二章
第44話:想い
「あら、フェリクスさんお久しぶりですわね」
「ああ、エステル、久しぶり」
淡い桜色のワンピースから覗く、うっすらと小麦色に焼けたエステルの素肌に、フェリクスはほのかな色気を感じ、視線を逸らす。
いつからだろう、こんなに意識するようになったのは。
今までは『友達』という感覚で接していたのだが、ここ最近、特に魔導院に入ってからの彼女への意識が変わっている事に、本人も気づきだしていた。
(でも、彼女は貴族。決して交わる事の無い道を進んでるんだ)
自分へそう言い聞かせ、心を落ち着かせる。
では、ラウラとの関係はどうなっているのかというと、特に何もなかった。
魔導院へ進み、会う機会が減ると、そのままフェードアウトしたかのように、付き合いは無くなったのだ。
そもそも、最初の出会いが「可哀そうだから何とかしてあげたい」というもので、そのまま一緒に行動し続けていた中から、恋とか愛とかそういう感情に発展していたのかと自分を振り返ってみるが、実際のところ、それは定かではない。
夏休みに一緒に遺跡へ潜った時にも、彼女は遺跡に目を輝かせるばかりで、特にこれといって話をする事も無かったので、余計にそういう感情はないものと思ってしまっていた。
ただ、「どちらも好き」と言うのは、フェリクス中では不義理としてやってはいけない事という意識があるのと、フェリクス自身、恋愛に関しては受け身な性格なので、二人との仲は一向に発展する様子は無かった。
「今期もよろしくお願いいたしますわ」
「うん、宜しく」
今までと特に変わらない対応で、エステルは去っていく。
戦いに関する考え方の相違で、一時期険悪になっていたが、最近はそうでもない。
どちらかと言えば、フェリクスの方が意識している様に見えた。
「何を悩み込んでいる」
「先生……」
「授業が始まる。工房へ急げ」
「はい」
フェリクスは返事をすると、教室と言いうには小さな部屋へ入っていく。
『工房』とは、生徒一人一人に与えられた、自分専用の教室の様なものである。
そして魔導院では、二学期から生徒一人に対して先生が一人付く。そんなに先生がいる訳ではなく、二学期までに先生の人数と生徒の人数は左程変わらなくなっているのである。
まず、名声欲で入った貴族が弾かれる。次に才能の無い者、自尊心を打ち砕かれた者が消えていき、最終的に残るのは一桁程度に落ち着く。
それからようやく個々の工房を与えられ、資質をマンツーマンで伸ばして行くのだ。
フェリクスは自分専用の工房へ入ると、これより担当になる先生と今後の魔術研究について話を進める。
「それでは宜しくお願いします。カルステン先生」
フェリクスが頭を下げたその先には、カールした銀髪を首上辺りまで伸ばした初老の男が座っていた。
カルステン・フリングス。つい半年ほど前にフェリクスが殺してしまった先生だ。
なぜ彼がフェリクスの担当になったかと言うと、それはカルステン自らが立候補してきたからに他ならない。それを聞いたフェリクスは「自分に負けるような人には教えて貰いたくない」とイキってしまい、再び勝負することに。そして完膚なきまでに叩きのめされた結果、こうして頭を下げる事になっている。
「うむ、早速だが、君は課題である防御について何をしてきた? と言っても先の戦いの様子では、さして対策など考えなかったのだろう事は明白だがな」
「……」
初っ端から図星を突かれ、ぐうの音も出ないフェリクスは、何とか返そうと言葉を探す。
「だから、あの様な初歩的な技にさえ対応できんのだ」
そして完全に言い訳の言葉すらも断たれるのだった。
完全に拗ねてしまったフェリクスを見ながら、カルステンは軽くため息をつくと、話を続ける。
「君には二つの道がある」
そう言うと、まずは右手の人差し指を立てた。
「一つは、防御を誰かに頼り、攻撃だけを伸ばす方法」
次に中指を立てる。
「もう一つは、防御を覚え、一人で戦える様にする方法。さて、どちらを選ぶ?」
銀色の瞳がフェリクスの言葉を待つように、静かに見つめる。
防御を誰かに頼む。という言葉に、フェリクスはステファニーが浮かんでいた。
今までずっとフォローしてくれていた姉だが、今はゼウスのパートナーである。これ以上負担はかけられないと思うと、次に頭に浮かんだのはラウラだった。
しかし、彼女との交流も最近ではとんとなく、フェリクスの中では具体的ではなかった。
そして最後に浮かんだのはエステル。彼女は攻防兼ね備えた自己完結型なので、むしろフェリクスの出番が無かった。
「ぼ、防御を覚え……」
フェリクスは、喉の奥から絞り出すように言葉を続ける。
「るしかないけど、火以外は使いたくない!」
「ふむ」
カルステンの言う通りになるのが嫌だったのか、フェリクスは最後に謎の抵抗を見せる。
(やはり、クラレンスの教え子と言う事か)
カルステンは、三十年程前に入学してきた生徒を思い出す。
当時二十代後半に差し掛かっていたカルステンは、魔導院に入ってきたクラレンスの担当になった。
その頃のクラレンスは勇者と言う事もあり、恵まれた才能で独自にあらゆる魔術を習得しており、誰の意見にも耳を傾ける事をしなかった。しかし、カルステンも魔導院の教師となって日が浅く、ルール順守の堅物だった為、二人は事ある毎に衝突していたのだった。
結局、最後まで二人は分かり合う事無く、クラレンスは魔導院を飛び出し、カルステンは今に至っている。
そのクラレンスが推薦してきた生徒なのだ。一筋縄では行かないと覚悟はしていたが、思った以上にハードだったカルステンは、何故か最後までフェリクスの面倒を見たいと思った。
それは、自分の手でクラレンスを育てきれなかった事への負い目かもしれないし、ただ単に自分が御しきれなかった生徒へのリベンジなのかもしれない。
「では、その方向で行こう」
「え?」
ちょっと何言ってるのか分かりません、と言う顔をするフェリクスを、全く気にする事なく、カルステンは話を続ける。
「火で防御すれば良いのだろう」
「あ、はい」
そんな防御魔法あるのだろうかと思いつつ、フェリクスはカルステンの言葉を待つ。
「要するに攻撃させる隙を与えない程、こちらが攻撃を続ければ良いのだ」
「あー……そうですね」
なんとも雑な理屈に、自分を見ているような気になるフェリクス。
「そもそも火の魔法しか持たない者がとる戦闘スタイルは、集団戦しかありえない。それを個人戦で何とかしようと言うのが大前提として間違っているのだ。しかし、それを説いたところで納得する君でもあるまい」
いつものカルステンなら、「一人で戦うなら防御魔法を覚えろ」で話は終わるはずだった。それが自分の意見を聞き入れてくれるなどと言う「ありえない」展開に、フェリクスは疑いの眼差しでカルステンを見つめる。
「口で説明するより実際に見た方が君も納得するだろう」
そう言うと、カルステンは工房から出て行く。
その姿にいまだ半信半疑なフェリクスは、慌てて後に着いて行った。
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