第13話:新学期
「フェリクス、それよく熱くないわね」
ラザーニャを頬張るフェリクスの背後を見ながら、ステファニーがあきれ顔で尋ねる。
「姉さんのラザーニャは、熱々をハフハフ言いながら食べるのが美味しいんだ」
「そう、ありがと。そうじゃなくて、その背中にへばりついてるトカゲの事なんだけど」
ステファニーの視線は、フェリクスの背中越しにこちらを見つめている、赤いトカゲに向けられていた。
「ああ、まさお? まさおは熱くないよ」
「そう……」
「重くもないよ」
ステファニーは、眉間を指で押さえると、グリグリした。
最初、本当の名前をサラマンダー本人(?)に聞いたところ、「人間には教えられない」と、ドヤ顔で答えるので、仕方なく名前を付ける事になったのだが、フェリクスが付けた名前が『まさる』だったのだ。
それは流石にやめてくれと、ステファニーがフェリクスに頼んだ結果、まさおに変わった。
仕方ないので、まさおで妥協したのだが、その名前を聞く度にちょっとブルーになるステファニーであった。
しかも、サラマンダー自身はその名前で何の問題も無いと言う。それどころか、いたく気に入った様で、今でもご満悦の顔でこちらを見て、チロチロと下を伸ばしている。
ステファニーは、何故かちょっとイライラして来た。
「私は熱く感じるのに、なんでフェリクスは熱くないのよ」
「知らない」
「あねさん、それはフェリクスの兄貴が火の神プロメア様に認められてるからさ」
特に考える事無く答えるフェリクスに変わって、まさおが答える。
「兄貴って、あなた歳いくつなのよ」
「人間には教えられない」
ステファニーは、ドヤ顔で答えるまさおから視線を逸らすと、眉間を指で押さえ、グリグリした。
新学年が始まると、学院の賑やかさが一気に増した。
と、言うのも一学年増えたからだ。
しかも、今回の新入生は三十人と、前年の三倍である。
これもひとえに、クラレンスの営業努力(主にエステルの成長をアピール)の賜物だった。
サンストーム帝国において、貴族の中でもトップに君臨するカレンベルク家が融資する学院となれば、その他の貴族も我先にと追随する。
金の匂いに敏感な者が、貴族社会でも生き残るのだ。
始業式と入学式を兼ねた式典は、そつなく終わり、後は貴族同士の交流の場となった。
特に用の無くなったフェリクスは、杖の素材調達の報告に、学院長室へ来たのだが、クラレンスは貴族たちの相手で忙しいらしい。
仕方ないので廊下でまさおと遊んでいると、見知らぬ少女が廊下の隅からこちらを見ていた。
少しウエーブのかかった銀髪を肩口で切り揃え、白い肌に佇む水色の瞳は、見るからに大人しそうな印象を与える。
今まで学院で見た事が無いので、多分今年の新入生だろう。どうやら、まさおに興味がある様だ。
「!」
フェリクスと視線が合うと、柱の陰に隠れる。
再びまさおと遊び始めると、柱から顔をのぞかせ、ちらちらとこちらを見始めた。
もう一度目を合わせ、少女が柱に隠れた瞬間、フェリクスはまさおの尻尾を掴むと、力いっぱい廊下の反対側へシュートする。
「兄貴いぃぃぃ……」
少し情けない声を出しながら、まさおは少女がいる廊下とは反対側へ床を滑って行った。
柱から顔を出した少女は、まさおがいなくなってキョロキョロと探し始める。
「そこのお嬢さん、俺に用かい?」
廊下の反対側から回って来たまさおの声に、びくりと反応すると、少女はおそるおそる振り返る。
「よっ!」
そこには、少女の背丈と同じ程の長さがある真紅のトカゲが、短い前足を上げながら少女を見上げていた。
「わあああああぁぁぁん!」
耳に刺さるような悲鳴を上げると、少女は半泣きで廊下を走って行く。
少し可哀想なことをしたかもしれないと思ったフェリクスは、後で見かけたら謝っておこうと思った。
「おやおや、新入生を虐めてはいけませんよ」
逃げ出した少女の後ろから、クラレンスがまさおを抱えて現れる。
「う、ごめんなさい。後で謝ります」
「はい。是非そうしてあげてください。彼女は今年の特別枠で入学した、ラウラ・ハイネンさんです。教室は、前にあなた達が使用していた部屋ですので、そちらで聞いてみると良いでしょう。」
「分かりました。……先生、熱くないんですか?」
クラレンスからまさおを受け取りながら、フェリクスが不思議に思い尋ねた。
「これでも、魔術学院の学院長ですからね。それにしても……」
クラレンスは、フェリクスがまさおを背中に背負うのを見ながら話を続ける。
「竜の眼球を取りに行って、炎の精霊を捕まえて来るとは。君は面白い人ですね」
「竜の眼球も取って来ました」
「ほほう、見せて貰っても良いですか?」
フェリクスは、袋に入っている巨大な眼球を取り出すと、クラレンスに見せる。
「これは……、アイスドラゴン」
いつもにこやかなクラレンスから笑顔が消え、しばし言葉を失う。
相性的にフォレストドラゴンは倒せるとは言ったが、まさか炎と最悪の相性であるアイスドラゴンを倒してくるとは。
どうやって倒したのか、一魔術師としてクラレンスは、とても興味が沸いた。しかも、迷いの森にいるはずのないアイスドラゴンが何故いたのか、そこも気にかかる。
「フォレストじゃないとダメですか」
しばしの間、無言で竜の眼球を見ていたクラレンスを、フェリクスは不安そうに見上げる。
「いや、大丈夫です。むしろアイスドラゴンの眼球の方が魔力容量が高いので、より良い杖の素材だと言えます」
クラレンスは、ほっとしたフェリクスの頭を再びわしゃわしゃと撫で始める。
「素晴らしい! 実に素晴らしいですよ、フェリクス・エリオット君。 君は本当に私の期待以上の存在だ!」
クラレンスは、そのままフェリクスの頭をわしゃわしゃしながら、学院長室に入って行った。
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