第18話:竜の杖
バルドーの首都、マチウス。
鍛冶産業を主とするバルドーに於いて、中枢を成す都市である。
この地は、北西に鉱物資源豊富なレギナルト山脈を擁し、常に高品質な素材が提供されており、更に北のライマール山脈にある大洞窟から来た腕の良い鍛冶職人のドワーフ達が、熟達した技を人々に伝授していた。
故に、その豊富な資源と磨かれた技術によって作られるバルドーの製品は、他国の鍛冶レベルと一線を画しており、常に世界中から引く手数多の人気があった。
そのマチウスの一角に、クラレンスの知り合いであるドワーフが経営する『鋼の拳』がある。
「こんにちはー」
フェリクスは店先の拳の看板を確認すると、店の扉を開き、ラウラと共に中へと入って行く。
「何だ坊主、父ちゃんのお使いか?」
背丈はフェリクスと変わらないが、横幅ががっしりとした、顔中毛むくじゃらのドワーフが、店の奥から現れた。
「クラレンス先生の紹介で来ました、フェリクスと言います」
「ああ、お前さんが火の玉坊主か。そういや、背中になんかへばりついてるな」
「火の玉坊主……」
「ああ、気にするな、ワシが勝手に言っとるだけじゃい。名前はグスタじゃ、宜しくな」
「宜しくお願いします」
差し出された手を握ると、木で出来た人形の様な武骨さを感じる。しかしその手は、真夏の部屋の中においてでさえ、熱く感じる程であった。
「そっちのトカゲも宜しくな」
「俺っちは、まさお。宜しくな」
珍しくまさおが自分から自己紹介している事に、フェリクスは少し驚いていた。
まさお曰く「人間じゃないから教えた」そうだ。
まさおとの挨拶を済ませたグスタは、髪か髭か分からない毛をかき分けると、ラウラをじろじろと見つめる。
「そっちのおなごは嫁か?」
「『違います!』」
二人はそろって否定すると、共に顔を赤くした。
「まぁよい、早速じゃが素材を見せてくれんか」
フェリクスは、持ってきた素材をグスタに袋ごと渡す。
「ほほぅ、これはまた」
グスタは、ドラゴンの眼球を持ち上げ、光に翳して眺めると唸った。
「爪もあるではないか。では早速始めるか」
良い素材があると、じっとしていられない性格のグスタは、店の奥にある鍛冶場へさっさと向かってしまった。
二人も慌てて、その後をついて行く。
「うわー」
「すごいですね」
二人はそれぞれに感嘆の吐息をすが、それぞれに意味が違っていた。
フェリクスは部屋に並ぶ鍛冶道具の数々に興味を示し、ラウラはその部屋のあまりの暑さに圧倒されてのものである。
しかし、グスタはその声も耳に入らぬのか、棚に置いてある鉄の棒を手に取ると、自らの定位置である炉の前に座り、すぐに作業を始める。
常に燃え続けているのであろう、うっすらと赤みを帯びている炉の中に木炭を放り込むと、足踏み式の
炉はすぐに紅い光を放つと、周囲に凄まじい熱を発し始める。
それを見たフェリクスは、思わずグスタに質問していた。
「それは何をやってるんですか?」
「鉄を柔らかくするために、火をおこしとるんじゃ」
「火なら出しましょうか?」
フェリクスは「ファイア」と唱えると、手のひらに小さな炎を出現させる。
「そんな弱っちい火じゃ、鉄はビクともせんわい」
弱っちいと言われたフェリクスはムキになって魔力を圧縮注入し、ファイアの火力を上げていくが、やがて『ボフン』と言う音と共に黒煙を上げると、消えてしまった。
「ほほう、流石は火の玉坊主、魔力は十分ある様じゃな」
グスタは感心したように言うと、作業の手を止め何かを考え始める。
「お前さん、もしかして杖に入れるのは、そこのトカゲか?」
「まさおだぜ」
「その予定です」
「じゃあ、作る意味ないぞ」
「えっ?」
苦労して素材を手に入れたのに、意味が無いと言われれば動揺もすると言うもの。フェリクスは早速その理由を聞いた。
「お主の炎は、圧倒的に空気が足りとらんのじゃ」
「空気?」
不思議そうな顔をすると、グスタがフェリクスの眼前に自らの拳を突き出す。
「物が燃えるには、三つの要素が必要になる」
次に、指を一本ずつ立てながら話を続けた。
「一つ目は『燃える物』、二つ目は『火をつける物』、そして三つめは『空気』だ」
そして再び炉に向き直ると、木炭を数個手に取り、炉に放り込む。
「この炉は常に火を入れているから、二つ目の火をつける物は既にクリアしている。そして今入れたのが木炭、一つ目の燃える物じゃ」
続いて足踏みの鞴を踏んで空気を送り込むと、炉は再び赤い輝きを放ち始めた。
「最後のこいつが空気。送らなくても周りの空気を奪ってそれなりに燃えるが、加える事によって、炎の火力は一気に跳ね上がる」
グスタは何度か鞴を踏んだり止めたりして、火力の違いをフェリクスに見せる。
「お前さんの炎の魔法も基本は同じで、魔法で着火して魔力を元に周囲の空気を巻き込みながら燃焼させる。通常はここまでじゃ」
「なるほど」
グスタの話に興味津々のフェリクスは、何度も頷いていた。
「で、さっきお前さんがやっていた、魔力を圧縮して火力を上げる方法だが、ある程度までは効果があるが、すぐに空気が足りなくなって限界に陥る」
「じゃあ、空気を増やせば良いんですね」
「その通り」
「でも、どうやって増やせば良いんでしょうか?」
フェリクスの問いにグスタはニヤリと笑う。
「そこで杖じゃ」
「え、さっき意味ないって……」
「中に入れるのが、そこのトカゲじゃと意味ないと言ったはずじゃが?」
「まさおです」
「火の精霊と違うもの、空気……風の精霊?」
「正解じゃ」
フェリクスは、先ほどから会話の間に突っ込みを入れているまさおを背中から剥ぎ取ると、正面に持ち上げる。
「短い間だったけど、楽しかった。さようなら」
「兄貴いいぃぃぃぃ!」
「ガハハ! そのトカゲもお役御免と言う訳では無いぞ」
半泣きでフェリクスに縋りつくまさおを見て、グスタは笑いながらフォローを入れる。
「まさおだよ!」
それでも突っ込みを入れるまさおに、「行くところ無くなったら、私のところに来る?」と、ラウラが撫でながら言っていた。
「杖でサポートする精霊が、お前さんの圧縮魔力以上の空気を提供してくれるなら、まさおの出番になるからのう」
「そうなんだ。じゃあまさお、またよろしく」
「兄貴ぃ……」
まさおは、情けない声を上げながらペタペタとフェリクスによじ登り、いつもの場所に張り付くと、安堵の吐息を漏らした。
改めてグスタが炉に向かうと、先程の鉄棒を赤熱している木炭の中へ差し込む。
鞴を踏んで火力を高めると、見る見るうちに差し込まれた鉄棒も赤く染まっていった。
グスタが棒を出しては叩き、再び炉に入れ、出しては捻り、その工程を何度か繰り返していく内に、杖の基本部分が形作られていく。
続いてグスタは、隣のレンガで組まれた四角い塊の下に黒い塊を放り込むと、鞴を踏み始めた。
「こっちは何ですか?」
一見、パンを焼くオーブンの様な物体を不思議そうに見つめると、フェリクスはグスタに尋ねる。。
「こいつは鋳造窯と言って、鉄を解かず窯じゃ。パンは出てこんぞ」
フェリクスの考えが見透かされていたのか、グスタがにやりと笑う。
「坊主、時々こいつを踏んどいてくれ」
グスタは鞴の踏み方と、タイミングをフェリクスに教えると、奥の棚に消えて行った。
鞴で空気が送られると、放り込まれている黒い塊が赤く光り熱を放つ。
この炎が自分の魔法より強いと言われ、複雑な心境で見つめる。
まさるから教えて貰った勇者最強(と教え込まれた)の魔法なのに、こんな炎に負けるなどあってはならない。
自分の特訓がまだまだ足りていないのだと反省すると、更なるパワーアップを心に秘め、鞴を力強く踏みつけた。
「何やら気合が入っとるようじゃな」
戻って来たグスタの手には木箱が抱えられていた。
早速箱の中から鉄の塊を何個か取り出すと、窯の上部に放り込む。
「こいつが解けるまで鞴を踏んでくれ」
グスタは窯をフェリクスに任せると、炉に戻って鉄の棒の加工を再開した。
先端部分を専用の工具を用いてネジ山を刻み、反対の先端は銛の様なかえしの形に削っていく。
続いて何度か握りながら、重心を調べると、そこから拳一個分上下に印を入れる。
「解けてきました」
そこへ、丁度フェリクスが声をかけてきたので、加工済みの棒を持ってグスタは窯に近づいた。
「ふむ。丁度良い塩梅じゃな」
グスタは窯を覗き込むと、小さな柄杓で溶けた鉄をすくい、手早く先程の印の周囲に垂らす。
それを上下に施すと、滑り止めのような形が出来上がった。
続いて木箱の中から、鉄で出来たフラスコ状の道具を取り出す。
それをやっとこで掴み、その中に溶けた鉄を流し込むと、すかさず鉄の棒の銛部分を先にして差し込む。
「さて、腹も減ったし、飯にするか」
中の鉄が冷え、差した棒が動かないのを確認すると、グスタはやっとこごと固定して鍛冶場を後にした。
「いつもの頼む」
「あいよ。あら、今日は孫のお守りかい?」
「客だよ」
「へぇ、こんなにちっこいのにねぇ」
グスタが鍛冶屋の隣にある食堂に入ると、店の女将らしき老女が、人の好さそうな笑顔で出迎えてくれた。
「この店は、パスタが美味い」
グスタは席に着きながら二人に説明する。
「そうなんですか、他には何があるんですか?」
「パスタだな」
グスタの答えに、フェリクスは辺りを見まわし、メニューを見つける。
書いてあるのは全てパスタ料理だった。
そうこうしている内に、客がどんどん増え始める。丁度お昼時なのと、鍛冶屋街のメイン通りなので、職人や材料を卸す業者などが一気に押し寄せて来るのだ。
二人は急いで注文を済ませると、辺りを見回す。
他の鍛冶屋の職人だろうか、客の中にもドワーフが二割ほどいる。彼等はグスタと目が合うと軽い挨拶を交わしていた。人間でも挨拶をしているのは鍛冶関係の者だろう。
こうして見ていると、グスタはこの街で鍛冶屋の頭領のような存在なのかもしれないと、フェリクスは何となく思った。
「すごい人ですね」
ごった返す店内に圧倒されると、フェリクスが思わず口にする。
「ああ。最近、武器や防具の発注が増えてな、炭屋も鍛冶屋も大忙しだ。何処かで戦争があるのかも知れんな」
「忙しいのにすみません」
「ハハハ! 子供が遠慮なんかするもんじゃねぇよ!」
グスタは、盛大に笑い飛ばす。
「ところで、さっきの風の精霊の話なんですが」
フェリクスは、先程から気になっている事を聞いてみる。
「グスタさんは、何処にいるか知ってますか?」
「その辺のシルフでよければ、いくらでもおるんじゃが、お前さんの魔力に釣り合う奴と言うのは、中々おらんのぅ。クラレンスの鼻たれ坊主に聞いた方が早かろうて」
「鼻たれ……、帰ったら聞いてみます」
話が途切れたところで、食事が運ばれてくる。
グスタとフェリクスはミートソースのスパゲティ、ラウラはトマトソースの冷製スパゲティを注文していた。
「わぁ、冷たい!」
真夏の鍛冶屋街の上に、お昼時でごった返している店内の温度は凄まじく、冷たいスパゲティを食べるラウラの顔はとても幸せそうだ。
「これ、魔法で冷やしてるんですか?」
「そうだよ。あたしゃ、水系が得意だったからねぇ」
ラウラが老女に問いかけると、にこやかに応えながら、手際よく飲み物をテーブルに置いていく。
フェリクスとラウラはアイスティーで、グスタはワイン、全てよく冷やされていた。
空腹を満たした三人はグスタの店に戻ると、グスタは杖の作成を再開、フェリクスはその様子を眺め、ラウラはまさおと遊んでいた。
お昼前に固定していたやっとこを外し、フラスコ型の金具をハンマーで殴ると丁度半分に割れ、中から丸い鉄塊が出て来る。
その鉄塊の三か所にドリルのような工具で穴をあけると、フェリクスが持ってきた素材の中からドラゴンの爪を取り出す。
その穴に爪を差し込み、何度か角度を調整しながら穴を広げると、ドラゴンの爪の差し込み側にかえしを付ける為、鑢で削る。材質が固いのか、かなり苦労している様だ。
次にドラゴンの眼球を取り出すと、三本の爪で掴む様な形で爪を穴に差す。台座側の球体を削り、眼球の座りを良くすると、グスタは銀色の塊を入れた容器を炉にかける。
それが溶けると、加工した鉄の棒に満遍なくかけていった。
「それは銀ですか?」
「うむ。魔力の伝達には銀が良いからな」
「じゃあ、最初から全部銀で作れば楽なんじゃないです?」
「ハハハ、そう思うじゃろ。わしも昔そう思って一回やってみたわ」
グスタは、見習いの頃に自分も通った道を思い出して、思わず笑った。
「三日も経たんと折れたがな。銀だけでは圧倒的に強度が足りんのじゃ」
「へぇ~」
グスタの手際に感嘆しながら言葉を漏らす。
くり返しコーティングされた銀が冷えるのを待ってから、グスタはドラゴンの眼球を掴んだ爪を穴に差し、溶かした鉄を穴の半分ほどまで注いて爪を固定し、その上に銀を流し込んで穴を完全に埋める。煙は上がっている様だが、爪が燃えることは無い。その強靭さに驚いたフェリクスは、ドラゴンを倒した姉を改めて尊敬した。
「ちょっと持ってみろ」
熱を冷ました杖に、眼球が付いていない方の先端(剣で言えば
「振ってみて、バランスを確かめるんじゃ」
杖を受け取ったフェリクスは何度か振って、感触を確かめる。
「ちょっと上が重い感じです」
「よし、貸せ」
グスタが球体を一回り大きいものに替えて、もう一度フェリクスに渡す。
「あ、何か良い感じです」
先程よりしっくりくる感触に、フェリクスは思わず笑みがこぼれた。
「よし、仕上げじゃ」
再び受け取った杖に、グスタは握り部分に皮を巻いて行く。
「これだと、銀が隠れて魔力が伝わりにくくなるんじゃないですか?」
完成した杖を持ってフェリクスがグスタに尋ねる。
「銀はずっと握っとるとすぐにすり減るからな。使う時は握りの上下どちらか持つんじゃ」
「ああ、こういう事ですか」
フェリクスが右手で握り部分を掴んだまま、左手でその上を持ってみる。
「うむ。そのまま魔力を流してみろ」
フェリクスが魔力を杖に流し込むと、透明だったドラゴンの眼球が真紅に染まっていく。
「上出来じゃ、それでその杖はお前さんの物になった。しかし、そこまで赤い属性の者を見るのは久々じゃわい」
感心したような眼で、グスタはフェリクスを見つめる。
「有難うございました」
ようやく自分の杖が完成した事に感激すると、フェリクスはグスタに深々と頭をさげた。
「ラウラさん、お待たせ!……あ」
まさおと遊んでいたラウラは、いつの間にかソファで静かな寝息を立てていたので、フェリクスは暫くそっとしておく事にした。
「お世話になりました」
「鼻たれ小僧に宜しくな」
二人はグスタに礼を言うと、鍛冶屋を後にする。外は既に暗くなり始めていたので、今日は宿屋に泊り、明日サンストームへ帰る事にした。
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