第11話:杖の力
「フェリクスさん、勝負ですわ!」
もう何度目か分からない挑戦を、フェリクスは心底嫌そうな顔で聞いているのだが、他の生徒達は既にこのやり取りを毎月末の余興として楽しんでいた。
事の始まりは、フェリクスが入学した月末の授業後、
「勝負なさい!」
と、エステルが何の前触れもなく、フェリクスに発した一言である。
入学以来、常に成績トップを貫いて来ていたエステルにとって、フェリクスの入学は衝撃だった。
知識こそないものの、ファイア一つで圧倒的存在感を確立したのだ。
それ以降、エステルの影は薄くなり、常に成績トップを維持し続けても、以前の様な注目を浴びる事は無かった。
自らの拠り所である魔法において、他の者にこれ程までの差を見せつけられる事は、彼女にとって屈辱であり、自らの存在理由を脅かす根源でもあった。
要するに、滅茶苦茶悔しかった。
そして、件の宣誓である。
結果は二秒で決着。エステルは更に悔しさを増しただけだった。
以来、悔しさを増し続けて十一ヶ月。気が付けば学年最後の勝負を迎えていた。
ちなみに、これまでの対戦結果は、エステルの全敗である。
「いつもみたいになるとは思わない事ね」
余裕綽々の顔で、フェリクスを指さすエステル。
毎回いつものポーズと台詞なのだが、今回は様相が少々異なっていた。
何やら複数の杖を、自らの周囲に配置しているのだ。
フェリクスは、その杖を前回の勝負で見た記憶があった。確か魔法を装填して詠唱なしで行使する、チャージ式の武装である。短縮詠唱出来るフェリクスに対抗して、エステルが持ち込んだ秘策だった。
それを今回は、複数用意して来たと言う訳だ。どれも似たような形なので、チャージと開放だけ出来る量産品であろう。
「用意はいいかしら?」
エステルが、初撃に選んだ杖を両手に構える。
フェリクスは黙って頷くと、面倒くさそうに右手を掲げた。
いつの間にか審判役を買って出た生徒が、二人の間で手を振り上げる。
一瞬の間をおいて手を振り下ろした刹那、先に動いたのはエステルだった。
「開放!」
右手に持っていた杖を掲げると、魔法発動のキーワードを叫ぶ。
杖の先端にある水晶が発光すると同時に、エステルの周囲の景色が揺らいでいく。
そして、次に左手の杖を掲げた瞬間、
「あーっ!」
エステルの絶叫と共に、下に置いてある杖から、炎の柱が巻き上がった。
「何てことするのよ! これ高いんだから!」
量産品と言えど、マジックアイテムである。貴族でもそうポンポンと買える代物ではないだろうが、その全てが消し炭に変わって行く。
先に張っておいた耐火シールドに守られながら、灰になって行く杖を茫然と見つめるエステル。
「あ、あ……、フェリクスーっ!」
火柱が収まり視界が開けると、フェリクスに向かってエステルが叫ぶ。
しかし、当のフェリクスは既にその場にいなかった。
「先生、杖の作り方を教えてください」
いつの間にか学院長室に来ていたフェリクスは、テーブルを挟んでクラレンスに相談していた。
「ほう、フェリクス君も自分の杖が欲しい年頃になりましたか」
「何か便利そうだったので、あと、出来れば威力がどーんと上がる奴を」
フェリクスは壁に当たっていた。今まで授業や先生のアドバイスでファイアを強化してきたのだが、もう自らの工夫で出来る事が無くなってきたのだ。
「そうですねぇ……」
クラレンスは、チョビ髭を撫でながら思案する。
「フェリクス君は既に魔力を十二分に持っていますので、手っ取り早く強くするには力の融合でしょうか」
「力の融合?」
フェリクスは、首をかしげて考える。
「複数のファイアを合わせるのは効率が悪いから、最初から複数分の魔力を込めてますよ」
「そうではなくて、新たな力を足すのです」
「新たな力、……どこから?」
「精霊です」
「せい、れい……」
フェリクスは、何度か授業で聞いた事があるのを思い出す。
「ええ。炎の精霊に力を借りて威力を高めるのです。ですが――」
クラレンスは髭を伸ばしていた手を顎に当てると、少し険しい顔になる。
「この精霊を封じておく杖を作るのに、少し特殊な材料が必要でしてね」
少し悩んだ後、フェリクスの顔を見てクラレンスは答える。
「ドラゴンの眼球を使うんですが……、フェリクス君ならフォレストドラゴン辺りと渡り合えるでしょうかねぇ」
「ドラゴンって強いんですか?」
「強いですね。ただ、ドラゴンと言っても色々種類がいましてね、中でもフォレストドラゴンは弱点が火なので、フェリクス君でも大丈夫でしょう。多分」
クラレンスは気軽に言っているが、普通、十五歳の少年には逆立ちしても倒せるものではない。逆を言えば、それ程までにフェリクスのファイアを認めているのだが。
「何処にいるんですか、そのフォレストドラゴンは」
「ここからずっと南西にあるエルフの森の手前、『迷いの森』と言う場所が一番近いですね」
「迷うんですか」
「いえ、人生に迷った人が行くと、天啓を得る事があると言う、言い伝えが元らしいです」
「迷ってから行くんですね」
「まぁそうですね」
フェリクスは暫く考える様に遠い目で首を傾げていたが、やがて顔を上げると、
「じゃあ、春休みに行ってきます」
と言って学長室を後にした。
「はい、良い休日を」
フェリクスを送り出した後、クラレンスは自然と口角が吊り上がる。
(彼は、想像していた以上の逸材ですね)
彼自身の評価だけでなく、周りの生徒も刺激を受け、柔軟性を持った育ち方をしているのだ。
特に、エステル・カレンベルクの成長が著しかった。
それまでは成績優秀なだけの生徒だったのだが、毎月フェリクスと勝負しているのが功を奏しているのだろう、たった数秒の敗北の中で、実戦での判断力と魔法の応用方法を驚くべきスピードで上達させている。
(魔導院にいる石頭の連中の元だと、こうはいくまい)
今回の件でまた生徒を増やせるだろうと、クラレンスは一人ほくそ笑んだ。
「姉さん、明日から春休みなので、ちょっと迷いの森へ行ってきます」
フェリクスは、テーブルの向かいでスープを掬っているステファニーに話しかけると、鶏のパイ包みを頬張る。
「え、なんで?」
おおよそ、十五歳の少年が一人で行く訳が無い場所の名前を聞いて、至極当然な受け答えをステファニーは反射的にしていた。
「フォレストドラゴンの……」
「ダメです」
フェリクスが、特に意味も無くそんな事を言い出す子ではない事は、ステファニーは重々承知している。
しかし、フォレストドラゴンとは穏やかではない。ゴブリンやオークどころか、トロルやミノタウロスどころでもないのだ。
ステファニーが、理由を聞こうとすると、フェリクスが先に話始める。
「杖を作るのに、ドラゴンの眼球がいるんだ」
冗談で言っている目ではなかった。
魔法使いにとって、杖は補助道具である。予めチャージしておいた魔法を詠唱なしで開放したり、力の弱い術者が威力を補う為に使用するのだ。
それにもう一つ、自らの力を限界にまで上げた術者が、更なる力を求める時に使う手段でもある。
ドラゴンの眼球を使う杖と言うのは、紛れもなく後者が使う物だろう。
(もう杖を必要とするレベルまで、この子は成長したのか)
フェリクスが、まさると交わした何気ない約束を、今日まで愚直に繰り返している事をステファニーは知っている。
だから、反対する言葉はもう出なかった。
「三日待ちなさい」
「三日?」
「ええ。そしたら、お姉ちゃんも一緒に行くから」
眉間にしわを寄せ、上目遣いだったフェリクスが、みるみる笑顔に変わる。
「姉さん大好き」
「はいはい、私もフェリクス大好きだから、早くご飯食べてしまいなさい」
仕方がない顔をしながらも、ステファニーは、まさるとの約束を思い出していた。
(フェリクスを頼む)
初めて愛と言う感情を教えてくれた、異世界から来た勇者。彼の最後の眼差しを思い出すと、今でも胸の中にじわりと痛みが広がる。
「どこか痛いの?」
「ううん、大丈夫よ」
心配そうにのぞき込むフェリクスに笑顔を向けると、ステファニーは食事を再開した。
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