第24話:女神の願い
「シスター・ステファニー、ようこそお越しくださいました。エドガール様は事務所でお待ちです」
「有難うございます」
聖ガロイア教会の受付で挨拶を済ませると、ステファニーは事務所へ向かう。
今日は、先日のラダールでの戦いによる評価報告と、ランクアップの確認に来ていた。
評価報告と言うのは、処理した依頼内容を教会の人事部が査定して報酬を決める、いわゆる『人事考課』という奴である。
そしてランクアップの確認は、ガロイア神への貢献度によって、初級~上級に格付けされている僧侶達のランクに変動があったかどうかをチェックする為の物だった。
「失礼します」
「入りたまえ」
扉をノックし事務所の中へ入ると、恰幅の良い老人がステファニーを見上げる。
「シスター・ステファニー、よく参りましたね」
エドガールはステファニーを手で招くと、評価ファイルを手にする。
「ラダールでの魔物防衛、ヴァンパイアの討伐、パーティーメンバー死者ゼロの更新と、今回の依頼結果も素晴らしいものでした」
「ヴァンパイア倒したの、私じゃないんですけど……」
ステファニーは、握った両手の親指をくるくる回しながら、派手に吹き飛ばされた時を思い出して、少し恥しそうに俯く。
「いえいえ、あなたの奮闘が無ければ被害は甚大なものになっていたと、皆が証言しております。しかも、今回の件であなたを『聖女の再来』とまで呼ぶものも現れ、ラダールでのガロイア神の信者獲得数が跳ね上がっているのです」
聖女とはこの場合、六年前に召喚された勇者に付き従っていた、ステファニー・ブルックスの事で、彼女は魔王襲撃時に果敢に勇者を守り、共に打ち倒されたと言う話になっていた。
本来、勇者に関する事は秘密のはずなのだが、人の口には戸が立てられないと言う様に、勇者の召喚と魔王カラックの襲撃、勇者一行の全滅は万人の知るところとなっていた。
そしてラダールの民は、当然彼女が本人だと知らず、同じ名前なのは運命だとして持ち上げ始めたのだ。
「あ、はぁ……」
エドガールは説明を終え立ち上がると、なんとも複雑な気分で話を聞いていたステファニーの肩を叩き、評価結果を伝える。
「シスター・ステファニー、君の報酬ランクを二段階アップすると共に、今回は臨時手当を支給するものとする」
「あ、有難うございます」
貰えるものは有り難く頂くのは、平民として生きる様になってから身につけた強かさの一つだ。評価の件についてはそれ以上口出しはせず、ステファニーは続いてランクアップの確認の為、聖堂に移動した。
聖堂の入り口では案内係がステファニーを見つけると、小柄な少女が大慌てで走って来る。
「シ、シスター・ステファニー!」
「どうしたんですか? シスター・エイダ」
「ガロイア様がお待ちですので、急いで来てくださいっ!」
「あ、え?」
二人が驚くのも無理はない。ランクアップの確認は、聖堂に入ってから神に降臨いただくのが流れなのだ。先に神が降臨して待っているとか前代未聞である。
「はっ、はっ……、お待たせしました、ガロイア様」
「あ、やっときた。ステフ久しぶり~」
息を切らせながら聖堂に駆けこむステファニーに、いつもの様に友達感覚で話しかけて来るガロイア神。二人の時は姿を見せる事もあるのだが、今日はシスター・エイダもいるので、顕現はしていないようだった。
「お久しぶりです。というか、この前ラダールに来ていませんでした?」
「ふふふ、いたわよー。だから、はいっ、おめでとー」
ガロイア神がそう言うと、ステファニーの胸元のロザリオが輝きを放って形を変える。
「ええっ? もう評価終わったんですか?」
隣のエイダがその光景を見て、アーモンド色の目を見開き、驚きの声を上げた。通常、ランクアップの評価は神が降臨後、それまでの行いを確認して評価するのだが、そんなものはすっ飛ばして、いきなり評価を下したのだ。
「私見てたし、いまさら評価もないわよ~。あとこれも、ランクアップのお祝いね」
ガロイア神が続けて言うと、ステファニーの僧衣一面に文様が浮かび上がり、輝き始めた。
そして腰に提げていた『天罰の杖』の意匠も合わせて変化を始める。
「え? え?」
ステファニーが呆気に取られている間に輝きは収まると、後には新たな文様が刻まれたローブと杖が出来上がっていた。
「ローブは防御力上げといたし、杖もグレードアップよ。『裁きの槍』もパワーアップしてるから気を付けてねぇ」
「あ、有難うございます。ガロイア様」
更に物騒な杖になった『天罰の杖・改』を恐る恐る取り上げて見る。
ステファニーは杖を手にした瞬間、使い方が頭の中に流れて来るのを感じた。概ね天罰の杖の効果が底上げされた感じだが、その中にいくつか見慣れない物がある。
蘇生成功確率の補正、治癒範囲の拡大、解呪効果の拡大など、魔法のサポートが増えているのだ。その中でも『蘇生成功率の補正』は気になった。
「ステフ、上級になったからねぇ」
ガロイア神がステファニーの疑問を見透かす様に答える。
「私……、上級になったんですか」
「そうよ~ん、だから今まで以上に信者獲得よろしくねぇ」
公表されれば大騒ぎになる一大事を、気軽に答えるガロイア神。そして、ちゃっかり営業も忘れない。
「あばば、じょじょ、上級うぅぅ……」
いつの間にか隣にいたエイダが、肩まである栗色の髪を両手で握り締めると、腰を抜かしてへたり込んでいた。
「あと、もうひとつお願いしたい事があるんだけど」
固まっているステファニーに耳打ちするような声で、ガロイア神は囁きかける。実際、エイダにはその声は聞こえていなかった。
「私の双子の妹、シアリスちゃんがタルタナトスとシルヴァスとエレンボスの三人に騙されて、信者が一気にいなくなっちゃって大変なの」
シアリス神と言えば、ステファニーはフェリクスの彼女(と思い込んでる)のラウラを思い浮かべる。
「それで、数少ない人間界の信者から選んだ代行者がまだ未熟だから、何かあった時は守ってあげて欲しいのよ」
「それって、もしかして……」
「そ。あなたがよく知ってる、ラウラ・ハイネンよ」
確か、ラウラはフェリクスの一つ年下だったはずだ。その年齢で代行者たる素質を持っている事に驚きつつ、これから先起こるであろう過酷な運命にステファニーは同情を禁じえなかった。
「ごめんねぇ、もう殆ど勢力の無いシアリスちゃんの信徒を襲って来る事は無いと思うんだけど、念の為に、ね~」
ガロイア神はゆるーく言っているが、代行者の保護という事は、対立している勢力との戦いを意味する。しかも相手は三勢力だ。手勢が一人増えたくらいでは太刀打ちできないだろう。
「あと、教会には内緒にしといてねぇ」
ステファニーが教会に助成を求めようかと思案していると、ガロイア神が念を押してきた。いかに大地母神と冥界の神が双子であろうと、そこは線引きをしたかったのであろう。
さて、そうなると増々厳しいものとなるのだが、何故かステファニーは断るつもりが無かった。
元々魔王の一人であるカラックとは戦うつもりであったし、ガロイア神が依頼してくれるならサポートも期待できる。
しかし一番の理由は、神と言えど妹に対するガロイアの愛情を感じたからだった。
「わかりました。微力ながら、全力を持って彼女を保護いたします」
「ありがとね、ステフ。その想いに、いつか私も応えるわ」
最後の言葉はいつものような調子ではなく、一人の妹を想う優しい姉の声だった。
「シシシ、シスター・ステファニー!
先程から腰を抜かしたままのシスター・エイダが、上級僧侶としての登録を促してくるので、ガロイア神との会話を済ませたステファニーは、ひとまず事務所へ戻る事にした。
「おお! いよいよ上級僧侶ですか、素晴らしい!」
事務所に入るなり、ステファニーのローブを見たエドガールは、ランクアップを称え拍手で迎える。
「おかげさまで、と言いますか、私なんかがなっても、大丈夫なんでしょうか……」
淡く光を放つ荘厳なローブと杖が、身の丈に合っていないような恥ずかしさに、頬を染めながら、ステファニーは事務所に入ってくる。
「いえいえ、あなたこそ新しき上級僧侶に相応しい。それでは早速、聖域にてコルネリウス様との謁見に参りましょう」
エドガールがステファニーを手招きすると、聖王コルネリウス・エクルストンのいる『聖域』へと、移動を始める。
聖域とは、聖王コルネリウスが職務を遂行する部屋で、上級僧侶以外は入出を許可されていない場所だ。ここで、新しく上級僧侶となった者はコルネリウスに謁見して、報告をするのがならわしである。
「コルネリウス様、新たな上級僧侶となった者を連れて参りました」
「お入りなさい」
エドガールが畏まった声で扉を叩くと、中から物腰の柔らかい老人のい声が帰って来た。
「失礼します」
扉を開き中に入ると、紙とインクの匂いが二人を包み込む。ステファニーが、辺り一面の本棚に圧倒されていると、中心にある机で物書きをしていた白髪の老人が面を上げる。
エドガールに促される様にコルネリウスの前へ案内されると、ステファニーは膝を折り、挨拶をした。
「この度、新たに上級僧侶を拝命しました、ステファニー・エリオットと申します」
聖ガロイア教会に来て六年、ステファニーは初めてコルネリウスと対面した。もっとも、何年いても上級僧侶にならなければ誰も見る事すら叶わないのだが。
「よく来られました。ささ、お座りなさい」
何処から見ても好々爺なオーラを発しながら、コルネリウスはステファニーにソファを進める。
「では、私も失礼いたしまして……」
「あぁ、エドガール君はもう帰って宜しいですよ」
「えっ?」
いつもは、エドガール同伴で上級僧侶の報告を行っていたので、先に帰って良いと言われ、思わず声を上げてしまう。初めての事に、ソファに座ろうとした状態で動きが固まったエドガールは、首だけをコルネリウスに向けると、言葉を続けた。
「しかし……」
「私はシスター・ステファニーと、お話がしたいのです」
それまで温和そうだったコルネリウスの糸目が開くと、老人とは思えない鋭い視線がエドガールを射抜く。そこには、有無を言わせぬ圧が込められていた。
「は……はいっ! 失礼いたしました!」
上ずった声で返事をすると、エドガールはその場で直立し、一礼してそそくさと部屋を出て行った。
「ああ、あなたは座っていただいて結構ですよ、シスター・ステファニー。お茶でも入れましょうか」
エドガールが直立した時に、勢いでステファニーも立ち上がっていたのだが、再び好々爺の顔に戻ったコルネリウスに勧められ、ソファに座り直す。
「あ、有難うございます。聖王閣下」
「コルネリウスで結構ですよ」
この国では珍しい形のティーポットに茶葉を入れると、魔法で沸かしたお湯を注ぐ。
お茶が出るまでに、お茶請けの入った容器と陶器製の器を用意して、それらをステファニーの前のテーブルに置くと、コルネリウスは向かいのソファに座った。
「見た事の無いお菓子ですね」
「そうでしょう。おひとつどうぞ」
ステファニーは勧められた容器から、一枚お菓子を取り上げて見る。
形は三角形、手触りは固めで、香ばしい匂いが食欲をそそる。一口齧ると、『パリッ』っと小気味良い音と共に砕け、口の中から鼻に抜けて行く香りが溜まらない。
「美味しい!」
絶妙なしょっぱさとほのかな甘みが後を引く旨さに、思わず呟いていた。
「こちらも良い塩梅の様なのでどうぞ。熱いから気を付けてくださいね」
コルネリウスがティーポットを傾けると、緑色の液体が湯気を上げて器に注がれていく。
熱々の器を注意して持ち上げるが、中の液体の色を見て躊躇するステファニーへ、コルネリウスがお手本を見せる。
「通常の紅茶よりは熱いので、吹いて冷ましながら召し上がってください」
と言うと、器の淵をふーふーと吹き冷まし、中の液体を啜る。
熱さと言うより、飲んで大丈夫な物なのかと心配していたステファニーは、その様子を見て同じように啜ってみた。
口の中に広がる茶葉の香りが鼻に抜け、お菓子の余韻をリセットすると、続いて渋みが口内をリセットして行く。ステファニーは無意識のうちに二枚目のお菓子を手にしていた。
「ふぉふぉふぉ。お気に召したようで、何よりじゃ」
「はっ! すみません、つい美味しくて……。これは何処の国の物なのですか?」
聖王の前での振舞いに、顔を赤くしながらステファニーは尋ねる。
「これは『煎餅』と言うお菓子に『緑茶』と言う飲み物。どちらも私が元居た世界の物ですよ」
「えっ?」
元居た世界。今、コルネリウスは確かにそう言った。その事実がすぐには理解できなかったステファニーは、じっとコルネリウスを見つめた。
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