第33話:魔王と勇者
カラックはフェリクスへ振り上げていた手を下ろすと、まさるへと向き直す。
「ダリウスさんは、また負けたのですか。帰ったら降格を言い渡さないといけませんね」
やれやれと言った表情で、ゆっくりとまさるとの間合いを詰め始めるカラック。
「まて! まだ僕との勝負がっ!」
フェリクスは声を上げたが途中で喉を詰まらせ、言葉を発することが出来なくなる。
それが、自分の喉をカラックに捕まれている所為だと気づくのに、数秒かかった。
「失礼、ではこれでお終いといたしましょう」
「!」
そう言うと、カラックはフェリクスの首を掴んだまま、まさるへ向け放り投げる。
受け止めたまさるは、フェリクスをステファニーの横へ立たせようとするが、その場にへたり込んでしまう。
(今までのは全力じゃなかったのか?)
先程の動きに手も足も出なかったフェリクスは驚愕と共に恐怖心が沸き上がり、足に力が入らなくなっていた。
まさるはフェリクスの目線までしゃがむと、頭に手を乗せ、優しい眼差しで話始める。
「フェリクス、強くなったけど、防御が全然だな。それじゃまだまだ勇者にはなれないぞ。でも――」
そしてその手で、わしゃわしゃと撫でまわす。
「今までステファニーを守ってくれて有難う」
そこには、一緒に魔法を特訓してくれた、あの日の勇者の顔があった。
「まさる……、記憶、戻ったんだね」
まさるに頭を撫でられ心が落ち着いたフェリクスは、思わず泣きそうになるのを我慢すると、言葉を続ける。
「僕じゃダメだったよ。まさるなら勝てる?」
あれだけ魔法を特訓して、
「分からない。それでも俺は勇者だから、世界でたった三人の大切な人の為に戦うよ」
「三人?」
フェリクスが不思議そうに問うと、まさるは物見塔の方を見る。
そこには、後を追いかけて来たアリシアが、壁に手をついて肩で息をしていた。
「さぁ、危ないから、アリシアの所へ」
フェリクスをアリシアの所へ促すと、一緒に行こうとするステファニーを呼び止める。
「あーその、ステファニー……さん?」
まさるの落ち着かない声にステファニーが振り返ると、ロザリオを手に、少し恥ずかし気な顔で戻って来た。
どうやら、まさるの顔で察した様だ。
大いに期待した顔のまさるは、少し屈み込むと、ステファニーの目線に高さを合わせる。
「我が大地母神ガロイアの名において、我が愛する者に祝福と加護を与え給へ」
まさるの額に手をかざし祈りを捧げると、ステファニーは少し恥ずかし気にまさるの唇へ自らの唇を重ねる。
(うむ。生きてて良かった)
まさるは喜びを噛みしめると、愛おしさがオーバーフローして、無意識にステファニーを抱きしめていた。
暫くして、静かな吐息を吐きながらステファニーがまさるから離れると、頬を染めて上目遣いに見上げる。
「どうかご無事で」
「今度は生きて帰ってきます」
まさるは、名残惜しそうにステファニーをフェリクスへ託すと、カラックへと向き直る。
「お待たせしたね」
その顔は霞が晴れたかのように、清々しかった。あと、ちょっぴり頬が赤い。
「いえいえ、今回も良い物を見させていただきました」
礼節を弁える者には不意打ちをしないカラックは、三人のやり取りを黙って見つめていた。
その瞳には、焦がれる様な色が含まれていたのを三人は知らない。
「お一人で宜しいのですかな?」
「わざわざ待っていてくれた人に、大人数で襲うような事は勇者の名が許しません」
「やはり、あなたはとてもイイですね」
にやりと笑うと、距離を挟んで互いに向かい合う。
まさるは、二人が避難しきった事を確認すると、今一度カラックと正対し、剣を抜いて正面に構えた。
「ラダールの勇者、さとう・まさるの名において、汝、魔王カラックに一騎打ちを申し込む!」
「我、破壊の神シルヴァスに祝福されし魔王、カラックの名において、謹んでお受けいたしましょう」
まさるの六年前と同じ口上に、カラックも同じく六年前の口上で応える。
「いざ、尋常に勝負!」
双方の掛け声とともに、互いが相手めがけて地を蹴ると、周囲にわずかに残っていた雪と土ぼこりが巻き上がった。
「ケラノス、力を貸せ」
まさるが呟くと、手にしていた剣が蒼白く光り、パリパリと放電を始める。
そのまま上段に振りかぶり、迫りくるカラックへと力任せに剣を振り下ろす。
迎えるカラックは、爪を交差し受け止めるが、その瞬間、剣から放たれる電が、カラックの両腕を焼き始めた。
「イイ剣ですねぇ」
咄嗟に後方へ下がると、土の壁を展開して雷を遮断し、距離を取る。
そして、両手を掲げ地面から無数の土の槍を作り上げると、一斉にまさるめがけて打ち込んだ。
轟音と土煙と雪を巻き上げながら、次々に打ち込まれる土の槍達。もはや視界が奪われ、まさるがいるのかさえも分からない中、攻撃はしばらく続いた。
槍の雨が収まり、辺りに静寂が戻ると、徐々に土煙が晴れて行く。
カラックは追い打ちをかける事もなく、構えを解く事もなく、煙が晴れるのを待ち続ける。
はたして、その中にまさるは立っていた。
「そうでなくては」
カラックは、既に傷の癒えた手を構えると、その爪に舌なめずりする。
そして、雪が吹き飛び露出した地面を踏み込むと、その場から姿を消した。
次の瞬間、まさるの前に姿を現したカラックは、両手を錐の様に刺突してくる。
まさるはそれを受け止めず、後退で躱しながら、剣を左手で逆手に持ち、右手で短剣を抜くと迎撃態勢に入った。
迫りくる左右の刺突を、外向きにいなし続けていると、徐々に血しぶきが舞い始める。
攻めているはずのカラックが、攻撃の手数が増えるごとに傷を増していく事態に、堪らず後方へ下がっていく。
煙を上げながら再生するカラックを追撃する事無く、まさるは短剣にまとわりついた血を飛ばしながらホルスターへ仕舞う。
「素晴ラシイ、アナタハ実ニ素晴ラシイデスネ!」
法悦に浸るが如く笑みを浮かべると、カラックは体中を震わせながら悶える。
「念の為、言っときますが、俺はノーマルですので……」
まさるは、恍惚の表情で見つめて来るカラックに、鳥肌を立てながら距離を取った。
「それは残念デスネ」
完全に左腕が完治したのを確認したカラックは、今一度爪を伸ばすと、低く構える。
その気配に今まで以上の殺気を感じたまさるは、長剣を収めると二本の短剣を逆手に持って攻撃に備えた。
「そろそろ終わりといたしましょう」
冷静さを取り戻したカラックは、再び石の槍を自身の周囲に展開させる。
数こそ最初より少ないが、その大きさは一本一本が人間大程の大きさだった。
それらをまさるへ放つと共に、自身も矢の様に駆けて行く。
一本、二本と槍を躱していくまさる、そして三本目を躱した時、その槍は周囲に細かな棘を突き出した。
「くっ!」
棘自体の威力はそれほどでもなかったが、次々に通り過ぎる槍から飛び出す棘に、徐々に体力を削られていく。そしてその後ろに控えているのは、本命のカラックだ。
まさるは疼く痛みを意識から排除し、カラックの動きに集中する。
左右から繰り出される斬撃は短剣でガードし、刺突は躱すかいなして対処する。
しかし、今度は攻撃をしのぐ毎に血しぶきを上げているのは、まさるの方だった。
まさるが二本の腕で短剣を操っているのに対し、カラックは両手の爪と同時に、背中の羽を錐状に変形させ攻撃を行っていたのである。
肘を使ってガードも行うが、徐々に生命力を削られていくまさるは、このままでは長く持たないと判断して勝負に出た。
両手から繰り出される攻撃を防ぐと同時にカラックの懐に飛び込み、後退を誘う。
羽の攻撃圏外に逃げられたカラックは、まさるの誘い通り下がると、羽での攻撃を再開しようとする。
しかし、その時まさるが視界から消えた。
危険を感じたカラックは、ジャンプして後退するが、着地すると、そのまま体を左へ傾けて倒れる。
その時視界に入ったのは、手にしている短剣を投げつけようとしているまさると、足元に転がっている自分の左足だった。
まさるは短剣を投げ終えると、腰の長剣を抜き放ち、仕込みナイフが出ていない左足で地を蹴ってカラックへと向かう。
「ケラノス、嘶け!」
まさるが叫ぶと、剣から蒼白い稲妻が迸り、カラックに刺さった短剣に流れる。
雷撃により、回復力の低下と麻痺を受けたカラックは、まさるが突きつけた剣を前に両手を上げて呟く。
「私の負けです」
その顔は恥辱にまみれているかと思われたが、むしろ清々しいものだった。
二人の戦いを見ていたステファニー、フェリクス、アリシアの三人は戦いが終わった事を悟ると、まさるの元へ走り出す。
しかし、まさるはカラックに止めを刺さないどころか、剣を鞘に収めると刺さっている短剣まで抜き始めた。
「まさる様?」
驚くステファニー達を前に、傷を回復したカラックは、立ち上がると優雅に一礼し、無数の蝙蝠となって去って行く。
「え? いいんですか?」
アリシアも驚きの表情でまさるに問いかける。
「ああ、彼はもうラダールには攻めてこないし、ちょっとお願い事もしたのでね。ところで――」
振り返るまさるは、全身血だらけで息も絶え絶えに話を続ける。
「ちょっと全身がチクチクするので、回復をお願いします」
「まさる様!」
ステファニーは駆け寄ると、崩れ落ちるまさるを支え、回復を始めた。
「いつから記憶が戻っていたのですか?」
ステファニーはまさるの治療と回復を済ませると、膝枕に乗せて話をしている。
アリシアはカラック撃退の報告の為、一足先に砦へ戻っており、フェリクスは二人を遠巻きに見守り、何やらまさおと話をしている様である。
「昨日の夜、時々聞く女の人の声で『我が愛するステフを思い出せぬとはなさけない』って怒られて、思い出すまで君との出会いから別れまでを延々リピートで見さされました。お陰で今日は寝不足です」
大きなあくびを一つすると、まさるは瞳を閉じる。
(ガロイア神様、有難うございます)
ステファニーはロザリオを両手で包み、そっと感謝の祈りを捧げる。
『シアリスちゃんのお礼よぉ』
やはり近くにいた。
「これから……どうなさるのですか?」
「うーん……」
ステファニーが不安そうに尋ねると、まさるは目を閉じたまま唸って考える。
ラダール王国から課された使命は、魔王を倒す事だ。
しかし、殺していないとはいえ、ラダールに迫る脅威は排除したのだから、概ね使命は果たされたと言ってよいだろう。
ならば、この先は自分の事を優先しても良いのではないだろうか。
などという事を頭の中でこねくり回しながらも、まさるの中では既に答えは出ていた。
「これからは、ずっと君と一緒に居たい」
膝枕の上で、まさるはステファニーを見上げる。
暫く黙ったまま、まさるの髪を指で梳いていたステファニーが、ふいに手を止め涙を流し始めた。
「はい……。生涯、お供いたします」
それだけをやっと口にすると、再びまさるの頭を撫で始める。
その光景を見ていたフェリクスは、今までで一番幸せそうな姉の顔だと思った。
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