第16話:夏の旅行

 翌朝、フェリクスが学院に着くと、向かいからクラレンス学院長が手を上げながらやって来た。


「おはよう、フェリクス君。ラウラさんには会えましたか?」

「おはようございます、先生。昨日会って謝りました」


 全て知っているのだが、クラレンスは満足そうに頷く。


「偉いですねぇ。ところで、杖の件で今朝知り合いのドワーフから返事が帰って来ましてね、七月中までは忙しくて、受ける事が出来るのが八月かららしいんですが、それでも宜しいですかね?」


「はい。大丈夫です」


 フェリクスは返事を返すと、クラレンスに頭を下げる。

 暫くの間は、ラウラの手伝いをしようと思っているので、自分でも杖を作る時間は出来ないだろうし、そう急いで作る程でもないと思ったのだ。


「わかりました。それでは八月の頭からで、予定を伝えておきますね」

「宜しくお願いします」


 フェリクスは、もう一度頭を下げると、教室へ向かって歩き出した。

(彼を見ていると、ワクワクしますね)

 クラレンスは、とても楽しそうなもの見る目で、フェリクスの背中をいつまでも眺めていた。

 そして、それを背中にへばりついていたまさおが、とても嫌そうな目で見つめ返していた。




 新学年を迎えてから早一ヶ月。今日もフェリクスは、ラウラと共に冒険者ギルドへと向かっていた。

 二人がギルドハウスに入ると、なにやら掲示板の前で人々がざわついている。


「おい、今月の稼ぎナンバーワンはフェリクスとラウラかよ!」

「登録して一ヶ月でトップたぁ、あのチビ二人組はただ者じゃねぇな」

「おいおい、マジかよ」

「何狩ったら、こんだけ稼げるんだよ」


 自分達の名前を聞いて、二人が何事かと掲示板まで行くと、あっという間に人垣に囲まれた。


「お、ナンバーワンのご登場だぜ!」

「すごいじゃない」

「そんだけ稼いでるなら奢ってくれよ」

「子供にたかるんじゃねーよ」


 周りの皆が、何処かのご利益があるお地蔵さんの様に、二人の頭を撫でまくる。

 今では、ラウラもすっかり怖がられなくなり、少しづつだが依頼の勧誘も受ける様になっていた。

 ラウラ一人では無理だっただろうし、いかにフェリクスが魔法を使えても、こうまで皆が打ち解けてくれる事は無かったであろう。

 なら、一体誰が一番貢献したのかと言うと、それは、ここにはいないステファニーだった。

 彼女は教会からの派遣プリーストとして、冒険者に絶大な人気がある。

 その彼女が、パーティーを組んだ冒険者一人一人に、フェリクスとステファニーの事を温かい目で見守って欲しいと頼んでいたのだ。

 フェリクスはそんな彼女の心遣いを知る由もなく、若干の嬉しさと恥ずかしさ、そして残りの全部は鬱陶しさを感じながら、人垣をかき分け受付に行くと、今日の依頼を探し始めた。



 「フェリクス・エリオット! 私との勝負をほったらかして何処に行ったの!」


 そしてその頃、学院ではエステルがカンカンに怒っている事も、フェリクスは知る由もなかった。




「姉さん、来週から夏休みなので、ちょっとバルドーへ行ってきます」


 と言うと、フェリクスは鶏肉のケバブをパンに挟んでかぶりつく。

 バルドーとは、サンストーム帝国の北東に位置する、鍛冶が盛んな自由都市である。

 そこに、クラレンスの知り合いのドワーフがいるのだ。

 杖の素材だけ送って、作ってもらう事も可能だったのだが、フェリクスは作る様子も見たかったので、素材を持って直接赴く事にした。


「杖作ってもらうんだっけ?」

「うん」

「私、明後日から長期出張だから、ついて行けないのよねぇ」

「特に戦闘も無いと思うので、一人でも大丈夫。多分」

「まぁねぇ……あ、そうだ。ラウラちゃん誘ったら?」


 ステファニーは手を合わせると、良い事を思いついた様な顔で、フェリクスを見つめる。


「あ、……うん。考えとく」


 と、フェリクスは目を逸らしながら、思わせぶりに返事をしたが、既にラウラと行く事は決めていたのだった。


「あー、でもご両親がどう言うかしらねぇ」

「それは大丈夫。多分」


 ラウラの両親は、フェリクスのお陰で家計が潤ったので、二つ返事で許可してくれたし、なんなら、うちの娘を嫁にと言う勢いで攻勢をかけて来ていたので、何の問題もなかったのだが、そこは敢えて言わなかった。


「ふーん、そっかー。まぁ楽しんできなさい」


 ステファニーは楽しそうな顔で、頬杖をついてフェリクスを見ている。


「うん」


 フェリクスは、顔が熱くなるのを感じながら、再びパンにかぶりついた。




「杖の材料と、着替え、後はまさお……うん、大丈夫」


 フェリクスが確認を済ませたリュックを背負うと、更にその上にまさおがのそのそと登って行く。


「よし、行こう」

「あいよぅ」


 扉を開けると、熱された空気と真夏の鋭い日差しが一斉に飛び込んで来た。部屋の中でも聞こえていたセミの鳴き声は一段と大きさを増し、暑さに拍車をかける。

 やがて日差しに目が慣れてくると、宿舎の門の向こうにラウラが待っているのが見えた。ピンクのワンピースに麦わら帽子が可愛いらしい。

 ラウラがフェリクスに気付き、笑顔でこちらに手を振って来ると、フェリクスの鼓動は一段と高まった。

 扉に鍵をかけると、フェリクスはラウラの元に駆けて行く。


「外で待ってなくても、家に来ればいいのに」

「そうなんだけど、これ以上近づくと、体がピリピリして……」

「ピリピリ?」

「多分、私がシアリス神のプリーストだからじゃないかな。ここはガロイア神の教会の宿舎だし」

「ふーん、そういうもんなんだ」


 神様でも仲悪い事あるのかなと、フェリクスは何となく思った。

 二人は、今まで受けた依頼の事などを話しながら、駅馬車の発着場へ向けて歩き始める。

 駅馬車とは、各国間を行き来する長距離移動用の馬車で、毎日定期的に荷物や人を運んでいる交通機関の事だ。

 フェリクスとラウラは、発券場の窓口に並ぶと、切符を買い、馬車に乗り込む。

 六人乗りの馬車で、二人以外にも乗客が既に四人乗っており、丁度満席となった。

 正しくは、切符の売れ行きに合わせて、走らせる馬車を選んでいるので、大体どの馬車も満席状態となるのだが。

 そして最後に、バスケット(客車後ろにあるオープンデッキ)に武装した男が二人乗り込んで来る。

 彼らは、道中魔物や賊が現れた際の用心棒だ。

 全員乗り込みが完了すると、御者は馬に鞭を入れ馬車を発進させる。


「実は、こういう馬車に乗るのは初めてなんです」


 ラウラは、恥ずかしそうな顔で囁く。


「じゃあ、馬車に酔うかも知れないから、遠くを見てた方が良いよ」


 フェリクスはラウラにアドバイスすると、自らも遠くの風景に視線を移した。

 土煙を上げながら進む馬車は、夏の強い日差しに照らされた濃い緑の中を進んでいく。

 やがて二時間ほど走ると、道中に開けた場所が見えて来た。

 広場の端の方、厩舎らしき建物がある場所まで寄って行くと、馬車が止まる。

 御者が降りると、手際よく馬を馬車から外していく。すると同時に、厩舎から代わりの馬が引かれて来た。

 これを定期的に行う事によって、馬の休憩や食事時間のロスを無くし、従来の方法より遥かに速い移動を可能にしているのだ。

 馬車に新しい馬が繋がれ、異常が無い事を確認すると、移動が再開される。

 この後三回の馬交換を経て、馬車は一際大きな広場に止まった。

 夜間の移動は危険が増すので、駅馬車は夜には走らない。その為、各国間の移動路には百キロごとに駅馬車が集まるターミナルが存在するのだ。

 ターミナルには、交換する馬を飼育する厩舎から、馬車の修理設備、乗客の宿泊施設、食堂や酒場などが整っていた。場所によっては、お土産店などもあったりもする。

 フェリクスとラウラも荷物を確認すると、ターミナルに併設されている宿へ向けて歩き出した。

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