでさっきの風、あれはギルバートが?」

「ああ、洞窟の入り口から繋いで風を運ぶようにしておいた。炎使いが二人もいるからな」


 フェリクスの問いに、ギルバートは冷静に答える。そう言えば、彼の得意魔法は風だった事を思い出した。


「と、言う事は炎は使い放題って事か。なら何とかなるかも。あ、もうちょっと下がっといた方が良いよ」


 埋めた後をガンガンと体当たりしている音が響く中、フェリクスは気づいたハロルドとアニエスに声をかける。


「ひぃ!」


 背後で響く轟音から、逃げるように這って移動するハロルド。その姿を気遣うように、アニエスも付いて行く。


「三人で戦う事になりそうだから、打ち合わせをしとこうか」


 フェリクスがギルバートとエステルの三人で打ち合わせを始めると、突如洞窟が静かになった。


「あれ?」


 不思議そうに壁を見つめていると、暫くして岩越しにドラゴンゾンビの咆哮が聞こえてくる。その叫びは怒りや呪いとは程遠い、安らかなものだった。

 そしてその後、何の前触れもなく岩壁に四角い穴が開いた。


「もぅ、誰ですか、勝手に通路塞いじゃったのは」


 続いて、少しのほほんとした少女の声が聞こえてくる。そこから見覚えのある姿が現れると、フェリクスは思わず声を上げた。


「あ……」

「あれ? フェリクスさんじゃないですかぁ、どうしたんです? こんなところで」


 そこには、黒いローブを纏い銀髪を三つ編みに束ねた、水色の瞳の少女が立っていた。

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