第17話:お泊り

「ごめんねぇ、今日は一人部屋がもう満室なのよぅ」


 恰幅の良い受付嬢が、フェリクスに申し訳なさそうに応える。


「他に空いてる部屋は有りますか?」

「ちょっとまってねぇ……、ええっと、二人部屋なら空きが一つあるわよ。他は六人部屋が二つと、後はベッドだけ並べた大部屋くらいねぇ」


 フェリクスは、横で聞いていたラウラの顔色を伺う。


「わ、わたしは、かま、かまいま、せっみょ」


 噛み噛みで何を言っているのか分からないが、顔を真っ赤にしながらも頷いているところを見ると、どやら了承の様だった。

 二人は宿の部屋に入ると、それぞれのベッドに荷物を置く。


「長時間馬車に乗ってると、お尻が痛くなるね」


 フェリクスは、顔を隠す様にベッドにうつ伏せになるると、自分のお尻をさすった。


「そうですね……あと、ちょっと酔ってしまいました」


 麦わら帽子を壁の帽子掛けにかけると、ラウラはもう一つのベッドの端に腰掛ける。


「この部屋、お風呂あるみたいだから、すっきりしてきたら?」


 このターミナルの宿では、一人部屋と二人部屋には風呂が付いていた。

 他の部屋には風呂は無く、共同風呂に入る事になっている。


「あ、え? ……うん」


 フェリクスに言われたラウラは、俯くと曖昧に答えた。

 すると、背中にへばりついているまさおが、フェリクスの背後から話しかけてくる。


「兄貴、ここは気を利かせるもんだぜ」

「ああ! ごめん。 外に出ておくから、終わったら呼んで」

「……ごめんなさい」


 更に顔を赤くして謝るラウラを置いて、フェリクスは部屋の外に出た。

 浴室はあるのだが、脱衣場は無いので、必然的に着替えは部屋で行う事になる。


「お待たせしました」


 暫く扉の外でまさおと遊んでいたフェリクスが振り向くと、ラウラが扉を少し開け、隙間から恥ずかしそうにこちらを見ていた。


「じゃあ、今度は私が出ておきますね」


 フェリクスが部屋に入ると、入れ替わりにラウラが外に出ようと扉に手をかける。


「あ、うん」

「兄貴……。女の子を外で一人にするとか、あぶねーだろ」


 フェリクスの背中でまさおが嘆息すると、あきれ顔で話しかけて来る。


「そうなの?」


 フェリクスはまだよくわかっていない様だった。


「そうだよ!」

「私は、別に」

「嬢ちゃんも、もっと気を付けないと、いくら強いと言っても女の子なんだから」


 まさおは、フェリクスの背中で立ち上がると、短い手を腰に当て、二人に説教を始めた。

 何気にこの中で一番社会常識があるのは、この赤いトカゲかも知れない。

 お風呂を済ませた二人は、食事を済ませると、明日以降の日程を確認し、早々に寝床に入る事にした。

 疲れがたまっていたフェリクスは、すぐに音息を立て始めるが、緊張して眠れないラウラは、廊下で物音がする度に起き上がり、入り口でぼんやり光っているまさおを確認すると再び寝床につくという事を、深夜まで繰り返していた。

 やっと眠りに就けそうになった時、再び聞こえる物音に視線を向ける。

 今度の音は人が歩く音とかではなく、扉を何かでカリカリ削るような音だった。

(どろぼう?)

 ラウラは恐る恐る起き上がると、ぼんやり光るまさおを頼りに杖を探す。

 やがて、鍵が外れる音と共に扉が開くと、何者かが侵入して来る気配を感じた。


「おいおい、ノックもなしに入ってくるとは失礼な奴だな」


 入り口の横で寝ていたまさおが、侵入者に対し声をかける。

 しかし、侵入者は声が聞こえていないのか、まさおの横を気付かず通り過ぎようとした。

 その時。


「お引き取り願おうか」


 今までぼうっと赤く光っていたまさおが真紅に輝くと、侵入者の身体が突如燃え上がる。


「なんだ? あっつ! 助けれくれえぇぇ!」


 侵入者は転げながら外に出ると、助けを求めながらのたうち回っていた。

 騒ぎを聞きつけた他の宿泊客や衛兵が、男に水や砂をかけて消火を始める。

 ラウラが衛兵に事の次第を伝えると、他の宿泊客も慌てて自分の荷物を調べ、盗まれている事に気が付くと大騒ぎしていた。

 騒ぎが収まり、まさおが再び扉の横に寝ると、


「嬢ちゃん、何かあったら俺が追い払うから安心して寝な」


 とドヤ顔で言った。


「まさお君、ありがとう」


 ラウラはまさおに礼を言うと寝床に着き、今度こそ眠りに就くことが出来た。

 ちなみに、その間フェリクスが起きて来る事は無かったと言う。


 翌朝、フェリクスが目覚めると、何やら外がざわついている。

 通りすがりの男に聞くと、昨夜の内に物盗りが出たらしく、ターミナルの衛兵に連れて行かれたとの事だった。


「俺の警告を聞かないから、こうなる」


 と、まさおが何やら訳知り顔で、フェリクスの背中から呟く。


「何か言ったの?」

「ちょっとね」


 フェリクスは、何の事かさっぱり分からない顔をしていたが、振り返って見たラウラの幸せそうな寝顔を見て、そんな事はどうでもよくなっていた。 

 

 ラウラを起こさない様、気を使いながら出発の準備を進めていたフェリクスだったが、いよいよ馬車の時間が迫って来たので、仕方なく起こす事にする。


「ラウラ、そろそろ出発だよ」

「うぅ~ん、……もうちょっとぉ」


 目を開ける事無く言うと、布団を頭まで被る。


「馬車、出ちゃうよ?」

「馬車? 帰って来て~」


 布団から出てきた手が、フェリクスの顔をがっしりと掴む。

 そして、一瞬動きが止まると、そっと布団が降りてラウラの眠そうな瞳が出てきた。


「フェ、ふぇ? ふぇえええぇぇぇ! なんでっ?」


 事態が呑み込めないラウラは、再び物凄い勢いで布団を被った。


「兄貴、ここは気を利かせるもんだぜ」

「ああ、ごめん。 外に出ておくから、用意が終わったら呼んで」

「……ごめんなさい」


 暫くして、準備を済ませたラウラが呼びに出てくると、二人は荷物を纏め、馬車へ向かった。

 寝不足の所為か、二日目もラウラは馬車に酔うと、ぐったりした状態で宿屋に入り、すぐに寝てしまう。

 そして三日目、朝起きてからお風呂に入ったラウラは、すっかり元気になっていた。

 馬車に揺られながらも、フェリクスと会話を楽しむ余裕もある。


「バルドーに入ったみたいだね」

「他の国は初めてなので、ドキドキします」


 木々ばかりだった街道に、次第に周囲に建物が増え始める。


「何か倉庫みたいな家が多いね」

「そうですねぇ」


 窓のない木造の掘っ立て小屋が並ぶ風景を見て、フェリクスが感想を漏らすと、ラウラも馬車の窓へ顔を寄せる。


「あれは炭小屋じゃよ」


 二人の向かいに座っていた老人が、フェリクスに説明を始めた。


「すみごや?」

「ああ。鍛冶屋で使う炭をこの辺りで作っとるんじゃよ」

「おじいさん、詳しいんですね」

「わしは、元々バルドーの人間じゃからな」


 老人は外の風景を懐かしそうに眺めると、話を続けた。


「今日は、娘夫婦のところに行くんじゃよ」

「へぇ。あ、家が変わって来た」

「ここから先は、普通の家じゃな。もっと中心に行けば、鍛冶屋が増えて来るぞ」


 老人が言うように、家は木造から煉瓦作りの物が増えていき、煙突が出ている家もちらほらと見え始めていた。

 しばらくの間、老人と二人が話していると、駅馬車は最後のターミナルへと入って行く。

 フェリクスは、最後に老人へ目的地である鍛冶屋、『鋼の拳』の場所を尋ねる。


「おお、グスタ爺さんの店か、子供の頃よく覗いて怒られたわい」


 懐かしそうな目で言うと、老人はターミナルからの道順を丁寧に教えてくれた。

 老人に爺さんと言われるとは、一体何年店をやっているのか、流石ドワーフである。

 二人は老人に礼を言うと、その日は宿屋を探して旅の疲れを癒し、鍛冶屋に向かうのは翌日にした。

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