第8話:二度目の終止符

「てめぇ、何者だ」


 アルフレッドは剣を抜くと、構えながらジリジリと間合いを詰めていく。その後ろでナタリアは既に呪文を唱え始めていた。


「これは失礼。わたくし、破壊の神シルヴァスに祝福されし魔王、カラックと申します。」


 カラックと名乗った男は、仰々しく名乗りを上げると、優雅に腰を屈めた。

 刹那、アルフレッドが一瞬で間合いに入ると、猛烈な勢いで下げた頭に向け剣を叩き込む。

 しかし、カラックは頭を上げる事無く、その斬撃を右手ではじき返した。

 二撃、三撃と打ち続け、十数撃もの斬撃をひと呼吸の内に打ち込むが、その悉くをはじき返す。

 まさるはその攻防を目を凝らして見つめていたが、剣筋は疎か、何撃打ち込んだかさえも把握できていなかった。

 有効打を与えられないと悟ったアルフレッドは、間髪入れずその場を飛びのく。

 瞬間、今度はカラックの足元から炎の柱が巻き上がった。

 周囲の空気をはらんで巻き上がる炎は、辺りを紅蓮の色に染め上げて標的を焼き尽くした。

 

「おやおや」


 かの様に見えた。


「名乗りを上げているうちに不意打ちとは、礼儀がなっていませんねぇ」


 煙を上げる体を両手ではたくと、纏っていた衣装の名残が灰となって零れ落ちる。

 そして布を広げたような音がしたかと思うと、カラックの背後には二つの大きな蝙蝠の羽が広がっていた。


「ヴァンパイア・ロードの魔王が、こんなところに何の用だよ」


 圧倒的な力の差に逃げ出す事も出来ず、隙を伺おうとするアルフレッドは、話しながら助かる道を模索していた。


「この度、勇者が召喚されたと聞きまして」


 カラックの顔がまさるに向く。その視線だけで身動きが取れないほどの威圧感だった。


「成長されると、いささか面倒なので、今のうちに倒しておこうと参りました」


 今度は、ニヤリと笑いかけて来る。

(こんなのと、どう戦えと)

 まさるは、十年経っても魔王はおろか、アルフレッドにすら勝てない気がした。


「そ、そうか! 勇者に用があるなら、くれてやる。その代わり俺たちは去らせてもらうぜ」


 命あっての物種。金は惜しいが、魔王に勝てる道理など無いので、アルフレッドはナタリアを伴って後ずさりし始めた。


「そうしていただけると、有り難いですね。……ただ」


 カラックが右手を眼前に掲げる。


「名も語らない輩がどうなろうと、私の知った事でもございませんが」


 掲げた手のひらを握ると同時に、二人は無数の石の楔に串刺しにされていた。

 二人の断末魔の叫びが途絶えると、しばしの静寂が流れる。

 カラックは、まさるがどう動くのかを待っている様だった。

(魔王に殺されるのは確定だろう。そうなれば、後はどうやって二人を助けるかだ)

 もはや、自分の命が助からない事を、まさるは酷く冷静に受け止めていた。


「魔王カラック、あなたとの一騎打ちを所望したい」


 そして、何処かのアニメで聞いたようなセリフを言う。


「ほほう」


 カラックが再びニヤリと笑う。

(やはり、紳士キャラか。ならば……)

 格式を重んじるなら、これは乗ってくれるだろう。そう思ったさまるは、更に芝居がかった台詞を続ける。


「魔王と勇者の戦いの見届け人として、この二人には手を出さないで欲しい」


 子供と処女の僧侶プリースト。その血はとても美味であろうが、カラックは非常に気分が良かったので、その提案を受ける事にした。


「宜しいでしょう。」

「かたじけない。勇者、さとう・まさるの名においてお礼を申し上げる」


「良い! 良いですね、あなた!」


 まさるの芝居がかった台詞に、カラックは興奮気味に答える。この魔王、結構中二病をこじらせてるのかもしれない。


「まさる、どうしたの?」


 フェリクスが目を覚ましたようだ。事情が分からず不思議そうにまさるを見つめている。


「フェリクス、これから勇者が魔王と戦う。多分負けるけど、しっかり見ていてくれ」


 言われた事がよく分かっていないが、勇者が負けると言う言葉で涙目になる。


「えぇ~、まけちゃいやだ」

「出来れば勝ちたいんだけどねぇ。負けると分かってても勇者だから行かなきゃいけないんだ」


 まさるは、フェリクスの頭を撫でながら諭した。


「守りたい人の為に、勇敢であるのが勇者だから。フェリクスも大事な人を守れるように強くなれよ」

「私もご一緒に!」


 ステファニーが立ち上がるのを、まさるは手で制する。


「フェリクスを一人にはできない」


 まさるの言葉に一度は止まるが、それでも諦めきれない瞳がまさるを見上げた。


「でしたら、せめて加護の祈りを捧げさせてください」


 ステファニーは立ち上がり、まさるの前に立つと、胸のロザリオを両手で握る。


「目を瞑ってください」


 まさるは、少しでも長くこの愛しい少女を見ていたかったのだが、言われるままに目を閉じた。


「我が大地母神ガロイアの名において、我が愛する者に祝福と加護を与え給へ」

「!」


 その言葉に驚いて目を開いたまさるの眼前には、ステファニーの顔があった。そしてその唇が優しくまさるに触れる。

(やばい! 殺される前に死んでしまう!)

 突然の展開にまさるの鼓動は、心不全手前までオーバードライブしていた。

 

「神のご加護と、私の好意の全てをあなたへ」


 唇が離れると、はにかむような表情でそっと呟く。


「僕もずっと好きだった」


 まさるは思わずステファニーを抱きしめると、今度は自分からキスした。

 もう魔王討伐とか、どうでもいいから魔王にはお引き取り願って、ずっと二人でこうしていたかった。

 しかし、それが叶わない事だと知っているまさるは、名残惜しそうにステファニーを開放する。


「ありがとう」


 最後の言葉を告げると、まさるは馬車を下りた。後ろですすり泣く声に、後ろ髪を引かれる。


「お待たせしました」

「いえいえ、良いものを見させていただきました」


 やはり、奴は芝居じみた行動がお好きなようだ。

(なら、僕のこの後の行動も決まっている。いかに魔王に気分よく僕を殺してもらうか。上手くいけば、彼は約束を守るだろう)

 この世界を救う事は出来ないが、この世界で最も大切な二人を助ける事が出来るなら、まさるはそれで良いかと思った。

 前の世界では誰かを救うどころか、自ら命を絶ったのだから、今回は上出来だ。

 まさるは覚悟を決めると、剣を抜き正面に構え深く息を吸い込んだ。


「ラダールの勇者、さとう・まさるの名において、汝、魔王カラックに一騎打ちを申し込む!」

「我、破壊の神シルヴァスに祝福されし魔王、カラックの名において、謹んでお受けいたしましょう」


 再び恭しく一礼する。


「なお、ここに同席する、ステファニー・ブルックスとフェリクス・エリオットの両名は、見届け人として生命の保護を約束願いたい」

「委細、承りました」


 満足そうな顔でカラックは応える。


「では、尋常に勝負!」


 まさるは走った。今までで一番早く。それでもカラックまでの距離が中々縮まらない。

(これって、もしかして走馬灯ってやつ?)

 永遠とも思える時間を走り続け、ようやくカラックの元に辿り着くと、構えていた剣を振り上げる。


「はああああぁぁぁぁ!」


 まさるは剣を振り下ろした。今までで一番早く、今までで一番鋭く。それを嬉々とした表情で迎え撃つカラックは、右手を振りかぶると抜き手を放って来た。

(あれ? 意外と遅いな)

 迫ってくるカラックの抜き手が、やけに遅く見える。これなら交わせると思ったまさるは、体を捻ろうとするが、そこで違和感に気付いた。

(体が動かない)

 いや、正確には動いていた。ただ、まさるの意識に体がついて来ていないのだった。

 現にまさるの剣はいまだにカラックへ向けて振り下ろされている。しかも、カラックの右手の動きより遅くだ。

(まぁそうだよね)

 ここから覚醒して大逆転とか都合がよすぎる。それこそ、アニメやゲームだ。

 まさるは諦めを感じながらも、最後まで力いっぱい剣を振り下ろした。

 当たり前の様に、刃はカラックに届く事無く、左手の爪で難なく弾き返される。

 そして、カラックの右手は、まさるの左胸を貫いていた。


「どうか……二人を、がはっ!」


 痛みで気が狂いそうになる中、まさるは最後まで二人の命を嘆願するが、途中で吐き出される血しぶきによってかき消されていく。


「あなたは実に素晴らしい勇者でした。我が名において約定は必ずや果たされるでしょう」


 満足した表情でまさるから手を抜くと、カラックは手にしていたものを握りつぶす。

 崩れ行くまさるに優雅な一礼を手向けると、後は無数の蝙蝠となってその場から去って行った。

 一人残されたまさるは、胸に開いた穴から大量の血を流しながら崩れ落ちる。


『おお、まさる! しんでしまうとはなさけない』


(ほんと、情けないね。でも前世よりは頑張ったでしょ。ってか、この声女の人だったんだ……)

 暗くなってゆく視界の中で、まさるはどこかで聞いた事のある台詞を思い出しながら、永遠に続く眠りに就いた。

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