第45話:人工精霊
「それでは始めようか」
カルステンは練習場に着くと、早速フェリクスに相対し構える。
「攻撃の手数を増やすと言っても、一人で出来る限度はたかが知れている。だから攻撃する者を増やせば良い。至極簡単なことだ」
そう言うと、両手を掲げ自らの周囲にぼんやりと光る球体を顕現させた。
(精霊?)
「そんなに都合よく、近場に精霊がいるとは限らん。これは『人工精霊』だ」
フェリクスの考えはお見通しの様に、カルステンは説明を続ける。
「凝縮した魔力に属性を与え、対象を攻撃させる。高度な指示は出せんが、相手の攻撃の機会を奪うにはこれで十分だ。行くぞ」
言うが早いか、カルステンは球体にフェリクスへ攻撃を始めさせた。
二つの球体がフェリクスへ向け、ファイアを放つ。
「うわっと!」
飛来してくる炎の塊を、左右のステップで躱すフェリクス。その動きにはまだまだ余裕が見受けられる。
それを見たカルステンは、無言で球体をもう二つ増やす。
「ちょ!」
飛んでくる火球が倍になり、徐々に余裕が無くなり始めると、その動きにも無駄が増え始めた。
「もう降参か?」
と言いつつ、更にもう二つ顕現させ、執拗に火球を撃ち込ませるカルステン。実はフェリクスを虐めるのを楽しんでいるのかもしれない。
「降参! 降参! 参りました!」
もはや地面をゴロゴロと転がりながら躱していたフェリクスは、大声を上げて停止を訴えていた。
「精霊の数はまだ六個だぞ、私ならあと六個は出せるが?」
「十分です! ファイアでも十分足止めできることは分かりました。あつつっ」
服の端から煙を上げながら、フェリクスは手を振って拒絶する。
その後は一日中、カルステンから人工精霊の作り方についてレクチャーを受けた。
そして授業が終わると、練習場で人工精霊を顕現させるため、いまだ一人で練習を続けている。
まず、魔力を圧縮させていく。ここの圧縮量でどれだけ攻撃を続けられるかが左右されるので、第一の重要ポイントだ。フェリクスは炎しか操ったことがないので、属性は自ずと炎に限定される。
次に圧縮した魔力を拡散させない様、外殻を別に練った魔力で固める。そうしないと、攻撃しつつ魔力が発散し続けるので、すぐに燃料切れになるからだ。これが第二の重要ポイント。
そして、第三のポイントが一番難しい『攻撃する相手を固定する』処理だ。
まず、圧縮した魔力を通して、攻撃対象を認識する。それをロックしてどの攻撃を行うかを設定するのだが、より習熟してくると、複数の攻撃パターンを設定できるらしい。
フェリクスは、対象の標的を人工精霊を通して認識しようとすが、中々イメージが浮かんでこない。
「むぐぐぐ……」
「それは、外殻を作った時のままの波長で繋がろうとするから、コアと共感できないのですわ」
聞き覚えのある声にフェリクスが振り返ると、いつもの勝気な瞳をたたえた少女が立っていた。
「エステル」
「
隣まで歩いてくると、エステルは右手を掲げ、球体を顕現させる。そして標的へ向け、球体からアイスバレットを発射して見せた。
「すごい、すごい!」
素直に関心すると共に、フェリクスはいつも疑問に思っていた。
(でも、何故そこまで努力するんだろう)
貴族のお嬢様であれば、最終的な目標は王族か権力者へ嫁ぐ事である。それが自らの意思であろうとなかろうと。
それなのに、エステルは魔術に関していつも全力である。その高潔な程に真っ直ぐな姿勢は、フェリクスからすればとても眩しいものであるが、同時に理解出来ないものだった。
「でも、何でエステルが人工精霊知ってるの?」
「私も防御の強化と攻撃と言う問題において、人工精霊が一番の近道と、先生に教えていただきましたの」
「なるほど……、しかし教えて貰ったからって、すぐに出来るのはやっぱり凄いね」
「それは、担当の先生が事細かに教えてくださったからですわ」
若干頬を染めながら、エステルは謙遜すると、フェリクスに練習の再開を進める。
「それよりも、もう一度練習されてはいかが?」
「そうだね、忘れないうちに練習しておこう。……コアを作った時の波長かぁ」
フェリクスはエステルの言葉通を思い出して、もう一度球体を顕現させ、外殻で包む。
(コアの波長、コアの波長)
コアを作成した時の魔力波長で球体へアクセスすると、イメージが浮かんできた。
(おおっ!)
「見えた! ってここからどうするんだっけ?」
球体を通して見える景色に興奮すると、フェリクスはエステルへ次の方法を尋ねる。
「あとは魔術を一度打てば、精霊が覚えてリピートしてくれますわ」
エステルの指示通りファイアを唱える(と言っても無詠唱なのでファイアを放つイメージを連想する)と、球体から炎の球が射出された。
「おお!」
感動しているフェリクスの横で、球体が一定のリズムでファイアを標的に向けて発射し続けている。
「流石ですわね。一度説明しただけで、出来てしまうなんて」
「エステルが出来てるんだから、僕も負けてられないよ」
嬉しそうに答えるフェリクスの顔を、エステルは羨望の眼差しで見つめていた。
実のところ、エステルが人工精霊の練習を始めたのは夏休み前からである。二学期からの担当教師を先に聞き、夏休みの間中教えを請うて人工精霊の練習をおこなっていたのだ。
それもこれも、フェリクスと同じ場所に立っていたいと言う一心からなのであるが、彼女も自分の立場を弁えている為、そんな事はおくびにも出さない。
「そろそろ夕食の時間ですから、私は先にお暇致しますわ」
「うん。今日は有難う、エステル」
(もっともっと、頑張らないといけませんわね。置いて行かれない様に)
山裾へ沈みゆく夕日を背に、微笑むフェリクスに別れを告げたエステルは、更なる特訓を心に誓い、練習場を後にした。
「最近、魔王アスタフェイのいた洞窟の周囲で、アンデッドを目撃したとの報告が入っている」
今日はいつもと違い、連絡事項があるとの事で、皆が一堂に集められていた。以前、魔導院と聖ガロイア教会が共同でアスタフェイを倒した際、アンデッドは消滅したものと思われていたのだが、ここ最近再び現れ始めたと言う話だ。
「近くに街道は無いので、直接の被害は出ていないが、放っておけばいずれ街道にまで出てくる可能性がある。よって、国王からの指示で我々魔導院が調査に当たる事となった」
こうして生徒まで集めて話をするからには、当然その調査隊には生徒も同行することになるのだろう、とフェリクスは眠い眼をこすりながらぼんやりと考える。昨晩遅くまで人工精霊の練習をしていたのが祟った様だ。
「皆にわざわざ集まって話を聞いてもらっているのは他でもない、君達にその任を全うして貰う為だ」
その後は、魔導院の生徒としての資質だの、技能の向上だのどうでも良い話が続き、最後に調査隊のメンバーが発表される。
その中に自分の名前とエステルの名前がある事を確認すると、フェリクスは自らの工房へと歩き始めた。
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