第10話:クラレンス魔術学院

 更に二年程時が過ぎ、フェリクスが十四歳のある日、いつもの様にステファニーが教会から帰ってくると、宿舎の前にフェリクスと見慣れない人物が立っていた。


「お宅のお子さんを是非、我が学び舎へ!」


 フェリクスと共にいた初老の紳士っぽい人物が、ステファニーを見かけるといきなり詰め寄って来る。


「息子じゃありませんっ!」


 と言いつつも、ステファニーは最近の激務が影響しているのかと、髪や肌の荒れをチェックし始める。

(まだ十八歳よ! 十八歳って若い……わよね?)


「これは失礼。しかしこの子は是非、我がクラレンス魔術学院へ来るべきなのです。それ程の逸材なのです!」


 しきりにあちこちの肌を確認しているステファニーへ、まだ熱心に語り掛けて来る一見初老の紳士。

 彼の名前は、クラレンス・コーネル。

 新興の魔術学校、『クラレンス魔術学院』の学院長で、通りすがりに短縮詠唱で魔法の練習をしていたフェリクスを見た途端、『これは!』と思ったらしい。

 突然の事に話が見えないステファニーは、立ち話も何だと、取り敢えず二人を宿舎へ入れた。


「で、フェリクスを学院にと言う話ですが」


 まだ気にしているのか、弟の部分を強調するステファニーは、クラレンスへ紅茶を差し出しすと、自身も席に着いて話を聞く体制に入る。


「ええ。まず学院の話から始めさせていただきます」

「お断りします」

「えっ?」


 まだ何も話していないのに、いきなり断られ絶句するクラレンス。


「恥ずかしながら、うちにそんな余裕はございませんので」


 フェリクスに読み書きを教えたのはステファニーで、フェリクス自身は学校には行っていない。(ステファニーは学校に行っていた)

 どの国でもそうなのだが、子供を学校に行かせるのは、概ね貴族と相場が決まっている。ましてや魔術学校だと、道具や触媒で更にその費用は跳ね上がるのだ。平民で行けるとしたら商人の子供くらいだろう。

 現在、いかにステファニーが教会で一番人気のシスターと言えど、楽に魔術学校に行かせられる程の収入ではなかった。


「ああ、学費は結構でございます」

「弟を、宜しくお願いします」


 ステファニーは、クラレンスへ頭を下げた。


「姉さん、はやっ!」


 クラレンス魔術学院は新興の学校なのでまだ生徒が少ない。その為、勧誘には『実績』が必要なのだった。そこに、短縮詠唱のできるフェリクスが入学すれば、その効果は計り知れない。フェリクス一人の学費を免除しても有り余る結果が、クラレンスの中で既に計算されていた。


「フェリクス、読み書きは私が教えられるけど、魔法は無理だからね。学べる機会があるのならば、それは活かすべきよ」

「でも、姉さん」

「あら、勇者がそんな事で良いの?」

「行ってきます」


 勇者と言われたら行かない訳にはいかない。何せ、勇者はどんな困難にも立ち向かわなければならないのだ。それが例え学校でも。


「それでは、早速四月より入学という事で、話を進めさせていただきます」

「四月って、あと一週間しかないですね……」


 ステファニーにとっては怒涛の一週間になったのは言うまでもない。




「と言う訳で、今日から新しく仲間になります、フェリクス君です。皆さん仲良くしてくださいね」

「フェリクス・エリオットです。宜しくお願いします」


 ぱちぱちと、まばらな拍手が起こる。

 まばらな訳はフェリクスが歓迎されていないのではなく、生徒自体がまばらにしかいなかったからである。三十人は入る教室に、座っている生徒は僅か十人足らずだった。

 それなのに学院が存続している理由は、ひとえに巨大なパトロンの存在にある。

 サンストーム帝国の大貴族である、カレンベルク家を筆頭に、名だたる貴族がその名を連ねているのだ。


「それでは、フェリクス君の席は、っと」


 先生(と言ってもまだ若い女性、フェリクスが見るに、ステファニーくらい)が、周囲を見渡す。席は、より取り見取りだ。


「ここにしましょう」


 先生が指さしたのは、真正面の最前列だった。隣には艶やかな金髪を三つ編みに束ねた少女が、深い緑色の瞳をこちらに向けている。目つきがちょっと鋭い。


「宜しくお願いします」

「宜しく。わたしはエステル・カレンベルクよ」

 

 フェリクスが声をかけながら席に付くと、目つきの鋭い少女は不愛想に答えた。


「あなた、魔法何が使えるの?」

「えっと……」


 聞かれたフェリクスは、右手を掲げると一言、


『ファイア』


 と唱えた。


 その日、学校はボヤ騒ぎで臨時休校となった。





 幸い、校舎の被害は天井がちょっと黒くなっただけなので、翌日には授業が再開された。


「えーそれでは、授業を始めます」


 それ以外に変化があったと言えば、


「ねーねー、アレどうやったの?」

「あれただのファイアじゃないよね?」

「かっこよかったー」


 生徒の席が、やたら中央に密集したぐらいである。


「では、新学期という事で、今までのおさらいをしましょう」


 先生は、この状況を華麗にスルーして授業を続ける。若いのに、中々に肝が据わっている人物の様だ。


「教科書は……フェリクスさんは持っていない様だから、エステルさんが見せてあげてくださいね」

「はい」

 

 不機嫌そうな返事をすると、エステルが本のページを開いて、フェリクスに半分見せる様な形で寄せて来る。


「え、魔法って本読んで勉強するの?」

「え、今までどうやって魔法勉強してたの?」


 エステルは、フェリクスの質問に思わず質問で返してしまうくらい呆気に取られていた。

 結局、その日は一日中エステルが付きっきりで、フェリクスに魔法の基礎を叩き込む事になった。

 それも、エステルが優秀で今までのおさらいをする必要が無かったからなのだが。

 

 この世界の魔法と言うものは、主に神々の権能を人間が代行して行使する形態である。

 炎なら炎の神プロメア、風なら風神アネモイラ、土と回復系は大地母神ガロイアと言った具合だ。 

 その強弱は、唱える呪文(神々への訴え方)や、注ぎ込む魔力の差によって現れ、詠唱者の力量が問われる。

 一つの事を集中して習得すると、フェリクスの様に神に名前を憶えて貰え、更なる力(この場合は短縮詠唱)を授かる事も可能だ。

 そして更に極めていくと、神に『祝福』される。

 祝福とは、この世界において神の代行者として認められる事で、一つの神が祝福する人数は、世界にたった一人しかいない。

 それ故、その力は絶大なものだ。

 ちなみにサンストームにある、聖ガロイア教会の法王、コルネリウス・エクルストンは、大地母神ガロイアに祝福された『聖王』であり、世界で唯一、異世界から人物を召喚できる。

 戦いの神レーアスに祝福された者は『剣聖』、雷神ゼロスに祝福された者は『雷帝』と、それぞれの神によって呼ばれ方が様々だが、一括りで言えば『神の代行者』となる。

 かの魔王カラックも、破壊神シルヴァスに祝福された『神の代行者』なのだ。


 こうして丸一日エステルの個人授業は続き、終わる頃には、他の生徒は皆帰っていた。

(注ぎ込む魔力で威力が変わる)

 フェリクスは、エステルから聞いた事を早速実践しようと、帰る前に学院併設の練習場へ立ち寄った。

 まず手始めに、十発分の魔力を込めてファイアを唱えてみる。

 

『ファイア』

 

 昔、プロメアに力を授かった時を教訓に、いつものファイアより遠くで顕現させた。

 ゴウッと空気を巻き込む轟音と共に赤い炎の塊が遠くに現れる。しかし、その炎は周囲の空気をはらんで、あっという間に目前まで迫って来た。


「あぶなっ!」


 フェリクスはすぐに掲げていた手を握ると、炎を消す。

(これは凄い)

 想像以上に効果が拡大された事に、正直びっくりしていた。


「こらああぁぁぁ!」


 その時、家からの迎えを待っていたエステルが、惨状を目の当たりにして怒鳴り込んで来た。

 熱気がまだ辺りに漂う中、走って来たエステルは仁王立ちになると、フェリクスに向けてビシッと指を指す。


「何やってんのよ!」

「ちょっと練習を」

「ちょっとじゃないわよ! 何の魔法よ!」

「ファイア」

「あれがファイアな訳ないでしょ!」


 物凄い剣幕で捲し立てるエステルに、説明するのが面倒くさくなったフェリクスは、再び右手を掲げる。


『ファイア』

「あっつ!」


 再び迫ってくる巨大な炎の玉に、エステルは頭を押さえしゃがみ込んだ。


「ほら、ファイア」 

「熱いじゃないの!」


 今度は違う理由で怒られ始める。

 どうすれば怒られないのか、途方に暮れていたフェリクスは、結局エステルのお迎えが来るまで、延々と怒られていた。

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