第34話:我が家

「ゼウスよ、魔王を倒したにも関わらず、みすみす逃したと言うのはまことか?」


 トランプのキングの様なラダール国王、マクシミリアン・バウスフィールドが眼前に控えているゼウスを問い質す。

 結局、まさるにするのか、ゼウスにするのかで悩んだあげく、特にこの世界では異端ではない名前だし、むしろまさるの方が特異なので、本来の名前であるゼウスにする事にしたのだ。決してまさおと名前が間違えそうだからと言う理由ではない。断じて。


「ははっ、その件に関しましては、事実に相違ございません。コルトバードとカーリアの連合軍十万の兵がラダールに雪崩れ込むのを防ぐ為には、やむを得ない措置でした」

「何故、魔王を逃したら、奴らが攻めて来んのじゃ?」


 ぐりんぐりんにカールのかかったチョビ髭を指で扱きながら、マクシミリアンはゼウスに向かってなおも尋ねる。

 慣れとは恐ろしいもので、もはやマクシミリアンの仕草を見てもゼウスの腹筋は崩壊する事は無い。落ち着いた表情でその問いに答えた。


「カラックを見逃す条件として、二度とラダールに侵攻しない約束と、カーリアの評議員の暗殺を依頼しました」

「なんと!」

 

 腰を浮かせ前のめりになると、マクシミリアンは驚きの表情を浮かべる。

 商業都市カーリアの評議員とは、国を動かす評議会トップの五人の事で、実質国の代表である。彼らが消えれば国としての機能が麻痺してしまうので、戦争どころではないだろう。

 戦わずして瓦解したカーリア軍は早々に本国へ戻り、残されたコルトバードの軍は、攻めの機を逸すると、おずおずと馬首を巡らしたのである。


「これでコルトバードも暫くは、ちょっかいをかけて来ないでしょう。そこでご相談なのですが、陛下」


 一旦、間をおいて、ゼウスはマクシミリアンを見据えると、言葉を続ける。


「お暇を頂きたいと存じます」

「ならん!」


 ゼウスの言葉に、マクシミリアンは即座に否定する。


「魔王が現れた時には馳せ参じます故、何卒」

「ならんと言うておる」


 国家予算の大半を投じて召喚したのだ、魔王撃退だけでは勿体ない。この後も勇者のいる国として、周辺国に睨みを利かすことが出来るし、いざとなれば、他国へ攻め入る事も出来よう。その様な手駒をみすみす手放す事は考えられなかった。


「どうしても?」

「どうしてもじゃ!」

「じゃあ、私が魔王になってこの国で暴れますけど?」

「!」


 扱いていたちょび髭が、まっすぐ伸びた状態で固まる国王。

 それは半分冗談として、ゼウスはマクシミリアンに自身の思いを伝える。


「もし、国同士で戦争を始めると言うのなら、勇者はいない方が良いのです」

「……」

「勇者を使って攻めて来る国は、結局のところ魔王と同じ。周囲の国に疎まれ、いずれ別の勇者によって滅ぼされます」


 もし、コルトバードとカーリアの連合軍が、ラダールへ攻め込んでいたら、ゼウスはそれを阻止しに赴いていただろう。

 そして圧倒的な力を見せつけた結果、周囲の国は『次はラダールがその力で攻めてくるかもしれない』と警戒を強め、軍備の強化や勇者を召喚し始める。後は自国の戦力を互いに誇示し合う冷戦が続くか、辛抱たまらん国が暴走して大戦をおっぱじめる事になるのだ。


「それに戦争と言うのは、勝っても負けても自国の民を沢山犠牲にします。そこまでして戦わねばならない事なのかどうか、戦いを始める前に今一度お考え下さいませ。あと」

「……分かった、もうよい。」


 マクシミリアンは手を上げ、ゼウスの言葉を止める。


「口うるさい側近を雇った覚えはない。後は好きにするがよい」

「見張りとか付けないでくださいね。もし付けてたら――」

「分かった、分かった」


 念を押すゼウスに「しっしっ!」と手を振るマクシミリアン。彼の中では納得はしていないが、一定の成果は出たとして折り合いをつけたのだろう。謁見の終了を宣言すると、そそくさと去って行った。



 ゼウス一行が謁見の間を出ると、ステファニーとアリシアの父、レイナード・ブルックスが待ち構えていた。


「孫はまだか」

「例え出来たとしても、もうブルックス家とは関係ありません」


 二人の娘を見るや、声をかけて来たレイナードに、ステファニーはにべもなく答える。


「なら、アリシアはどうなのだ」

「ふられちゃいました」

「ぐぬぬぬ」


 精神的には相当なダメージを追っているのだが、アリシアはあっけらかんと答えると、微笑んで見せた。


「まぁまぁ、おじさん」

「お義父さんと呼ばんか!」

「誰がお義父さんよ!」


 ゼウスを訂正するレイナードに、ステファニーがすかさず突っ込む。


「勇者育成の担当になった時点で、すでに貴族階級のトップじゃないですか。それ以上何を望むのです? もしかして国……」

「馬鹿を言うな!」


 ゼウスの言葉に被せる様に声を荒げるレイナードは、周囲をきょろきょろと伺う。そんな話が漏れ聞こえようものなら、反逆罪で斬首ものだ。


「じゃあ、良いじゃないですか。そのうち、孫の顔くらいは見せに来ますよ。あげないけど」

「私は嫌です」


 ニコニコと答えるゼウスの横で、ステファニーは頬を膨らませて嫌がる。


「必ずだぞ」

「覚えてたらですよ。あと、国王陛下にもお伝えしましたが、監視とか見つけたら魔王になってラダールを滅ぼしますので、おじさんも気を付けてください」

「お義父さんと呼べ!」

「誰がお義父さんよ!」


 最後まで賑やかな親子だった。




「さて、これからどうしましょう?」


 城を出た三人は、城門の前で今後について相談を始める。アリシアは「結婚式には呼んでくださいね」と言って、一足先に実家に帰っていた。


「家が無くなったので、養ってください」


 情けない顔で、ゼウスがステファニーを見詰める。背中に背負っている袋の中には、魔王を倒した報奨として、一生遊んで暮らせるくらいのお金は入っているのだが。


「その事なんだけど……」


 フェリクスが決意を秘めた表情で、二人の顔色を伺う様に話を始める。


「僕は、一人暮らしを始めようと思うんだ」

「どうしたの? フェリクス」

「なに気を遣ってるんだ?」


 それぞれ、不思議そうな顔で問い返すステファニーとゼウス。


「姉さんは今まで僕の為に苦労して来たんだ。だから、折角まさる……じゃなかった、ゼウスに会えたんだから、これからは自分の時間を大切にして欲しいんだ」

「フェリクス……」


 それが自分の願いであるかの様に、真剣な表情でフェリクスはステファニーを見ると、視線をゼウスへ移し、今度は腰に手を当て説教を始める。


「ゼウスは、今まで姉さんを放っておいた責任をこれから償わないといけないんだ。もうこれからは、片時も離れちゃダメだよ」

「お、おう」

「それで僕は、魔術学院を卒業したら、魔導院に行こうと思ってる。今回の戦いで僕のファイアがまだまだ弱いって分かったから、もっと強くなるんだ。そしてファイアが勇者最強の魔法だって事を証明する」


「これか?」


 ゼウスはそう言うと、ファイアを唱える。

 普通の魔術師からしたら、少しは強いであろう炎の塊が飛んで行き、石造りの壁に当たって弾けた。


「なんか、普通のファイアだね」


 フェリクスが真顔で感想を漏らす。正直、プロメアに力を授かる以前のファイアと同じに見えた。


「今でも勇者(が使える)最強の魔法だぞ。あれから新しい魔法は覚えてないしな」

「……それって、魔法適性が無かったって事だよね」

「はっはっは! そういう事だな!」


 膝から崩れ落ちると、地に両手をついて項垂れる。今この瞬間に、フェリクスの夢は崩れ去った。


「でも、ファイア以外も学ぶなら、行く意味はあるんじゃないかしら」


 可哀想になったステファニーが、助け舟を出す。


「そうだな。その時は学費とか生活費とか、いるなら言ってくれよ。俺の大事な弟だからな」

「弟?」


 項垂れたままの姿勢から、ゼウスを見上げるフェリクス。


「そりゃそうだろ、ステファニーの弟なら、俺の弟になるのは当然だ」


 フェリクスはその言葉に、あの日を思い出した。


「この子は、私が弟として育てます!」


 それは、ステファニーが自分の家を捨て、出て行った日の事。

 放っておけば、良くて孤児院、悪ければ奴隷商に売られていたフェリクスの手を握ってくれた日だ。

 両親を失い、途方に暮れ泣いていた時に感じた心の温かさを、今もその言葉から感じる事になろうとは。

 フェリクスは、再び俯くと、涙が溢れて来るのを誤魔化した。


「取り敢えず帰るか。俺の家じゃないけど」

「あら、もうゼウス様のお家で構いませんよ?」

「様はもういらないかな」

「じゃあ、我が家へ帰りましょう、ゼウス」


 少し恥ずかしがりつつも、にこやかに手を差し伸べるステファニー。

 その手を少し恥ずかしそうに握ると、ゼウスはもう片方の手をフェリクスへと伸ばす。


「そうだな。フェリクスも帰るぞ」

「……うん、兄さん」


 ゼウスの差し出す手を取り、立ち上がるフェリクス。

 そして三人は手を繋いだまま、我が家へ向け歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る