第25話:召喚者と転生者
「ふむ、分かり難かったですかな。どちらも異世界の産物、そして私も異世界から来た人間という事です」
「ええぇぇ!」
ステファニーは驚きの声を上げると、危うく器の緑茶をこぼしそうになった。ちなみにこの陶器製の器は『湯のみ』と言うらしい。
「そういう時は、お茶を飲むと落ち着きますよ」
ニコニコと語り掛けて来るコルネリウスの言葉に、ステファニーはコクコクと頷くと、一気に緑茶を飲み干す。
「い、いい飲みっぷりですね。おかわりをどうぞ」
ぷはーとか言っているステファニーを心配そうに見ながら、コルネリウスが新しいお茶を湯のみに注ぐ。
「あ、有難うございます。異世界から来られたという事は、コルネリウス様も召喚されたのですか?」
緑茶を飲み干し、深呼吸をして落ち着いたステファニーは、新しい緑茶を少し啜って、疑問に思った事を尋ねた。
「いえ、私は『転生者』なのですよ」
「転生者?」
「はい。異世界から来る者には、大まかに分けて二種類が存在します。我々教会が召喚して肉体ごと呼び寄せる者を『召喚者』、何らかの都合で、こちらの世界に魂だけが来て器に入り込む者を『転生者』と呼んでおります。
と言うと、コルネリウスは立ち上がり、本棚に向かう。
「ちなみに、召喚に失敗して教会以外の場所に現れた者は『召喚者』で、同じく召喚に失敗して魂だけがこの世界に来て器に入り込んだ者は『転生者』に分類されます」
本棚からファイルを二つ引き抜き持ってくると、それをステファニーへ渡す。
ファイルの背に書かれている文字はそれぞれ、召喚者リストと転生者候補リストである。
ステファニーは召喚者リストから捲り始めた。
一番最初に召喚されたのは、今から三十年ほど前、次に成功したのがそれから五年後、召喚者の名はクラレンス・コーネル。ステファニーはチョビ髭の学院長を思い出した。
「へぇ~、あの先生、召喚者だったんだ」
もはやコルネリウスの告白によって、誰が召喚者であろうとさして驚かなくなっていたステファニーは、卒業アルバムを見て懐かしむような感覚で次々にページを捲くって行く。
しかし、あるページに差し掛かったところで、その手はピタリと止まった。
三十回目召喚者 マサル・サトウ 召喚成功 ラダール王国 備考 カラック強襲により戦死。
その文字を見ただけで急激に目頭が熱くなるのを感じると、目を瞑り心を落ち着かせる。
そして、その先を知る為にページを捲った。
三十一回目 失敗 商業国家サイラス
三十二回目 失敗 商業国家サイラス
三十三回目召喚者 アルフォンス・デ・ソルド 召喚成功 商業国家サイラス
三十四回目召喚者 エルネスト・ベルクール 召喚成功 エレンディア公国
そこで、ページは終わっている。
(どれだけお金持ってるのよ)
成功するまで毎年召喚しているサイラスに心の中で突っ込みつつ、まさる以降ラダールが勇者を召喚した形跡がない事を確認すると、ステファニーはファイルを閉じ、そっとテーブルに置いた。
(やはり、あの人は)
僅かな希望を確信に変えると、彼女は新たな決意を胸に秘める。
そして、気持ちを切り替える為、深呼吸をひとつすると、再び緑茶を一気に煽った。
(そう言う飲み方をするものじゃないんですけどね……)
少し困ったような顔で、コルネリウスはステファニーの湯のみに三杯目のお茶を注ぐ。
「こちらは候補なんですね」
もう一つの『転生者候補リスト』と書かれたファイルを開きながらステファニーは尋ねる。
「ええ。これはと思った人物に手あたり次第聞いている物ですので、何分情報の正確性などはございませんが。それに、本人が正直に答えていただけない場合もありますので」
確かに、本人が黙っていれば、転生したかどうかは分からないだろう。ステファニーは納得しつつページを捲り始めた。
こちらは確認した転生者の名前、確認した日付、場所、転生者だったかどうかの記載がされている。
「これはどういう基準で確認しているのでしょうか?」
「基本は『強い力を発揮した時』ですね。例えば一五四三年、四月。彼は魔術学院に入学し、その力を大いに振るって注目を集めました」
コルネリウスの言う年代のページを捲って、該当月を見たステファニーは、今度は手と共に息が止まった。
「そう、あたながよく知る人物です。」
一五四三年 四月 フェリクス・エリオット クラレンス魔術学院 本人否定
一文字づつ指でなぞりながら、文字を追っていく。最後の『本人否定』の文字を見てやっと息を吐き出すことが出来た。
「先程も申しました通り、あくまで本人の回答を記載しているだけですので、転生者である可能性がゼロと言う訳ではございません。何かしら異世界の通路に関するヒントがあるかもと、不定期に確認させていただいております」
念を押す様にコルネリウスは補足するが、ステファニーが初めてフェリクスと会って以来、転生者であるような素振りも言動も、見た事が無かった。故に、初めて会ったコルネリウスの言葉より、彼女は自分の見たフェリクスを信じる事にした。
仮に、もし転生者だとしても、フェリクスとの繋がりが何一つ変わることは無いと、自分に言い聞かせる。そうでもしないと心の平穏が保てなかったのだ。
「わたしは転生してからずっと、元の世界に帰りたくて魔法を勉強し、四十歳にして元の世界とこの世界を繋ぐことに成功しました。しかし、それはあちらの世界からの一方通行の道だったのです」
それまでの苦労と苦悩を感じさせるように、温和な表情に刻まれた無数の皴を寄せながら、コルネリウスは話を続ける。
「その後も、召喚を続けながら研究を重ねましたが、いまだ双方向の道を創る事はおろか、こちらからの一方通行の道すらも成功していないのです」
「あの……、何故突然にこの様なお話を」
ステファニーは、コルネリウスの話を遮る様に、質問を挟み込む。きっかけはどうあれ、何故彼がこのような話を始めたのか理解できなかったからだ。
コルネリウスは、ほんの僅か、ステファニーが気づく事も無い程の間に、僅かな苛立ちを現すと、話を続ける。
「あなたは若くして上級僧侶になりました。これからはその素晴らしい才能をもってして、召喚魔術にも参加して頂く事となります。その中で起こるあらゆる事象を解析し、理解し、ほんの僅でも異変や発見があれば私に報告して欲しいのです」
「私が召喚魔術に参加?」
「そうです。私が望むのはただ一つ、元の世界に帰りたいだけ。その願いをあなたにも協力していただきたいのです」
「私は正規の所属じゃないんですが……」
「その様な事は些末な問題です。能力があれば非正規であろうと、転生者であろうと、誰でも力を貸して欲しいのです!」
語りに熱がこもって来たコルネリウスは、ソファから乗り出す様に立ち上がると、ステファニーの手を両手で包み込むように握る。
「もし、元の世界への帰還が叶うのであれば、聖王の座はあなたにお譲りしても構いません」
「そそそ、そんな恐れ多い!」
いくら自分がこの世界から消えると言っても、聖王の地位を易々と譲られては溜まらない。自分の様なぽっと出が聖王にでもなった日には、派閥争いで戦争が始まるか、その日のうちに暗殺されそうだ。
突然の提案に、ステファニーは身の危険を感じ、手を振って断ろうとしたが、その両手はがっちり握られていたので、首をぶんぶん振って断った。
「ふぉふぉふぉ、欲のない御方ですね。まぁそれは残った者に考えていただくとして、ひとつこれからは宜しくお願いしますよ」
「は、はい、不束ながら精一杯、職務を全うさせていただきます」
やっと手を放してもらったステファニーは、湯のみを手にすると、三杯目の緑茶を一気飲みした。
その味は、とてつもなく渋かった。
「ただいま……」
重い内容が目白押しだった一日に疲れ果てたステファニーは、倒れる様に扉を開ける。
「お帰りなさいませ」
澄んだ声に銀色の髪を靡かせながら、白いワンピースに身を包んだ可愛い少女が出迎えてくれた。
(疲れすぎて、部屋を間違えたかしら)
扉の外を見るが、どうやら間違っていない様だ。
「姉さん、おかえりなさい」
少女の後ろから、少し遅れてフェリクスが現れる。
(なにこの、新婚弟夫婦の家に厄介になってる、行き遅れの姉の様なシチュエーションは)
もはや疲れすぎてよく分からない思考に入り始めたステファニーに、フェリクスがラウラを紹介する。
「いつも一緒にギルドの依頼して貰ってるラウラさん」
「初めまして、いつもフェリクスさんにお世話になってます。ラウラ・ハイネンと申します。宜しくお願いします。あ、そのロザリオ、上級昇進おめでとうございます」
フェリクスに紹介され、ラウラはペコリとお辞儀をすると、胸のロザリオの形で上級職だと気づき、お祝いを述べる。
「姉さん、上級になったの? おめでとう」
「あなたがラウラちゃんね、宜しく。フェリクスが熱を上げるのも分かるわ。あと、二人ともありがと」
二人を冷やかしながら部屋に入ると、ラウラの作ったチキンシチューが食欲をそそる香りを発していた。
「あら、良い香り。すぐ着替えて来るわね」
ステファニーが寝室で着替えを済ませてくると、三人そろって夕食を始める。
「ん~、これ美味しいわね」
「有難うございます。お口に合って良かったです」
はにかみながら答える仕草が可愛い。もうこのままフェリクスの嫁として、ここに住んでもらおうかと、ステファニーは思い始めていた。
そもそも、何でこんな展開になっているかと言うと、ギルドの仕事の為、朝迎えに来たラウラが『ピリピリしない』事が発端である。
いつもなら教会の寮に近づくと、体がピリピリして門の外までしか近づけなかったのだが、今日に限って何ともなく、それならと、ラウラが日頃の感謝を込めて御馳走したいと言い始めたらしい。
その話を聞いて、ステファニーは思い当たる事があった。
「ごちそうさま、全部美味しかったわ、凄い腕前ね」
デザートのアップルパイまで平らげると、ステファニーは紅茶を啜りながら余韻に浸る。
「お粗末さまでした。料理は小さい頃から母さんを手伝ってたので慣れてるだけです」
「フェリクス、こんな良い娘、絶対手放しちゃダメよ」
「何の話だよ」
顔を赤くしている二人を微笑ましく思いながら、ステファニーはこの幸せがいつまでも続けばいいのにと思った。
しかし、世の中がそんなに甘くないのは身に染みて分かっているので、ひとしきり話が落ち着いたところで、本題に入る事にする。
(しかし、どこまでフェリクスに話そうか)
フェリクスには中級の僧侶と言う事にしているらしいが、これから先を考えると全てを知っておいた方が良いように思う。
どうしようか悩んでいると、空気を察したのか、ラウラが立ち上がって先手を取った。
「ステファニーさんはもうお気づきのようですので、この機会にお話しさせていただきたいと思います」
(そこで顔を赤くしているフェリクス君、愛の告白じゃないぞ、多分)
と、ステファニーは思いつつ、ラウラに視線を戻す。
「今までフェリクスさんにはシアリス神の中級プリーストとお話してましたが、本当は私、シアリス神の代行者なのです。嘘ついててごめんなさい」
ラウラが頭を下げている前で、フェリクスは困惑の表情を浮かべる。
「え、あ、え? ラウラさんが代行者?」
「そうです」
「じゃあ、魔王並みに強いって事?」
「それはちょっと、分からないです。戦った事ないので」
「……かっこいい」
うん、まぁ、フェリクスならそんなものだろうと、ステファニーは胸を撫で下ろす。
昔から強い者に憧れるこの子の癖は、今回は良い方に動いたと思う。これなら今まで通りにやっていけるだろう。
次に問題なのが、『敵が現れた場合』だ。
「ラウラちゃんは、今までにシルヴァス達の手勢に襲われたことは?」
「一度だけあります。後は時々監視されてる様ですが」
幼いとはいえ、そこは代行者、相手も無理して戦力を消耗するよりは、動くまで様子を見る事にしたのだろう。と言う事は方針は一つ。
「じゃあ、こちらも今まで通り過ごしましょう」
「え、あ、でも」
藪をつついてなんとやら、相手が様子見ならば、こちらが不用意に刺激する必要はないのだ。
「え、ラウラさん狙われてるの?」
まだ事態を把握していないフェリクスが不思議そうにラウラを見つめる。
「はい。だから皆さんにご迷惑をかけない為にも、今日でお別れしようと思い、お世話になったお礼にご飯を振る舞いに来ました」
「お別れって」
今度は、フェリクスがこの世の終わりの様な顔になっている。見ている分には面白い。
「それは気にしなくていいのよ。ラウラちゃんを守るよう、ある人から依頼を受けたし」
「ある人ですか?」
「ええ。依頼人は明かせないけどね」
姉妹神同士で共有してるかもしれないが、ステファニーは、取り敢えずそう言う事にしておいた。
「それに、遅かれ早かれカラックとは戦うしね」
「あ、そうなん……? えええええぇぇぇぇ! 私、そんな予定ありませんよおおぉぉぉ!」
そこまでは予想していなかったのだろう、未だ絶望の顔をしているフェリクスの前でラウラが驚いている。
「大丈夫、戦うのは私達二人だけだから。これはラウラちゃんと会う前から決めてる事なの。だからあなたをこの戦いに巻き込む気はないし、自分がいる事で私たちに迷惑がかかるなんて思わないでいいのよ」
ステファニーの優しい眼差しに、俯きながらも小さく
「はい。ありがとうございます」
と答えるラウラ。
その目には安堵からか、嬉しさからなのか分からないが、涙が浮いていた。
そしてその頃、ようやくフェリクスが絶望の世界から戻って来ていた。
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