第14話:冒険者

「ほほぅ。では、ドラゴンを倒したのはお姉さんだと。」


 左手で紅茶の入ったカップをテーブルに置くと、右手でチョビ髭を撫でながら、クラレンスが頷く。


「はい。僕が目を覚ました時には、ドラゴンはもう死んでいました」


 フェリクスも両手でカップを持つと、ふーふーと吹きかけ、紅茶を冷ましてから啜る様に飲む。


「あねさんがドラゴンに杖を投げたら、ガシーン、ガシーンって岩の槍が出てきて串刺しさ」


 フェリクスの背中で、まさおが何故かドヤ顔で、その時の状況を語り始める。


「いやー、アレを見た瞬間、『この人に逆らっちゃいけねぇ』って思ったね」

「杖……岩の槍……なるほど、『天罰の杖』ですね」


 クラレンスは一言二言呟くと、思い当たる名前を口にする。


「先生、姉さんの杖、知ってるんですか?」

「ええ、最近手に入れたとか」

「なんでも知ってますね」


 クラレンスは、紅茶を一口飲んだ後、カップをテーブルに置くと、身を乗り出してフェリクスに話始める。


「フェリクス君、魔法使いに限りませんが、情報と言うのは使い方次第で、武器にも防具にもなるんです。だから情報を集める手段が多い者ほど強い。覚えておくと良いですよ」

「あ、はい」

「ところで……」


 クラレンスは、フェリクスの後ろにへばりついているまさおに視線を向ける。


「あなたは何故、あの場でアイスドラゴンに追いかけられていたのですか?」

「人間には教えられない」


 いつもの様にまさおはドヤ顔で答える。が、その顔には少し焦りが滲み出ていた。


「ほほぅ」


 クラレンスは席を立ってまさおに近づくと、あちこち触り始める。


「ふむ。年齢は二百五十歳ぐらいですか」

「やーめーろーよー」


 その視線に耐え切れなくなったまさおは、フェリクスから降りて逃げ出した。


「……まぁいいでしょう。ところでフェリクス君、杖は自分で作る予定でしたね?」

「その予定です」

「折角、思った以上に良い素材を集められたようですので、ここはひとつ、プロに任せてはどうでしょうか」

「プロ、……ですか?」

「はい。私の知り合いにドワーフの鍛冶師がいましてね、もし宜しければ紹介しますよ」


 フェリクスは暫く考えたが、少し時間をかけても良い物が出来るならと、クラレンスに紹介してもらう事にした。


 


 翌日、ラウラに謝ろうと授業が終わって新入生がいる教室へ赴く。


「ラウラさんなら、もう帰りましたよ。ほら、あそこ」


 言われて外を見ると、昨日の銀髪の少女が、学院の門から出て行くところだった。

 フェリクスはお礼を言うと、急いで後を追いかける。

 学院の大勢がいる前で謝るのが恥ずかしかったので、今なら二人だけで謝れると思ったからだ。

 学院を出ると、ラウラが歩いて行った方向を目指して走る。

 後姿を見つけたと思ったら、通りの角へ消えて行ったので更に走る。

 角を曲がると、ラウラは既に先の角を曲がっていた。

 と言うか、何故か彼女も走っている。しかも意外に速い。

 暫く追い続けたが、フェリクスの息が上がる方が早く、ついに追いかけるのを諦めた時、彼女がある建物に入って行った。


「冒険者ギルド?」


 剣と杖の書かれた大きな看板を見上げながら、フェリクスは呟く。

 その建物は、冒険者が集まって組合を作り、依頼の斡旋や情報の共有等を行う施設で、常に巨大な剣を背負った大男や、漆黒のローブを纏った女が出入りしており、ギラギラした熱気に包まれていた。

 フェリクスは、出入りする冒険者に気圧されながらも、ソロソロと建物の中に入って行く。

 入り口付近で、ラウラを探していると、カウンターに座っている戦士風の男が声をかけて来た。


「坊主どうした、ママにでも会いに来たか?」

「まてジャック、お前には見えないかもしれんが、その子、後ろにサラマンダー背負ってやがる」


 カウンターの隣に座っていた、魔術師風の男が戦士を止めに入る。

 精霊と言うのは、個人の魔力差によって、見える者と見えない者がいるのだ。

 魔術師として生きる者には大概見えるが、戦士など一部の魔力が低い者だと見えない事が多い。


「あ? サラマンダー背負った子供って言ったら、アレか。教会の」


 と言うと、戦士風の男はフェリクスに近寄ってくる。


「坊主、ステファニーは、ここには来てないぜ」

「いえ、学院の女の子を探してるんですが」


 尚も辺りをきょろきょろして、ラウラを探す。


「女の子? ああ、あの子の事か。それなら一番奥のテーブルにいるぜ」


 突然、興味を無くした様に男は言うと、そのままカウンターへ戻っていった。


「おい、あれ」

「何で、サラマンダーがこんなところに」

「あれ、ステファニーのところのじゃないか?」


 フェリクスの背中に視線を向けた冒険者が、口々に呟いている中をかき分け進んでいく。

 やがて一番奥まで辿り着くと、隅っこのテーブルにちょこんと座って俯いているラウラを見つけた。


「ラウラさん」

「はいっ! ご指名ですか?」


 嬉しそうに顔を上げたラウラは、フェリクスと目が合うと、途端に顔が真っ赤になった。


「ななななっ」

「何でって、昨日の事を謝りに」

「どどどっどどどど」

「どうしてって、驚かせてしまったから」


 フェリクスはそう言うと、あわあわして見上げるラウラに改めて謝罪した。


「昨日は驚かせてしまって、ごめんなさい」

「あ……、いえ、こちらこそ、こそこそと、ごめんなさい」


(よかった、良い人だ……)

 ラウラは落ち着きを取り戻すと、胸に手を当て、深呼吸を一つした。


「まさおが好きなのかと思って」

「まさお?」

「こいつです」


 フェリクスは、背中にへばりついているまさおを剥がすと、テーブルの上に乗せる。


「まさお君って言うんですか。可愛いですねぇ」


 チロチロと舌を出しながら辺りを見るまさおを、ラウラは指でつつこうとする。


「お嬢さん、俺に触ると火傷するぜ」

「え、そうなんですか?」

「いや、今はテーブル燃やしたら怒られるから、熱は下げてるけど」


 意外と、社会常識のある精霊である。


「じゃあ大丈夫ですねぇ」


 と言うと、ラウラはべたべたとまさるを撫で始めた。

(それでも、普通に耐性の無い人が触れば、結構熱いんだけどねぇ)

 不思議に思いながら、まさるは気持ちよさそうに目を閉じると、舌をチロチロ出していた。


「ラウラさんは、冒険者なんですか?」


 目尻を下げてまさおを撫でまわしているラウラに、フェリクスは尋ねる。


「あ、ええ。一応」

「凄いですね」

「全然すごくないです」


 手を止めると、先程までの優しそうな笑顔に陰りが見え、少し俯く。


「うちは貧乏で、私も稼がなくちゃいけないんですけど、ある日クラレンス先生が来て学校に行かせてくれるって話になって、親も是非って言うから学校に入ったんです」


 ラウラは両指を絡ませると、何かに耐える様にぎゅっと握りしめる。


「それで、学校終わってからでも稼げる場所を、先生に聞いて冒険者登録したんですけど、全然呼ばれなくて、折角送り出してくれた親に苦労ばっかり掛けて……」


 俯く瞳に、涙が溢れ始めた。


「これ」


 フェリクスはポケットからハンカチを取り出すと、ラウラに渡す。


「ご、ごめんなさい」


 その優しさに、ラウラは更に涙を流し始める。

 どうしていいか分からないフェリクスは、ラウラが落ち着くのを待つしかなかった。

 やがて、落ち着き始めた頃を見計らって、フェリクスはラウラに問いかける。


「ラウラさんて、何の魔法が使えるんですか?」

「はい……」


 ラウラは呼吸を整えると、もう一度深呼吸してフェリクスの問いに答え始めた。


「プリーストの……中級と、土系をちょっとです」

「中級?」

「はい」 


 フェリクスが聞き返すと、ラウラはもじもじしながらも頷く。

 中級。

 聞き間違いではなかった。

 自分より年下に見えるこの子が、姉のステファニーと同じレベルだと言うのである。

 しかし、その力をもってしても、誰一人彼女を指名しない理由を不思議に思っていると、彼女自身が語り始めた。


「私の信仰する神は『シアリス』様なんです」

「誰? それ」


 フェリクスが聞いた事の無い、神の名前だった。


「あ、はい。シアリス様は『地下・豊穣』そして、……」


 最後の方でラウラは言葉を濁すが、フェリクスが真剣な瞳で待っているのを見て、改めて言い直す。


「シアリス様は、『地下・豊穣』、そして、『冥界』の神様なんです」


 ラウラは、小さい頃から地下室で遊ぶのが好きだった。

 外に出て遊ぶ時は、穴を掘り、その中で遊んだりもした。

 ある日、いつもの様に家の地下で遊んでいると、シアリスの声を聴き、気が付けば数々の魔法を使えるようになっていたらしい。


「私が冥界神のプリーストだと分かると、皆さん怖がって近づいてくれません」


 ラウラは、フェリクスの顔色を伺いながら、恐る恐る言葉を続ける。


「フェリクスさんも、私が怖いですか?」

「いや、知らなかったんで、特には」

「あ、え、冥界神ですよ?」


 問い返す瞳には、一縷の望みを込めた様な期待の光が灯っていた。


「何か悪い事してるの?」

「これと言って、何もしてませんが……」

「じゃあ、何も問題ないと思うんだけど」

「そう、……ですか。よかった」


 ラウラは、ほっと胸を撫で下ろすと、再び深い息を吐く。

 入学式の日、初めてフェリクスを見た時は、精霊と仲良く遊ぶ彼が珍しかった。

 そして次に、精霊と心を通わせる彼を見ていると、優しそうな人に見えた。

 それからは、段々と彼が気になり始め、次第に目で追うようになり、彼なら友達になってくれるのではないかと、淡い期待を持ち始める様になった。

 そして今日、思わぬ場所で出会い、感情の赴くまま、自らを曝け出してしまったのだが、それでも自分を受け入れてくれた様に思う。

(本当に、優しい人で良かった)

 ラウラは、今度は嬉し涙を目に浮かべていた。


「ちょっと、まさると遊んどいて」


 フェリクスはそう言うと、ギルドの受付カウンターへ歩き始める。

 暫くカウンターの受付とやり取りをして、戻って来たフェリクスは、一枚の紙切れを手にしていた。


「依頼を受けて来たから、一緒に行こう」

「え?」

「問題なく依頼を片付けていれば、いつかは皆も呼んでくれる様になる。多分」


 そう言ってまさるを背負うと、フェリクスはラウラに向けて手を差し出す。


「行こう」

「あ、ちょっと待ってください」


 ラウラはこの出会いに深く感謝すると、手を握り合わせシアリス神に祈りを捧げた。

 

 

 二人がギルドハウスを出て行くと、何処からともなくチョビ髭の紳士が現れ、受付カウンターに進んでいく。


「どうも、お手数をかけました」

「先生の頼みですから、依頼を出しましたけど、大丈夫なんですか?」

「ええ、全く問題ございません。あの子達は、ここにいる誰よりも強いのですから」


 満面の笑みで出口を見つめる紳士を、受付の男は不思議そうに見ていた。

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