第22話:口うるさい北風と老害の太陽

「デスモンド山ですか?」


 わらわらと寄ってくるゴブリンの集団を落とし穴を作って一網打尽にしながら、ラウラが尋ねる。


「うん。クラレンス先生が、まだ風の精霊がいるかもしれないって」


 穴に落ちたゴブリンを片っ端から燃やしながら、フェリクスは話を続ける。


「それでまた、一緒にどうかな……って」

「あ、うん。……いいですよ」


 その後も、お互い顔を赤く染めながら、迫りくるゴブリンを屠りまくっていた。




 翌日、フェリクスとラウラは駅馬車に揺られながら、ラダールへ向かっていた。デスモンド山への経路は、一度ラダールに入ってから西への移動で、六日程かかるのだ。

 道中、何事もなく進むと、ラダールの首都、エッジワースが見え始める。フェリクスはその光景に六年前を思い出した。

 あの時は今とは逆で、エッジワースから遠ざかっていた。事態の深刻さに理解がついて行けず、ただただ泣くばかりの自分をステファニーが手を引いて導いてくれたのだ。

 しかも、今の自分よりも若い歳で、だ。

 改めてその事に感謝すると、もう一つの想いが頭の隅から主張を始めて来る。

 まさるを殺した、魔王カラックへの復讐。

 奴を倒すには、まだ全然力不足なのは自分でも分かっている。ただ、前回のステファニーの話を聞くと、残された時間は思った以上に無いという焦りが、フェリクスを行動に掻き立てた。

 二人はエッジワースに到着し宿を取ると、その日は休憩して翌朝からデスモンド山へ向け、出発する事にした。


「暑い」

「暑いですね」


 二人はその日、十五回目になる同じやり取りをすると、山の中腹にある木陰で休憩を始める。


「こういう時、水系の魔法があると良いよね」

「そうですねぇ」


 水袋に入れてある冷やした白湯を飲みながら、ラウラは頷いた。

 周囲で鳴くセミの声が、体感温度を上げて来る。

 いっその事、周りの木ごと燃やしてしまえば静かになるかと思ったが、余計暑くなりそうなので、フェリクスは燃やすのを留まった。


「待ちなさい!」


 休憩している二人が、何処からともなく聞こえて来る声に辺りを見回していると、人間には似ているが、大きさが手のひらサイズの物体が上空から降りてきた。


「あなた達、誰に断ってこの山に入ってるの!」

「うわ、気持ち悪っ!」


 しかもその物体はぼんやりと薄緑色に光っていたのだ。


「失礼ね、あなた! 初対面の精霊に向かって『気持ち悪っ』とか!」


 完全に引いていたフェリクスの眼前まで降りて来ると、緑の物体は抗議を始める。


「私は由緒正しい風の精霊、『エアリアル』よ!」

「精霊って人間に名前教えないんじゃなかったの?」


 フェリクスはエアリアルの抗議をよそに、まさおに尋ねた。


「ランクの低い精霊はそうなんだろう」

「誰がランクが低いのよ! この火トカゲがぁ! あと、エアリアルは名前じゃなくて種族の事よ!」

「あ、そう。じゃあ、そういう事で良いから、僕に力を貸してくれ」


 フェリクスはやたら五月蠅い精霊に、既に嫌気がさして来ていたので、さっさと捕まえて帰りたくなっていた。


「意味が分からないわよ! あと、人の話は聞きなさいよ!」


 くるくると目の前で飛びながら一人キレているエアリアルを、面倒くさそうに見つめると、フェリクスは超簡単に事情を説明した。


「ふんっ、それなら私の力を貸す代わりに、やって欲しい事があるんだけど」

「何をしたらいい?」

「それは……」


 エアリアルはくるりと宙返りし、フェリクスと距離を置くと、ビシッと指を突きつける。


「私に命を差し出す事よ! って、あちちちちっ! やめなさいよ!」


 何か無性に腹が立ったので、フェリクスは取り敢えずエアリアルを炙った。


「ばーか! ばーか! 覚えてなさいよ!」


 エアリアルは罵声を浴びせると一目散に逃げて行った。


「何しに出て来たんだ?」

「さあ?」


 フェリクスとまさおは顔を見合わせると、再び歩き始めた。ラウラも仰いでいた麦わら帽子をかぶり直すと、フェリクス達について行く。

 そしてしばらく歩き、開けたところに出ると、先程のエアリアルが待っていた。


「ふんっ! ノコノコと来たようね!」

「誰だお前」

「さっき覚えとけっつっただろうがよおおぉぉぉ!」


 沸点の低い精霊はフェリクスを指さしてしきりに何か喚いていたが、やがて落ち着くと話の続きを始めた。


 「本題を思い出したわ!」


 エアリアルが言うには、「ある日突然現れたイフリートに本体を奪われたので、取り返して欲しい」と言うものだった。


「そうしたら力を貸しても良いわよ」 

「嫌だよ」


 ふふん、とポーズを取りながら提案して来るエアリアルに間髪入れずフェリクスが答える。


「何でよ!」

「いや、勝てないし」

「この、根性なし! もういいわ、あんたなんて、親分にけちょんけちょんにして貰うんだから! おやぶーん!」


 エアリアルが振り返って叫ぶと、フェリクスの二倍はあろうかという炎を纏った人型が、辺りの空気を巻き込みながら顕現を始めた。


「お嬢ちゃん、全力で壁を出しな」

「えっ?」

「早く!」


 炎の中心に向け唸りを上げて風が渦巻く中、まさおがラウラに話しかけると、フェリクスの背中から飛び降りる。


『プレートウォール!』


 いつもの調子とは違うまさおの言葉に、ラウラは魔力全開で二人の周囲に土を隆起させ壁を築いた。

 直後、辺りを瞬時に焼き尽くしながら紅蓮の炎が壁を流れる様に通り過ぎて行く。


「あわわ、張っても張っても溶けますぅ」

「なんだ、これ」


 フェリクスは、圧倒された。

 自分の炎とは比べ物にならないそれは、木々を一瞬で灰にし、ラウラの壁を溶かし、息をするのも困難なほど、周囲の空気を燃やして荒れ狂う。

(これが……本物?) 

 目の前の光景に比べれば、自分の魔法など児戯にも等しいと感じる。

 フェリクスは抗う事も出来ない力に恐怖すると、震える手を押さえながらその場に座り込んでしまった。


「兄貴と嬢ちゃん、ちょっとだけ、我慢しといてくれ。ナシ付けて来るわ」


 その横でまさおがドヤ顔で言うと、荒れ狂う炎の中に自ら入って行く。


「矮小なサラマンダーごときが、何をしに来た」


 炎の中を向かってくるサラマンダーを訝しがりながら、イフリートが問う。

 いつもなら捕まえた人間から魔力を吸い尽くした後に燃やすのだが、二人(と一匹)を見た瞬間、全身の肌が泡立つような感覚に襲われ、思わず攻撃していたのだ。

 イフリートに肌とかないが。


「言う事聞かず施設を逃げ出して、深夜徘徊するじじいを、連れ帰る為に来たんだよ」

「な、何を馬鹿なことを」


 イフリートは一笑に付すが、内心の焦りは一段と増していた。

 何故、このサラマンダーは、上位であるイフリートの炎の中で生きているのか。

 何故、このサラマンダーは、施設精霊界を逃げ出したことを知っているのか。

 何故、このサラマンダーは、自分を連れ帰りに来たと言うのか。


「……何者だ、お前は」


 もはやそれが、サラマンダーではない事を確信したイフリートは、無意識に口走っていた。

 瞬間、荒れ狂っていた炎がかき消される様に霧散していく。


「もう分かってるだろう」


 炎が消え、残りの煙も風で吹き流されると、そこには巨大な真紅の塊があった。


「まさ、お?」


 壁から這い出て覗き込んだフェリクスは、その塊を見て驚きの声を漏らす。

 それは、迷いの森で見たアイスドラゴンに形は似ていても、全てにおいて次元が違っていた。

 サイズ的には一回り大きい程度だが、そこから発せられる圧と言うか、魔力濃度が圧倒的に厚い。大概の魔法は打ち消されるか、はじき返されるだろう。

 真紅の鱗は透き通るような艶を纏い、日の光を反射して、とても暑そうだ。

 長い首の先に佇む顔は、いつものドヤ顔がなりを潜め、ドラゴンらしい凛々しさを称えている。

 微妙に表現がおかしいのは、フェリクスが今ここで起こっている事を受け入れられず、思考に混乱が生じている為だった。


「貴様、プロメアの使いか」

「そう言うこった。わかったら大人しく帰ってサボテンでも弄ってな」


 まさおはそう言うと、周囲のマナを空気ごと吸い込む様に口を大きく開く。


「まて! 話せばわか……」


 話せばわかる。と言う輩は、往々にして自分の言い訳を通したいだけで、人の意見は聞こうとしない。そんな無駄な時間は惜しいとばかりに、まさおは吸い込んだ全てを一気に吐き出した。 


「うごぁぁぁ!」


 蒼白く輝く光の筋は、プラズマを纏いながら、まだ何か言い訳をしようとしていたイフリートを中心に、辺り一帯を一瞬で蒸発させる

 はたして、それは炎だったのだろうか。フェリクスはへたり込んだまま、水蒸気を上げる溶けた地面を見つめ、暫くの間放心していた。

(これが……炎?)

 先程恐怖したイフリートの炎が、すっかり霞む程の圧倒的な力を見せつけられ、半ばあきらめる様に首を振る。


「兄貴なら、出来るようになるぜ」


 いつの間にか元に戻っていたまさおが、フェリクスの横までノタノタと歩いて来ると、彼の苦悩を読み取ったのか、いつものドヤ顔で言ってくる。


「本当に?」

「ああ、俺が保証する」


 何の根拠もないのに、いつもの顔で言われると、フェリクスは一気に心が軽くなっていくのを感じた。

(あの凄まじい力を見せたまさおが、出来ると言うのだ。なら、後は頑張るしかない)


「じゃあ、出来るようになるまで、代わりにさっきのやってくれる?」

「あれ、結構魔力消費するんだぜ?」

「どれくらい?」

「毎日、兄貴から貰ってる魔力の三十日分」

「なら、もっと特訓して魔力増やす」

「おう、頑張れよ」

「じゃあ、今後ともよろしく」


 フェリクスはそう言うと、嬉しそうにまさおを持ち上げ、定位置に背負う。

 先の見えなかった到達点が一気に近くになった様に感じ、先程まで感じていた無力感は、既に何処かに消えてしまっていた。

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