第二部:一章

第35話:勇者、仕事をする。

「これは……」


 ゼウスは、一人我が家にて暇を持て余していた。誰もいない壁に向かって呟く程に。

 ステファニーは、教会へ仕事に行っている。

 フェリクスは学園だ。

 しかし、ゼウスには仕事も学校も無い。

 だからやる事もなく、一人静かにお留守番をしている。


「これ、アレじゃん。引き籠りニートってやつ?」


 再び一人ごちる。

 確かに働かなくても、一生生きていけるだけのお金は得た。

 しかし、あれだ。世間体が良くない。


「あら、ステファニーさん家の旦那さん、仕事も行かずに家にずっといるそうよ?」

「奥さん、毎日仕事へ行ってるのに、自分は働く気が無いのかしらねぇ」

「弟さんも学校へやって旦那も食べさせて、大変な人と一緒になったわねぇ」


 などと想像すると、ゼウスは急にいたたまれなくなった。


「なんとかせねば」


 取り敢えず、ゼウスは家を出る事にする。

 サンストームに来てから、何度かステファニーの買い物に付き合ったりして、街の大まかな位置関係は把握していたので、まずは仕事を求めてギルドへ向け足を運んだ。


「こんにちは」

「あら、こんにちは」


 道中、洗い場に集まっている女性たちに挨拶をするのだが、召喚前は散々虐められて、挨拶などしたことは無かったし、こちらに来ても一度死んでからは無口キャラだったので、中々に慣れない。


「あら、あの人」

「例のあれね」

「こんな時間にぶらぶらしてるなんて、やっぱり」


 そして、とってもいやーなひそひそ話が聞こえて来たので、ゼウスは足早にその場を去る。

 行き交う人々で賑わう大通りを抜け暫く歩くと、剣と盾の看板が据えられた大きな建物の前に辿り着いた。

 冒険者ギルド、すなわち冒険者御用達の館である。

 職の無い人間が最終的に収入を得る為には、泥棒になるか冒険者になるかだ。と言えば、最初から冒険者に憧れてなった人には申し訳ないが、『困ったら取り敢えずココ』である。

 看板を見上げていたゼウスは、扉を開き中に入ると、まず掲示板へと向かう。様々な依頼に交じって、先月のランキング等も貼り出されていた。

 順位を追っていると、一番上にフェリクスの名前を見かける。

(おぉ、我が弟は頑張ってるな)

 ゼウスは腕を組みながら、一人でウンウンと頷いた。

 四月から魔導院へ行く事になり、一人暮らしを始めるにあたって、ゼウスがお金は出すと言ったのだが、フェリクスは自分でやると言って聞かず、以前にも増してギルドの依頼をこなす様になったのだ。

 この世界において十六歳と言う年齢は、一人前の冒険者として認められる年齢であり、結婚も可能である。だから、ステファニーも大いに賛成していた。

 ゼウスからすれば、フェリクスはまだまだ子供で、支援が必要と感じてしまうのだが、こちらの世界観では、どうやらゼウスの方が『過保護』という事らしい。

 とてとてと走り寄って来ていた愛らしい少年は、いつの間にか一人で生きていける程に成長していたのだ。その時は、嬉しいような、寂しいような、なんとも親父的な感傷に、ゼウスは浸っていた。

 窓口で冒険者登録を済ませ、適当な依頼を見繕ってもらい表に出ると、ゼウスは早速依頼を片付けて行く。

 依頼内容はどれも魔物討伐で、町を荒らすゴブリンの退治から、洞窟に住み着いたミノタウロスまで、一日で回れそうな場所の魔物を片っ端から退治して行った。


 そして翌月。ギルド掲示板のランキングには、ゼウスの名が堂々トップに掲示されていた。

(むふん。まぁこんなものだろう)

 掲示板の前で満足そうにランキングを見上げると、今日の依頼を受けに行く。



(兄さん、大人げない……)

 授業が終わり、ギルドにやって来たフェリクスは、掲示板を見上げながら、溜息を一つ吐く。そして窓口へ行くと、今日出来そうな依頼を片っ端から受けた。



(ぐぬぬ……)

 翌月、ランキングのトップにはフェリクスが返り咲いていた。それを見て歯ぎしりしながら拳を握り締めるゼウス。


「今日の依頼を全部貰おうか」

「やめんか! あんたら二人が全部依頼持っていくから、ここ最近冒険者の収入が減って生活できない奴が出始めたんだ。今後あんたらに回す依頼は上限を設けさせてもらうからな!」


 ゼウスは、そのまま受付に小一時間、こってりと怒られた。



「フェリクスさん、ギルドの依頼受けるの少し減らしてください。先月、私収入ないんですよぉ」


 同じ頃、学院ではラウラが半泣きの顔で、フェリクスに縋りついていた。


「う……、ごめん」


 昔はよく一緒に依頼をこなしていたのだが、最近はラウラも人気が出て来て、あちこちから声がかかる様になり、フェリクスと依頼をする事が少なくなっていたのだ。

 しかも今回は、フェリクスが『これは男と男の一対一の勝負だ』とか言って一人で依頼をこなしていたのも原因の一つだった。



「二人ともいい加減になさい!」

「ごめんなさい」

「ごめん」


 聖ガロイア教会の宿舎の一室で、ステファニーの声が響き渡る。

 熱々の湯気を上げる晩ごはんを前に、二人はしょんぼりと項垂れていた。


「最近、ギルドからの依頼が少ないと思ってたら、あなた達が依頼を根こそぎ持っていってるって、苦情が来たのよ?」

「申し訳ない」

「つい出来心で」


 更に項垂れる二人だが、その視線は晩御飯のチキングラタンに釘付けである。

 二人の大好物だった。


「もうやっちゃダメよ?」

「反省してます。今は」

「もうしません。多分」

「もう……」


 ステファニーは、微妙な反応に呆れた声を上げるが、仕方ないと言った感じで二人を許すと、食事を勧める。

 そして、嬉々としてご飯を食べる二人を見ると、自然と笑みをこぼすのだった。



「旅行?」

「ああ。フェリクスも来週には引っ越すし、結婚してから三ヶ月、まだ新婚旅行もしてないしね」


 食後に紅茶を飲んでいると、ゼウスがステファニーへ話を始める。


「新婚旅行って、前に言ってたゼウスの世界のしきたりよね?」


 ラダールから帰って、すぐに結婚式を挙げたのだが、この世界には新婚旅行と言う文化が無く、まだ行わなかったのだ。

 しかし、ゼウスはいつか落ち着いたら二人で旅行しようと思っていたので、丁度良い機会だと話を進める事にした。


「でも仕事が……」

「召喚の時だけいれば良いんだよね?」

「それはそうなんだけど……」

「世界各地に行って、ガロイア教を広めてきますって言っとけば大丈夫!」

「そう……かなぁ」

「じゃあ、決まりで!」


 ゼウスに押される形となったが、ステファニーも実際の所はまんざらでもない様だった。なにせ、二人きりでの旅である。何処へ行くか話が広がる頃にはすっかり期待に胸を膨らませていた。

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