第31話:ダリウス戦
「夜分に失礼いたします。
そこには、黒で統一された上下に、真紅の
一緒に来ていた他の傭兵達は、既に敵の増援に備え、塔の守備と本体への連絡に向かわせている。
「知ってる」
「おや? 何処かでお会いしましたでしょうか」
フェリクスの言葉に、不思議そうに首を傾げるカラック。
「六年前だ」
「六年前、……と申しますと、あぁ、勇者と共にいたお二人ですか。では、今日の出会いは差し詰め、『勇者の敵討ち』と言う所でございましょうか。イイですね」
人差し指を顎に当て、思案していたカラックは、フェリクスの言葉に頷く。
「敵討ちはしない」
「そうなのですか? では、大人しくそこを通して頂きましょうか」
カラックは残念そうに言うと、右手の爪を一本伸ばし、舌なめずりをしてフェリクスを見る。
「まて、何故お前は戦うんだ?」
「名も名乗らぬ輩に答える口は持ち合わせておりません故」
つまらなそうに答えると、カラックは眉根を寄せ、さらに一本爪を伸ばして、前に進んできた。
天罰の杖・改を構えるステファニー。
その横で、フェリクスは六年前の光景を思い出すと、大きく息を吸い込む。
「我は、勇者まさるの一番弟子、フェリクス・エリオット! 此度の戦いにおいて、汝カラックの義を問う!」
「ほう……」
フェリクスの口上にカラックが足を止めると、その顔に歓喜の相を浮べる。
「宜しいでしょう。その礼儀に応え、教えて差し上げます」
歩みを止めたカラックは、爪を仕舞った両手を広げ、薄笑いを浮かべながら話を始めた。
「援軍を呼ばなくて良いのか?」
あれほど激しかった吹雪は鳴りを潜め、今では僅かに雪がちらちらと舞う中、ゼウスとダリウスはお互いの間合いになるまで、じりじりと詰め寄っていく。
「無駄な消耗は避けたかったので、単独で来たのが徒になりましたかね。援軍など、今更呼べるものでもありませんし、呼ぶ気もございません」
腰を低く落とし、右手の爪を地面へ当てて構えると、二つの赤い瞳がゼウスを獲物として捉える。
「まぁ私としては、あなたに会えた事は、この上なく僥倖なのですが」
そう言うと、ダリウスは魔力を放出し、足元の雪を吹き飛ばすと、一息に地を蹴った。
迎え撃つゼウスも、同じく足場の雪を弾き飛ばすと、ダリウスの攻撃を受けるべく剣を眼前に構える。
「ヒヒッ!」
一足飛びにゼウスの眼前まで迫ると、ダリウスは左の爪を下から振り上げ、右の爪を上から同時に振り下ろしてきた。
ゼウスが咄嗟に後ろへ飛び退くと、二つの爪は空を切る。しかし、ダリウスはそのまま勢いを殺す事無く、二撃目を叩き込んだ。
今度は左右から迫りくる斬撃を、同じく飛び退ってかわすゼウス。攻めあぐねている姿を見て、ダリウスは尚も攻め立てて来る。
「どうしました?」
嬉々とした表情で向かってくるダリウスは、再び上下から斬撃を打ち込む。
ゼウスはそれを引いてかわす事無く、今度は前に踏み込んできた。
剣を左手で逆手に持ち、頭上に構えると、右手は拳を作り肩から後ろへ引く。
そして右足は、下からの斬撃が来るであろう場所へ向け、さらに一歩踏み込んだ。
「チッ!」
ダリウスが舌打ちをした瞬間、ゼウスの右足がダリウスの左手を踏み込み、斬撃を押さえる。
そして、同時に来ていた上からの斬撃は、剣の刃で受け自らの左へと流していた。
そのまま、剣を持っている左腕を外へ流すと共に、引いていた右の肩を前へ捻ると、ダリウスの顎めがけて、思い切り拳を振り抜く。
「ガハッ」
左からめり込む拳に、顎をずらし血と唾液をまき散らしながら、ダリウスは螺旋を描いて吹き飛んで行った。
それを追撃する事無く、目で追いながら逆手に持っていた剣を持ち直すゼウス。
「これはこれは……やってくれますね」
顔から煙を上げながら立ち上がり、顎をはめ直す頃には、ダリウスから外傷らしきものは綺麗に消え去っていた。
ゼウスは心の中で首を傾げる。
以前の戦いより、パワーも回復力も明らかに上回っている、短期間にしては強くなり過ぎだ、と。
「不思議ですか?」
追撃をせずに様子見をしているゼウスに向かい、ダリウスは愉悦の笑みを浮かべると、天上へと両手を掲げ言葉を続ける。
「今宵は満月。ヴァンパイアにとっては、最高に血沸き肉躍る日にございます」
掲げた手の先には真円の輝き。先程まで舞っていた雪も姿を消し、雲の隙間から現れた満月が二人の姿を照らし出していた。
「ケラノス、力を貸せ」
ゼウスが呟くと、白くぼんやりと光っていた剣が、蒼白い光を放ち始める。
「アリシア、サポート」
「は、はいっ!」
物見塔に隠れていたアリシアは、呪文を唱えるとゼウスにサポートの魔法をかけて行く。
「やる気になっていただいた様で、嬉しいですね」
左手の刃をひと舐めすると、ダリウスは再び腰を落として構える。
「さっきも言ったが、あまり時間はかけられんのでな」
ゼウスは剣を中段に構えると、右足を蹴って一直線にダリウスへと向かう。
対するダリウスは左右へ跳ねる様に駆け出すと、ゼウスを迎え撃つ。
上段から高速の斬撃を打ち込むゼウスに対し、左右の刃を交差させ受け止めると、左手を僅かに『クンッ』と上に向ける。
瞬間、ゼウスの足元付近が隆起して土の槍が襲い掛かる。
咄嗟に飛び上がり凌ぐが、ダリウスは更に右手を掲げ、新たな槍を上空のゼウスへと叩き込む。
しかし、土の槍は途中で壁に当たる様に先端から砕けると、破片となって地へ零れ落ちた。
アリシアが出したシールドにゼウスはそのまま乗ると、更に跳躍してダリウスの背後に回り込む。
「ちぃ!」
ダリウスは振り返る事無く前転すると、そのまま体を捻ってゼウスと正対する。
が、既にゼウスは目の前に迫っていた。
防ぎきれないと判断したダリウスは、反射的に右へ飛ぶ。
間一髪かわしたかに思えた上段からの一撃は、そのまま下から左斜め上に向けて跳ね上がり、ダリウスの左腕を宙に舞わせる。
「ガァッ!」
短い叫びを上げつつ、ゼウスの背後に回ろうとするダリウスの目は更に信じられないものを目にした。
ゼウスが、踏み込んだその場で地面を蹴り、両手で掴んだ剣を右へ回転しながら叩き込んでいたのだ。
「なっ」
咄嗟に眼前へ土の壁を出そうと右手を上げるが、それよりも早くゼウスの剣がダリウスの胴を捉える。
「グッハァッ」
吐き出す息と共に胴体が両断されていくのが感触で分かる。
天空の満月を仰ぎながら宙に舞うダリウスは、胴の傷の回復が遅い事に違和感を感じた。
満月下であれば、例え細切れにされようが、すぐに回復できるのだ。そういえば左腕もいまだに回復する気配がない。気になり視線を移すと、傷口にパリパリと電が放電を続け肉を焼き続けていた。
(あの剣か)
状況を理解したダリウスは、為す術なく地面に叩き付けられると、静寂の中、足音が近づいて来るのを聞き、顔を上げる。
「もう少し楽しみたかったですね」
「今は急いでいる。また今度にしてくれ」
語りかけるダリウスにゼウスはそう答えると、容赦なく止めを刺した。
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