第23話:まさおと、えりこと、じーさん。

「ところでさ」

「ん?」


 フェリクスの問いかけに、まさおは肩口から顔を覗かせる。


「今更なんだけど、なんで迷いの森で僕について来る気になったの?」

「人間には教えられないが、兄貴には世話になってるから特別だぜ」


 まさおはそう言うと、時々舌をチロチロと出しながら、この世界に来た事情を話し始めた。


「さっき見た通り、俺っちはサラマンダーじゃなくてファイアドレイク。人間が言うところの『古代種』のドラゴンだ。プロメア様のいる『炎の世界』で生まれた、って言うかプロメア様に創って貰ったと言う方が正しいかな」


 古代種のドラゴンと言われても、フェリクスは聞いた事も見た事も無いので、『ものすごく強いドラゴン』と言う認識になった。まさおも概ねそれで良いと言っている。


「で、その炎の世界なんだが、中に炎の精霊界もあって、ある時さっきのイフリートが許可もなく人間界に飛び出していった訳さ」

「あれ? でも精霊って人間界の何処にでもいるんじゃないの?」

「それはランクの低い精霊だな。あの子達は人間界で生まれて、人間界で消滅するのさ。高ランクの精霊は、その力故に、人間界への干渉には管轄する神の許可が必要になる。だから探しても見つからなかっただろ?」

「ああ、そういう事か」


 頷くフェリクスの横に、いつの間にかラウラもやって来て、まさおの話に耳を傾けている。


「そのイフリートを連れ戻すついでに、人間界の事を勉強して来いってプロメア様に言われて、俺っちが来たって訳だ。まぁ人間界に来て、すぐにレッサードラゴンに追いかけまわされたけどね」


 件のアイスドラゴンの事だ。


「あの力があれば、レッサードラゴンなんて目じゃないだろ」


 先程の光景を思い出し、これから自分が目指すものだと思うと、フェリクスは胸の高鳴りを感じる。


「そうなんだけど、同時にプロメア様の匂いがしたから、気になって逃げるふりして近づいたら、兄貴たちがいたんだよ」

「それで、こっちはえらい目にあったけどね」

「あれはすまねぇ事をしたと思ってる。でも、そのおかげで兄貴に会えたから、俺っちは感謝してるぜ」

「そこだよ、何で僕に会って感謝するの?」

「兄貴の魔力にはプロメア様の匂いがするんだ。何回かプロメア様に会ってるだろ?」

「覚えのあるのは一回だけだよ」


 確か、会ったのは呪文の詠唱をしなくてよくなった時だけだと、フェリクスは思い返す。


「そうか、それと後は魔力量だ。兄貴の魔力量は一般的な人間よりはるかに多い。炎の世界より魔力の薄い人間界では、存在を維持する為の魔力消費が馬鹿にならなくってな。兄貴からはガンガン吸っても無くならないし、プロメア様の匂いするし、最高の居場所を見つけたって訳よ」


 まさに俺の居場所! とでも言うようにニヤニヤとしているまさおを、フェリクスはジト目で眺める。


「ああ、僕はまさおにとって、最高の餌場だったという事か」

「他の人間には内緒だぜ」


 まさおは、フェリクスの肩越しにドヤ顔で言った。


「ふぇ~、まさおちゃん凄いんですね……。ところでフェリクスさん、これ、どうしますか?」


 ラウラが、二人の話が終わった事を察すると、まさおの攻撃の余波で伸びているエアリアルを指さして尋ねる。


「生きてんのかな」


 フェリクスは無造作にエアリアルの足を掴むと、ブンブン振ってみた。


「……はっ! あばばばば、なにすんのよ!」


 途中で意識が戻ったのか、エアリアルは振り回されながら抗議の声を上げ始める。


「あ、起きた。もう虐められるんじゃないぞ」


 そう言うと、フェリクスは介抱した鳥を空に放つように放り投げた。


「ああああぁぁぁぁぁ……」


 すると、エアリアルは悲鳴を上げながら綺麗な放物線を描き、


「あば」


 そのまま地面へ落ちた。


「なにすんのよ! 信じられない! 虐めてんのはあんたじゃない! 普通、瀕死の精霊を投げる? これだから人間って信じられないのよ!」


 落ちたその場でジタバタしながらエアリアルは暫くの間、フェリクス達に罵詈雑言を浴びせ続けた。




「もう帰っていい?」


 散々エアリアルの愚痴を聞かされ、うんざりしていたフェリクスは声をかけると、立ち上がり帰ろうとする。


「まちなさいよ! このまま置いて行く気?」

「そう言えばフェリクスさん、風の精霊捕まえに来たんじゃなかったでしたっけ?」

「こんな弱っちいのいらない」


 ラウラの問いに、エアリアルに冷たい視線を向けたまま、フェリクスが答える。


「誰が弱っちいのよ! あ、こら! やめなさいよ!」


『お前だよ』とでも言わんばかりに、フェリクスはエアリアルを指でグリグリし始める。


「と、とにかく! あたしが本当の身体に戻れば、あんた達なんか一発でケチョンケチョンに出来るんだから!」

「本当の身体?」

「そうよ! イフリートに取り上げられた身体よ!」


 どうやら、その話は本当だったらしい。


「じゃあ、取りに行こうか。その身体」

「え?」

「イフリートもういないし」


 と、フェリクスは、諸々が蒸発して煙を上げている地面を指さす。


「あ……」


 目の前の惨状を見て、エアリアルは失神する前の記憶を思い出した。


「あれ、本当に倒しちゃったんだ」

「まさおがね」


 呼ばれたまさおは、フェリクスの肩ごしにぬっと顔を出すと、舌をチロチロと出す。


「それでどうする?」

「い、行くわよ!」


 まさおから逃げる様に、フェリクスの反対側の肩へ乗ると、エアリアルが本体のある場所へと案内を始めた。




「暑い」

「暑いですねぇ」

「むしろ俺っちが熱い」

「あんたたち、暑い暑いってうるさいわよ! イフリートがいた時はもっと暑かったわよ!」


 前方で浮遊しながら案内していたエアリアルが振り返ってキレ始める。


「風の精霊なら、風くらい出してよ」

「誰があんた達なんかに!」

「まさお、燃やして良いよ」

「やめなさいよ! やるわよ!」


 エアリアルがくるくるとフェリクス達の周りを回ると、そよ風が肌を撫で始めた。


「ちょっと、涼しいかもしれない」

「ぐぬぬぬ……」


 エアリアルは、歯を食いしばって唸りを上げながら案内を続けた。

 やがて山頂まで登りきると、目の前に洞窟が現れる。


「この中よ」


 そのまま洞窟の中へ進んでいくと、エアリアルは手招きをする。

 続けて二人(と一匹)も、その後について入って行った。


「何にもないじゃないか」


 洞窟は少し進むと、目の前に岩の壁があり、行き止まりとなっていた。


「この奥に閉じ込められてるよの」


 岩をコンコンと叩きながら、エアリアルは答えると、事の次第を話し始める。

 ある日、突然現れたイフリートにこの洞窟へ追い込まれ、周囲の壁を溶かして閉じ込められてしまったそうだ。

 しかし、洞窟が塞ぎきる前に思念体として、この手のひらサイズになって逃げだしたところまでは良かったのだが、結局、本体を人質に取られ、山に近づく人間をイフリートの所までおびき寄せる役をしていたらしい。

 ちなみに捕まえた人間は、死ぬまで魔力を搾り取ってその後は火葬コースだ。


「じゃあ、まさおに溶かしてもらおうか」

「やめて! 私の本体まで溶けるわ!」

「私が空けますよ」


 ラウラはそう言うと、眼前に両手で四角を作る。


『スクエア』


 エアリアルの横の壁が四角形に消える。


「なにこの子、こわっ!」


 後ずさるエアリアルを尻目に、ラウラは何度もスクエアを唱える。

 一度に深く空けると、本体まで削りかねないので、少しずつ慎重に回数を重ねて行くのだ。

 やがて、何度目かの魔法で岩の壁の先に空間が現れてきた。


「私の身体ー!」


 エアリアルは嬉しそうに叫ぶと、その穴に向かって飛んで行く。

 そして穴の中が光ったかと思うと、人間大になったエアリアルが穴から現れた。


「どうよ! この美しさ!」


 先程の姿がそのまま大きくなった様な容貌でエアリアルはセクシーポーズ(と自分では思っている)をとる。


「気持ち悪さが拡大した」

「ぜってー殺す!」


 フェリクスの冷静な感想に、エアリアルはまたもブチ切れていた。




「それで、強くなった?」


 また暫く説教を聞いていたフェリクスは、エアリアルが落ち着いた頃に問いかける。


「当然よ。見てなさい!」


 エアリアルはそう言うと両手を広げ、上空に舞う。

 一瞬、風の流れが止まったかと思うと、周囲の空気が急激に回転を始めた。


「おお。なんか耳がキーンってする」


 フェリクスが風の渦を見回している間にも、回転は更に増していく。

 中心地点であるエアリアルとその周辺は何ともないが、一歩その外に出ると、全てを切り裂く勢いの風の壁が出来上がる。


「ふふん。どんなもんよ」


 渦巻く風を収めると、エアリアルがドヤ顔で降りて来た。


「すごいすごい」


 フェリクスがパチパチと手を叩きながら迎えると、エアリアルは少し気恥ずかし気な顔になった。

 案外チョロイかも知れない。


「無理にとは言わないが、僕に力を貸してほしい」


 フェリクスが当初の目的を思い出し、エアリアルに向け手を差し出す。


「だ、だ、誰があんたなんかにっ」

「あ、そ。じゃあね」

「待ちなさいよ! まだ貸さないとは言ってないでしょ! イフリートから救ってくれたのは確かだけど、心の準備がまだだし……」


 エアリアルは、後ろ手に組んでモジモジし始める。


「どうせお前も、正規の手続きで来た口じゃないだろう」


 フェリクスの後ろから、まさおが顔を出してエアリアルに話しかける。


「ぎく」


 エアリアルのモジモジが止まった。


「兄貴に手を貸すなら杖に入ってれば、追手に察知されにくいし、プロメア様の匂いが強いからそれもカムフラージュになる。お前にとっても良い条件だと思うがな」


 何気に、まさおは悩むエアリアルを後押ししていた。


「じゃ、じゃあ……、いいわよ」


 ちらちらとフェリクスの方を伺いながら、そっと手を伸ばす。


「有難う。これから宜しく、えりこ」

「えりこって何よ?」

「君の名前。どうせ本当の名前は人間には教えられないんだよね?」

「そうだけど、なんでえりこなのよ」

「いや?」


 フェリクスがえりこ(命名決定)を見つめる。


「いやと言うか、なんというか、その、突然だし、まだ気持ちの整理が……」


 またモジモジし始めた。

 この風の精霊、案外どころか、普通にチョロかった。




 一日野宿を挟んでエッジワースの宿に帰ると、お昼を回っていたので、一泊して帰る事にする。

 二人は、他にする事も無いので、街中をぶらぶらしてみたが、来た時同様、おおよそ活気と言うものが感じられなかった。

 町を三つ落とされ、生産力が低下している事と、魔王に狙われている国という事で観光客も無いのだから無理もないだろう。全ての値段が他国の倍近くするので、買い物も控え、早々に宿に戻った。


「真っ赤ね」 


 えりこが、フェリクスの杖の先を見て感想を述べる。


「兄貴は根っからの火属性だからな」


 まさおが説明している中、えりこが球体部分をそっと指でつつく。


「まぁ、まずは登録からだな。兄貴は杖を持ったまま、えりこと手を繋いで」


 言われるまま、フェリクスは杖を右手で持って、左手でえりこの右手を握る。


「そんな、いきなり強引ね……」

「あとは杖を、えりこに握らせるんだ」

「こんな球を握らせるなんて……」


 緑色の顔を赤くしながら、もじもじし始めるえりこをスルーして、フェリクスは杖の球体部分をえりこに持たせ、魔力を流す。


「ああっ! すごいいぃぃ」


 瞬間、えりこは意味不明な叫び声を上げながら杖の中に吸い込まれていった。


「あれ、もう終わり?」


 何と言う抜群の吸引力! あまりの呆気なさに、フェリクスは思わず呟いた。


「意外と中、涼しいわね」


 杖の球体部分から、えりこの冷静な声が聞こえてくる。


「えりこ、出られる?」

「待ちなさい」


 フェリクスが問いかけると、返事の後にえりこが出て来る。『ボン』と言う効果音や煙はない様だ。


「これで杖への登録は完了だな」

「何かありましたか?」


 まさおが言うと、後ろからラウラがお風呂から上がって来た。今回の宿は脱衣場もある優れものだったので、外に出ておく必要はない。湯上りの、ほのかに赤みがかったラウラの肌が視線に入り、フェリクスは思わず目を逸らすと、自らもお風呂へ向かった。


 明日は早く出る予定なので、フェリクスが風呂から上がると二人はすぐに就寝する。もちろんお互いのベッドに。

 今回はラウラもすぐに寝つき、辺りは静寂と、闇に浮かび上がるまさおのぼんやりした赤い光に包まれる。

 暫くすると、まさおがふいに目を開いて顔を上げた。舌をチロチロと出しながら辺りを見回すと、


「プロメア様、フェリクスですか?」


 と呟く。

 正確には呟いたと言うより、念じた。なぜなら、その言葉は音として発せられていないからである。


「うむ。マンダレイ=ベルティルデ・サンディア=リーベンツ・オルステッド=エルメル、お主も大儀であった」

「有り難きお言葉。あと、名前長いんでまさおで良いっす」

「そうよな。調子に乗って長くし過ぎたわ」


 最初の厳かな雰囲気は一瞬にして消え去り、砕けた会話を始める二人(?)。

 その光景を、寝ているにもかかわらず鮮明に見ていたフェリクスは、完全に夢だと思っていた。


「フェリクス、久しぶりじゃな」


 以前会った事のある白いスモック姿の白髪の老人が、こちらに向かってくると、フェリクスの頭を優しく撫で始めた。


「プロメアのじーさん」

「今回は、よくまさおを助けてくれた」


 フェリクスの頭を撫でる姿は、はたから見れば、ただの好々爺が孫を可愛がる光景である。


「僕は、何も出来てない」

「ふぉふぉふぉ、イフリートに会わせてくれただけでも十分じゃよ」

「その後は只の足手まといだった」


 悔しそうな表情で、頭を撫でるプロメアを見上げる。


「ふむ。お主も新しい力を手に入れた様じゃし、わしからは今回のお礼にこれを授けよう」

「これは?」


 フェリクスは自らの中に流れる新たな力に衝撃を受ける。夢の中なのに。


「これからも、まさおの事を頼むぞ。ふぉふぉふぉ」


 プロメアは、いつの間にかフェリクスから離れると、そのまま手を振りながら後方にスライドして行った。


「有難う、プロメアのじーさん! マンダレイ=ベルティルデ・サンディア=リーベンツ・オルステッド=エルメルの事は頼まれた!」


 フェリクスが叫んだ瞬間、プロメアがスライドしながら戻って来る。


「その名は人間には内緒じゃぞ」

「あ、はい」


 眼前まで迫って来たプロメアに、フェリクスは反射的に答えた。


「ふぉふぉふぉ」


 そして、プロメアは再びスライドしながら去って行った。


「なんだ、この夢」


 フェリクスは朝起きると、やたらと鮮明にその夢を覚えていた。


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