第46話:戦いの兆し
魔導院のあるシアードの町で装備を整えた馬車は、御者を除いた七人を乗せ、一路アスタフェイがいた洞窟へ向かっている。
「へぇ~、フェリクス、新しい彼女に乗り換えたんだ」
「そんなんじゃない!」
フェリクスのエステルに対する表情や仕草で、すぐに気があると気づいたステファニーは、口に手を当てつつ、エステルを流し見る。
「そ、そう言うのではございません。そもそも、乗り換えたとはどういう事ですか?」
エステルもステファニーの視線を、顔を逸らして避けるが、『乗り換え』と言う単語が気になって、フェリクスに問いかける。
「乗り換えも何もないよ! 姉さんは黙ってて!」
「あら、そう? 残念」
向かいの席に座るステファニーは、表向きは残念そうにしているが、目がとても楽しいものを見るように、終始にこやかだった。
「それにしても、フェリクスさんの御姉様が、あの『ラダールの聖女』様とは驚きですわ」
「え! そうなの?」
「本当に?」
同行していた他の生徒達が、エステルの言葉に驚きの声を上げる。
「そんな大層な者じゃありません。只の
ステファニーは軽く手を振って誤魔化す。
「それでも、
女生徒の一人が目を輝かせながら、ステファニーへ話しかけてきた。
名はアニエス・ボナール。肩まで伸ばした銀髪に、銀灰色の大きな瞳が印象的の、元気な少女だ。
他に同行しているのは男子生徒が二人、金髪碧眼のギルバート・ベケットと茶髪でアーモンド色の瞳のハロルド・クローゼ。そこにフェリクスとエステル、引率のカルステン、もしもの場合に備えて教会からステファニーが派遣され、計七人プラス御者と言う構成である。
アニエスの質問攻めにステファニーが辟易する中、馬車は北へ向けて揺られていた。
「まさか、かの勇者様にお越しいただけるとは思いませんでした」
「まさか、かの勇者の元祖様にお会いできるとは思いませんでした」
クラレンスとゼウスはテーブルを挟み、紅茶を啜っている。
「して、今日はどの様なご用向きで?」
「特に用と言うものは無かったのですが、こんな近くに転移者がいると聞いて、お話ししたいなぁと思いまして」
ゼウスは、ステファニーの出張で一人留守番は寂しいから、暇つぶしに来たとは口にしなかった。
「なるほど。偶にはそんな日があっても良いでしょう」
クラレンスはティーカップをテーブルに置くと、ちょび髭を扱きながら話を続ける。
「では、何からお話ししましょうか」
「クラレンスさんは、どの時代の何処から来たんですか?」
「産業革命まっしぐらのイギリスですよ」
「と、言うと一七〇〇年後半頃ですかね」
「概ねそんなところですね。ゼウスさんは
「二〇〇〇年過ぎの日本です」
「ほほう、二百年も後の世界ですか、興味深い」
そして、再びティーカップを持ち上げると、香りを楽しみながら呟く。
「と言っても、最早戻る事の無い世界に思いを馳せても致し方なし、でしょうな」
その瞳には、残してきた家族達を思い出したのか、微かに愁いが浮かんでいた。
「そうですね。もう少し現実的なお話をしましょうか」
「ふむ。現実的、と申しますと?」
「魔王についてお伺いしたいのです」
ゼウスは、魔王を倒した先人として、クラレンスに色々と聞いた。そして会話も終わろうかと言う時、クラレンスは、ゼウスに一つの質問を投げかける。
「ゼウスさんは、魔王と言う呼び名は誰がつけたと思いますか?」
「人間……ですよね?」
「そう、魔物を統べる王、魔を司る王、魔界に住む王。人々が『魔王』と言う呼び名から連想するのは『恐怖』です。何故そうしたかは、戦った事のあるあなたなら、お分かりですよね?」
クラレンスは、推し量るような瞳で、ゼウスに続けて問いかける。
「人間にとって、都合が良いからですね」
「はい、その通りです。長い年月の間に、真に破壊と殺戮を行う為だけに生まれた魔王もいる事にはいるのですが、概ね彼らは人々を滅ぼす為に現れた存在ではありません。そこを見極めてから采配を振るっていただけますと、幸いですね」
「そうする事によって、クラレンスさんは何か特になるんですか?」
今度は、ゼウスがクラレンスと言う人物を見極めるように問い返す。
「汚い人間が、泣きを見るのが楽しいですね」
紅茶を飲み干し、カップを置くその瞳は心底楽しそうな眼をしていた。
「なるほど。今日は貴重なお話と、美味しい紅茶を有難うございました」
「いえいえ、こちらこそ。最後に――」
立ち去るゼウスの背中に、クラレンスは言葉を続ける。
「フルメヴァーラが動き出しました」
その言葉を聞いたゼウスは、立ち止まると、
「有難うございます」
とだけ告げ、部屋を後にした。
(本当に、彼らは楽しませてくれますね)
クラレンスは、ほくそ笑みながら、新しい紅茶をカップにそそいた。
「ギエエェェァ!」
浄化していくレイス達を前に、五人の生徒は只立ち尽くしていた。
「姉さん! これじゃ僕達が来た意味がないよ!」
「あら、ごめんんさい。あなた達の本番は洞窟からと思ってね。それまでは無駄な消耗が無いようにと思ったんだけど」
「ふむ。この度の遠征は、生徒の評価にもなるので、控えていただくと有難い」
抗議するフェリクスに、ステファニーは愛嬌を振りまきながら言い訳をするが、カルステンにも注意されると、大人しく馬車の奥に控えていった。
馬車に揺られ二日間、行く手にアンデッドがちらほらと表れ始めると、いよいよ洞窟が見え始めた。
生徒達は、緊張した面持ちで馬車から外を見つめる。外は日が沈んだばかりだったので、一旦野営してから日中に洞窟へ入る事にした。その方が、外で待機している馬車の危険が減るからだ。
皆が寝静まった頃、ステファニーは外に設置していた結界に反応を感じて馬車から出ると、遠くに動く人影を見つける。
(こんなところに人影? アンデッドではなく)
不審に思いつつ、自身にプロテクションをかけ、近づいていく。
「!」
お互いの姿を確認した二人は、駆け寄って抱きついた。
「アーダ!」
「ステファニー!」
そこにいたのは、アーダを始めとするダークエルフの集団だった。
「そなたが、ステファニーか。実際にこの目で見るのは初めてだな、私はフルメヴァーラ、エルフを率いる者だ。アーダ達が世話になった」
集団の中から進み出てきたダークエルフが、ステファニーへ頭を下げる。銀糸の様な髪が流れていくと、再び上げた顔からバイオレットの瞳が見つめてきた。
「あなたがエレンボス神の代行者……。私はガロイア神に仕えるステファニー・サトウと申します」
一瞬その美しさに見とれてしまったが、急いで自己紹介をする。
「先に出て来てくれて良かった。そのままだったら、私達はあの馬車を襲うつもりだったからな」
「そう言えば、どうしてアーダ達はこんな所にいるの?」
よく見れば、集団の中にはラムスもいた。
「我々は、森を取り返しに行くのだ」
アーダは、それまでと打って変わって真剣な表情で話し始める。
「一度はフルメヴァーラ様が粛清したが、放っておけば、いずれサイラスかカルベナのどちらかが、森を支配するだろう。そうなれば、人間はあの遺跡を掘り起こし戦いを始める。それを防ぐ意味もあるが、もう一つは、我々の数が増えすぎて、北の森では冬を越せそうにないのだ。その為に北の森からの移動を決意した」
ステファニーは、アーダ達の言う北の森の場所は知らないが、元々エルフの里にいた人々が全員移動したのであれば、起こりうる問題だとは理解した。
しかし、再びエルフの里に戻るのであれば、戦いは避けられないであろう。出来る事ならば、このまま付いて行って手助けしたいのだが、そうはいかない事情をアーダに伝える。
「大丈夫だ。ステファニーには今まで十分助けてもらった。我々の事は我々で切り開いていく」
アーダはそう言うと、もう一度ステファニーを抱きしめ、別れの言葉を告げた。
「里を取り戻して落ち着いたら、また連絡する」
「お元気で、無事を祈るわ」
見送るステファニーを後にして、ダークエルフの一群は再び闇の中へ消えていった。
「今のは?」
「ただの大事なお友達です」
いつの間にか後ろに立っていたカルステンに、ステファニーは振り返るとにっこりと答えた。
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