第21話:風を求めて

「ただいまー」


 フェリクスは、家に灯りが点いていたので、既にステファニーが帰っていると思い帰宅の声をあげる。


「おかえりなさい」


 ステファニーが、出口まで小走りで迎えに出て来ると、いきなりフェリクスを抱きしめて来た。


「どうしたの? 姉さん」

「ん? 暫く会ってなかったからね」


 驚くフェリクスに構わず、ステファニーは、なおもぎゅっと抱きしめる。

 それは、自分が生きて帰って来た事を再認識し、心を落ち着かせる為の行為の様だった。


「ラウラちゃんと楽しんできた? あ、お腹空いてる?」


 フェリクスを開放すると、部屋に戻りながら語りかけてくる。


「杖を作りに行っただけだし。帰りにちょっと食べたから、今は減ってない」


 最終日に予定を変更して、がっつりラウラと観光を楽しんできたとか、フェリクスは恥ずかしくて言えなかった。


「ところでさ」

「うん」

「なんで、まさお杖に入ってないの?」


 向かいに座るフェリクスの背後に、未だにへばりついているまさおを見ながら、ステファニーが尋ねる。


「人間には教え……」

「用なしになったんだ」

「兄貴いぃぃ」


 涙目で訴えるまさおを撫でながら、フェリクスはバルドーでの出来事を話した。


「風の精霊ねぇ」

「姉さん、何処にいるか知らない?」


 ステファニーは、今まで受けた依頼や、教会での噂、冒険者仲間の噂話など思い返してみるが、思い当たるものは無かった。


「そうねぇ、イフリートなら最近、南の山に住み着いたって噂だけど」

「イフリートって炎の精霊の?」

「うん。あ、そうだ、まさおの上位精霊だから、交換すればいんじゃない?」

「あねさあぁぁぁん」


 まさおは再び涙目になると、微妙に対抗意識を燃やし始めたのか、ステファニーに居所を尋ねてきた。


「俺っちの存在を脅かす奴は許さん。南の山の何処にいるって?」

「確か、デズモンド山って言ってたような、まさお退治に行くの?」

「人間には教えられない」


 フェリクスの肩に顔を乗せたまさおは、ノルマ達成が出来て嬉しいのか、いつものドヤ顔に戻っていた。




「風の精霊ですか」

「はい。鼻たれ坊主に聞いてみろと、グスタさんに言われました」

「鼻たれ……、ふふっ、相変らずですね、あのお方は」


 クラレンスは苦笑しつつ、二人分の紅茶を持ってくると、一つをフェリクスの前に置く。

 フェリクスは、バルドーから帰ってきた翌日、まだ夏休みの真っ最中だと言うのに、学院に来ていた。一刻も早く風の精霊の情報が欲しかったので、いるかどうか分からなかったのだが、結果オーライである。

 クラレンス曰く、


「個人経営の学校なんて、そんなものですよ」


 らしい。

 今も、事務書類の山とにらめっこしながら、フェリクスの話を聞いていた。


「昔はデスモンド山にいたんですけどねぇ」

「イフリートがいる山ですか?」

「お、フェリクス君、情報が早いですねぇ。素晴らしい」


 書類から目を上げると、クラレンスはフェリクスに向けて拍手をする。


「姉さんに聞きました」

「なるほど。そう言えばお姉さんは大変でしたね」

「大変?」


 何の話か分からないフェリクスは、疑問の視線をクラレンスへ向けた。


「おや、ご存じないのですか?」


 クラレンスに、今回のステファニーの件を聞いたフェリクスは、ティーカップを持つ手が震えていた。


「と言う訳で、今、風の精霊がいる場所と言うのは、私が知る限りでは近場にありませんねぇ」


 空になったカップに、新たな紅茶を注ぎながらクラレンスは話を続ける。


「もしかしたら、イフリートに追われた風の精霊が、まだ山の何処かにいる可能性は無いとは言い切れませんが……」

「有難うございました!」


 フェリクスは、クラレンスの話が終わるか終わらないかのうちに礼を言うと、すぐに家に向かって走り出していた。

(まったく、退屈させてくれない人ですね、あなたは)

 新たに入れた紅茶の香りを楽しみながら、フェリクスを見送ると、クラレンスは新たな書類に目を通し始めた。




「姉はん」

「なに?」

「ろうひてラダールり行ったろ?」


 夕食のチキンドリアをハフハフと食べながら、フェリクスはステファニーに尋ねる。


「食べるか喋るかどっちかにしなさい」

「どうしてラダールに行ったの?」


 はちみつレモン水で流し込むと、改めて尋ねた。


「教会のお仕事だったからよ」

「断る事は出来たよね?」


 フェリクスは、じっとステファニーを見つめる。その瞳は、六年前ラダールの実家から手を繋いで出る時に見上げていた瞳だ。

 一瞬にして両親を失い、ただ一人の知り合いとなったステファニーも遠く何処かへ行ってしまわないかと不安に苛まれ、ぎゅっと手を握って見上げて来たあの瞳。


「うん……、噂でラダールに勇者が現れたって聞いたから、ちょっと見たくなって。あなたをまた不安にさせてしまって、ごめんね」


 フェリクスの瞳に、誤魔化しきれないと感じたステファニーは素直に謝った。


「それでね、フェリクス」


 そして、あの時の光景を思い出して、ステファニーは呟く。


「もし、まさる様が生きてたら、あなたならどうする?」


(やはり、姉さんはまだ諦めていなかった)

 あの惨劇の日以来、ステファニーは新たな男と付き合う事はしなかった。その美貌と教会での人気により、交際の申し込みは毎日の様にあったのに、だ。

 フェリクスも、あの惨劇は目にしていた。勇者が命を懸けて二人を守った戦いだ、目を逸らす事など出来なかった。

 故に、まさるが生きているとか、そんな事は考えた事も無かったが、ステファニーの問いにどうすれば良いかは、すぐに答えられた。


「連れて来て、姉さんにごめんなさいさせる」


 当然だ。もし生きているなら六年間も姉さんを放ったらかしにしていた罪は重い。勇者としては許されざる事だと思う。


「そう。じゃあ次にラダールに行く時は、一緒に探してね」

「もちろん」


 静かに微笑むステファニーに、フェリクスはにこやかに答えた。

 そして、問題が一つ片付いたところで、もう一つの問題を話始める。


「あと話は変わるけど、明後日から風の精霊を探しに、デスモンド山に行ってきます」

「あら、その日はちょっと教会に呼ばれてるのよねぇ」


 ステファニーは顎に指を当てると、思い出す様に答える。


「姉さんがいなくても大丈夫。多分」

「ラウラちゃんと行くの?」


 一瞬固まったフェリクスは背中のまさおを剥ぎ取ろうとしたが、ステファニーに「いいわよ」と止められる。出番の無くなったまさおは、不服そうな顔になっていた。


「イフリートには気を付けなさいよ」


 とは言うものの、中級プリーストのラウラがいるのであれば危険度的にはそう変わらないだろう。


「それは、まさおに任せとく」

「おう。そうなったら俺っちがナシを付けてやるぜ」


 フェリクスが適当にまさおに振ると、出番があったのが嬉しかったのだろう。全く根拠のない自信で、フェリクスの背中からドヤ顔を覗かせていた。

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