第27話:魔王を討つ、二つの骨

「はぁ……」

「どうしたの、フェリクス。最近ご飯が進んでないじゃない」


 大好物のラザーニャを前に、溜息をついているフェリクスを心配してステファニーが声をかける。


「姉さんのシーフドドリアは、いつも最高ですよ」


 念のためにもう一度言うが、フェリクスの目の前にあるのはラザーニャである。断じてシーフドドリアではない。


「ラウラちゃんに嫌われたの?」

「それも大好物です」


 もそもそとパンを齧りながら、心ここにあらずな状態で、フェリクスは答える。

 エステルが学院に来なくなって、はやひと月。いつも当たり前のようにあったものがすっぽり抜け落ちて、心の中に大きな穴が開いたような感覚。自分でも何故ここまで、空虚な気持ちになっているのか分からなかった。


「その人はフェリクスにとって、大切な人だったのかもね」


 フェリクスに、悩みの種を聞いたステファニーが答える。


「でも好きって訳じゃ無かったんだ」

「恋人以外にも家族や友達だって大切な人でしょ?」

「友達……?」


 学院に入るまで、同年代の付き合いが無かったフェリクスにとって、それは新鮮な言葉だった。恋人ではないが大切な人。


「友達、だったんだ」


 その言葉が酷く腑に落ちたフェリクスは、口に出してみて、初めて実感した。




「みなさーん、今日から再び一緒に勉強する、エステル・カレンベルクさんです」

「エステル・カレンベルクです。皆さん、またよろしくお願いします」


 もう来ないと言った手前、恥ずかしいのだろう。頬を赤く染めながら、視線を逸らし気味に頭を下げるエステル。

 拍手と歓声に包まれながら元の席に戻ると、フェリクスが目をキラキラして待ち構えていた。


「お帰り!」

「な、な、な! 何をなさるの?」


 席に付くなり、フェリクスがエステルの手を取りぶんぶん振り回す。

 突然の事に動揺したエステルは、先程より更に頬を染めながら困惑の表情を浮かべる。

 しかし、手を振りながら「よかった!」と言い続けるフェリクスを見て、次第に心が温かくなるのを感じ、気が付けば自然と笑みがこぼれていた。




「エステルさんが戻って来た理由、ですか?」


 放課後、エステルが何故戻って来たのか気になったフェリクスは、クラレンスに質問に来ていた。勿論、エステルにストレートに聞いて、はぐらかされたからだ。


「ふむ。ちょっと王家の事が絡むので、大きな声では言えませんが」


 と言って、クラレンスはいつもの音量で話を続ける。


「エステルさんは、ある王家の血筋の元に嫁ぐ予定だったのです」

「嫁ぐって、お嫁さんですか?」

「そうですね。学院を卒業してから、と言うお話もありましたが、お父上が急がれたようで、急遽予定を組んでいたそうです」


 エステルがお嫁さんと言う話に、今一つイメージが沸かないフェリクスだが、十五・六歳での結婚と言えば、この世界では珍しくはない。特に貴族間だと、他者より早く繋がりを作りたいが為に、もっと若い時に結婚もしくは婚約を交わす事が多い程だ。


「それがある日、嫁ぎ先の方が急死されましてね、全ての予定が取り消しになったのですよ。しかも、その死因が……」


 クラレンスは、フェリクスに顔を近づけると、小声になる。


「魔王アスタフェイの手先に殺されたと言う噂です」


 通常、王家のスキャンダルなど、そんなに早く市井に出ることは無い。しかも、魔王がらみともなれば国を揺るがす大事件である。その様な情報を、僅か数日で仕入れているクラレンスの情報網とは、如何ほどの物なのか。そんな事は全然気にしてないフェリクスは、ただ


「へぇ~」


 と、感心すると、紅茶を飲んでいた。


「でも、何故アスタフェイが、サンストームに攻めて来るんですか?」

「良いところに気付きましたね、フェリクス君」


 クラレンスはフェリクスを褒めると、紅茶のおかわりを注いであげる。


「彼らがサンストームに攻める必要性があるのか、と言うと、答えはノーですね」


 今度は、自分のカップに紅茶を注ぐ。


「なぜなら、リスクに対しあまりにメリットがないからです。ご存知の通り、わが国には『聖王』がおられますし、『魔導院』の魔導士たちもいます。彼らを相手に勝つことは魔王と言えど難しいでしょう」


 紅茶を一口啜って間を置く。それはフェリクスが何かを言うのを待っている様だった。


「じゃあ、その王家の人は、たまたま殺された?」

「いい推察ですね。王家の人間は保養の為、サンストームの北にあるシャプルと言う町に滞在していたそうです。そして、アスタフェイの手先は『別の要件』で来ていたところに出くわした王家の人を『たまたま殺してしまった』だけ。と言う線が濃厚でしょう」


 そして、クラレンスはチョビ髭を撫でながら、またしてもフェリクスに問いかける様に話を続ける。


「そうなると、彼らの『別の要件』とは何だったんでしょうねぇ」

「目標は……、シアリスの代行者?」


 フェリクスが、先日のラウラとステファニーの話を思い出して呟いた瞬間、クラレンスの目が鋭さを増した。


「フェリクス君、良いですよ! その推察、鋭いですね! とても良い!」


 クラレンスは、優秀な生徒を誇る様に言うと、拍手で称える。


「ただ、王家も身内を殺され黙っている訳にもいかないでしょうから、これから大きな戦いが起こるかもしれませんねぇ。フェリクス君も気を付けてくださいよ」


 クラレンスはそう言うと、とてもワクワクした顔で紅茶を啜っていた。




「そんな訳で、姉さん、ラウラさん気を付けてください」


 きのこのクリームソースがかかったラビオリを食べながら、フェリクスが二人に注意を呼び掛ける。


「そんな情報どこから仕入れて来たのよ」

「クラレンス先生が言ってた」


(過去の召喚者なら、それくらいの情報網を持ってるのかしら)

 ステファニーはそう思いながら、当面の対策を考える。


「王族が殺されたのって、いつなのかしら?」

「それは聞いてない。場所はシャプルって町だって」

「となると、ここまで来るのに歩きで五~六日、馬車なら二日ってところね」

「じゃあ、もう来てるんじゃない?」

「その可能性は高いわねぇ」


 二人のやり取りを、無言で見つめていたラウラが、そっと手を上げる。


「あの~」

「どうしたの? ラウラちゃん」

「その手先なんですが……」


 そして、上げた手をそのまま部屋の外に向け、指さす。


「外にいるようです……」

「えっ?」


 ステファニーは慌てて装備を整え、部屋の外を伺おうとしたその時、


『コンコンコン』


 扉をノックする音が響く。


「どちら様でしょうか?」

「我が名は、ベルトルト。魔王アスタフェイ様の配下にして死を呼ぶ騎士」

「……」


 ステファニーは振り返って二人を見ると、ひそひそ声で話始める。


「何コイツ、入り口から挨拶して来たわよ」

「これって、一応刺客なのかな」

「礼儀正しい人ですねぇ」


『コンコンコン』


 その後の反応が無いからか、再びノック音が響く。


「開けてくれるの待ってるのかしら」

「普通、ぶち破って来ない?」

「律儀な人ですねぇ」


『コンコンコンコンコン』


 ノックの数が増えた。


「どのようなご用件でしょうか?」

「シアリスの代行者のお命を頂きに参った」

「……、鍵開いてるので、開けて入ってください」


 そう言うと、ステファニーは、入り口に向かって構える。


「では、お言葉に甘えてお邪魔いた……」


 扉が開いて黒い鎧姿の骸骨が見えた瞬間、ステファニーは右手を前に差し出した。


「しマッ!」


 鎧は何かに弾き飛ばされた様に、後方へ吹き飛んで行く。


「ベルトルト殿おおぉぉ!」


 転がる骨鎧を追いかける様に、黒ローブを纏った骨が現れる。


「何あれ」

「多分、骨」

「人じゃなかったですねぇ」


 三人は部屋から出ると、骨から距離を取り、構えた。


「貴様ら、不意打ちとは卑怯な!」


 骨ローブが、ベルトルトと呼ぶ骨鎧を抱き起しながら、三人を指して叫ぶ。


「人の道に悖るその様な振舞い、断じて許されるものではないぞ!」


(人じゃない奴に人の道を問われましても……)

 ステファニーが困惑している間に、骨ローブが両手を掲げると、辺りから骨戦士スケルトンウォーリアが、わらわらと湧いて来た。


「ハッハッハ! 貴様らなど、この無敵の戦士群で跡形もなく葬ってやるわ!」

「うるせぇな!」

「今、何時だと思ってるのよ!」

「さっさと土にかえりやがれ」


 骨ローブの叫びに、教会の寮の窓が開くと次々に罵声が飛び交い、一斉にターンアンデッドが詠唱された。

 瞬間、立ち上がった骨戦士達はガラガラと音を響かせながら、活躍する事もなく朽ち果てて行く。


「おのれ、何処までも卑劣な!」


 窓に向かってぺこぺこ頭を下げているステファニーを他所に、こぶしを握り締めてワナワナと震える骨ローブ。


「ゴットロープ殿、ここは私に任せて欲しい」


 ダメージが回復したのか、ベルトルトはゴットロープと呼んだ骨ローブを手で制すると、剣を抜き正面に構える。


「我が名はベルトルト! 死の神タルタナトス様に祝福されし、魔王アスタフェイ様の剣!」

「うるせーよ!」


 まだ窓から飛んでくる罵声とターンアンデッドをものともせず、なおも口上を続ける。


「今宵、卑劣非道な異教の徒を、この剣に誓い成敗いたす! いざ、尋常に! がっ!」

「ご近所迷惑でしょ!」


 ステファニーはベルトルトとゴットロープを纏めてディバインシールドで挟むと、ターンアンデッドを浴びせた。


「ぐ、口上もさせぬとは、卑怯卑劣非道な……、ぐぉあぁぁ!」

「ア、アスタフェイ様、申し訳……うごあぁぁ!」


 聖なる光に足元から照らされ、絶叫を上げながら朽ち果てて行く二つの骨。光が消えると、そこには鎧と剣とローブのみが残っていた。


「すみません、なんかもう、色々と」


 再び窓に向かって、何度も頭を下げるステファニー。


「ステファニーも大変ね、変なのに絡まれて」

「しつこい様だったら、俺らに言ってくれよ」

「お疲れステファニー、さーて、寝よ寝よ」


 寮の人々が、口々に同情の言葉をかけると窓を閉めていく。何故か妙に理解のある同僚達だった。


「物凄い迷惑な刺客だったわね」

「もういないのかな」

「近場にはいないようですね」


 三人は安心すると、再び部屋の中へ入って行った。




 アスタフェイは、偵察員としてベルトルトとゴットロープを遣わしたはずだった。

 しかし、何処で何をどう間違えたのか、二人は刺客の命を受けたと思い、ラウラの元へ向かってしまう。

 この時点で、既にこの二人は馬鹿だという事が分かるのだが、あろうことか道中遭遇したサンストーム帝国の王妃アドリーヌの甥、ローランを殺害してしまい、実質サンストーム帝国へ宣戦布告をすると言う暴挙に出る。

 お陰でこの一月後、怒りを買った魔王アスタフェイはサンストーム帝国から送り込まれた討伐部隊に居城もろとも壊滅させられる事となったのだ。

 これはある意味、魔王を倒した二人の馬鹿ボーンのお話である。

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