第32話:戦いの意味
「事の始まりは、サルマ共和国にいるシアリスの代行者が我々の島に攻めて来ると言う話からです」
カラックは静かに語りだした。
サルマ共和国とはラダールの東、カーリアの南に位置する国家で、南の海を挟んでカラックのいる宵闇の島がある場所だった。
「当時、シアリスの代行者と言えば私でも及ばぬ強者。そこで私は、アスタフェイとフルメヴァーラに助勢いただいて先手を打ったのです。」
「あれ?、シアリス神って、その三人の神様に騙されたって聞いたんですけど」
ステファニーはガロイア神の話を思い出して、思わず話に割り込む。
「ほう、人間の間ではそういう話になってるのですか。興味深いですねぇ」
話を遮られたのが気に入らないのか、自身が信仰する神を冒涜されたのが気に食わないのか、カラックは鋭い視線をステファニーへ向けると、低い声で呟く。
「あ、話の腰を折ってすみません。続きをどうぞ」
促されたカラックは瞳を閉じると、昔を思い出す様に話を続ける。
「次はラダールが『サルマ共和国を滅ぼした魔王を倒すべし』と勇者を召喚したと言う話を聞きました。私としては、代行者を倒しただけで、サルマ共和国を滅ぼした覚えなど無いのですが、向かってくる脅威は排除せねばなりません。こちらも情報を元に先手を打って勇者を葬った訳です。そして二度と愚かな考えを持たぬよう、ラダールを滅ぼす事に決めました。それがこの戦いなのです」
カラックの話を聞き、暫く考えていたフェリクスは、不思議に思いカラックへ尋ねる。
「そもそもシアリスの代行者ってなんの目的で攻めようとしたんだろう」
「さぁ、それは今となっては分かりませんね。思えばその情報もラダールの策略だったのかも知れません。ただ一つ言えるのは、国としては攻め込む意思は無かったようなので、私は滅ぼさなかった。それだけです」
「でも、それだと何だかラダールが戦争をけしかけた悪者みたいだし」
「私にとっては、そうなりますね」
「むむむ……」
「悩む事は有りません。所詮、事の善悪など、立ち位置で変わるのですから。貴方の悪は私にとって善であり、貴方の善は私にとっては悪なのです」
カラックは再び爪を伸ばすと、ゆっくりと歩き始める。
「さあ! 己が正義を信じるのならば、その身をもって我が前に立ちはだかるが良ろしかろう!」
声高に叫びながら、カラックは赤い瞳をフェリクスへ向ける。
その動きは、立ちはだかるのを待つかのように、ゆっくりとしたものだ。
「僕にはまだよく分からないけど、姉さんを守らなければいけないのは分かる。だから戦う」
「私もフェリクスを守る為に戦います」
構える二人を満足そうに眺めると、カラックは再び高らかに叫ぶ。
「愛する者の為に戦う、それも理由としては十分崇高な物でしょう。宜しい、ならば今一度戦う者の名を聞かせていただきましょうか!」
芝居じみた大げさな振りで二人に名乗りを求めると、静かに待つ。
「僕はフェリクス・エリオット」
「私はステファニー・エリオット」
二人の名乗りに頷くと、右手を胸に添え、恭しく一礼を捧げる。
「この戦い、魔王カラックが謹んでお受けいたしましょう!」
両手を交差し地を蹴ると、一息でフェリクスの眼前に迫るカラック。
そのまま抜き手の一撃を心臓へ向けて繰り出すが、重い衝撃と共に途中で手が止まる。
「ほう」
そのまま見えない壁に向かって蹴りを入れ、反動で後方に飛び退くと、先程までいた場所に白い炎が巻き上がった。
「無詠唱に
炎越しに二人を見つめると、カラックは嬉しそう牙を覗かせる。
そして、背中の羽を小さな粒子へ変換すると、数匹の蝙蝠に再構成して周囲に展開した。
ステファニーは、カラックの言葉に答える事無く右手を前に翳すと、フェリクスの眼前に展開したシールドをカラックへ向け飛ばす。
しかし、カラックは当たる寸前に両手を左右に薙ぐと、それを容易く両断した。
「見えてる?」
「見えますよ我が眷属には」
動揺するステファニーへ、ニヤリと笑いかけると、蝙蝠と共に再びフェリクスに迫る。
「フェリクス! 下がりなさい」
しかし、声をかけた時には既に、カラックはフェリクスへ向け右手を振り下ろしていた。
「まさお!」
「あいよ」
フェリクスが背中にへばりついているまさおに声をかけると、真紅に輝きながら魔力障壁を展開して、カラックを蝙蝠もろとも吹き飛ばしていく。
「えりこ!」
「はーい」
続いて杖を掲げると、巻き上がる炎の渦が吹き飛ぶカラックを飲み込んでいった。
「がああぁぁぁ!」
渦巻く炎の中で響き渡るカラックの叫びが消えた後も、暫く炎を出し続けるフェリクス。
やがて炎を消すと、遠巻きに様子を見る。
「流石に用心深いで――うおっ!」
くぐもった声が地面から聞こえ、土が隆起して中からカラックが現れたところに、ステファニーがターンアンデッドを浴びせる。
しかし、それも束の間、カラックは自身を岩で包み、浄化の光を防いだ。
「いやいや、容赦ないですねぇ、ん?」
岩の中から感じる魔力の収束に、カラックは僅かに視界を開く。
そこには杖を構え、魔力を収束させていたフェリクスが立っていた。
「いけぇぇぇ!」
フェリクスが叫ぶと、収束した魔力は蒼い光となってカラックを岩ごと貫く。
「これは、蒼炎! まさか!」
そしてその光の筋は、太さを増していき、岩ごとカラックを跡形もなく消し去った。
「やっつけにしては、上手くいったな兄貴」
「正直、行けるとは思わなかった」
衝撃で土煙と雪が舞う中、チロチロと舌を出しながら、背中から覗き込むまさおにフェリクスが答える。
「フェリクス大丈――」
ステファニーがフェリクスの元へ近づこうとしたその瞬間、腹部に凄まじい衝撃を受け、後ろに吹き飛ばされた。
「かはっ!」
体をくの字に折り曲げながら舞うステファニーの視界に、先程までいた場所から岩の槍が突き出しているのが見える。幸い、プロテクションの重ね掛けと新しいローブの魔力障壁によって貫通は避けられたが、それでもかなりの衝撃が内臓を圧迫する。
そして岩の槍の向こう、吹き飛ぶフェリクスにカラックが迫っているのを見て、咄嗟にステファニーは右手を伸ばし、ディバインシールドを張った。
しかし、蝙蝠を引き連れているカラックは、左右の爪を素早く交差させるとシールドを砕いて尚も突き進む。
「しつけぇ奴だな」
まさおが赤く光り、魔力障壁を発動させるが、カラックは一度後方へジャンプし宙へ舞うと、迫りくる障壁をも切り裂く。
「来ると分かっていれば、どうという事はございません」
フェリクスに襲いかかるカラックを、最早なす術もなく、地面に打ち付けられるのを待っていたステファニーは、またしても何者かに受け止められていた。
「待たせたね」
その声は優しく呟くと、そっとステファニーを立たせる。
「今度は、最後までちゃんと守るから」
六年前に見たあの顔が、そこにはあった。
「破壊神シルヴァスに祝福されし魔王カラック!」
カラックへと振り向き声高に叫ぶその背中を、ステファニーは涙を浮かべながら見つめる。
「今再び『勇者まさる』が、御身に戦いを挑む!」
その声を聞いていたカラックは、攻撃の手を止め、視線を向ける。
「やはり来ましたか、お待ちしておりましたよ」
赤く光る瞳を宿すその顔は、法悦の笑みを浮かべ、勇者を迎えた。
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