第6話:芽生え
「なにこれ? 何か頭に文字が浮かんでくるんですけど……」
いつもの様に、山で何匹目かの魔物を倒した時、突然まさるの脳裏にある言葉が浮かんできた。
(炎の神プロメアの名において、彼の者を焼き払え)
なんか呪文っぽい。
「ああ、それは何かの呪文を覚えた様ね」
ナタリアが、説明をしてくる。
呪文! 異世界物の華の一つ、魔法である。この日をどれだけ待ちわびた事か。
まさるは興奮すると、アニメでよくある風に右手を掲げ、新たに現れたコボルドに向け早速呪文を唱え始めた。
『炎の神プロメアの名において、彼の者を焼き払え!』
瞬間、まさるは手のひらに何かが集まってくるのを感じる。そして、『ボッ!』と言う音と共に火の玉が現れると、それは真っ直ぐに飛んで行った。
「おおっ!」
しかしコボルドは、飛んでくる火の玉を難なく横っ飛びで交わすと、そそくさと逃げ出してしまう。
「お?」
そのまま飛んで行った火の玉は、枯れ草に燃え移り、辺り一面を火の海にする。
「おわあああああー!」
ナタリアが氷の呪文で消火をしている間に、まさるは逃げ出したコボルドを仕留めに走った。
無事、コボルドを倒し戻ってくると、消火を済ませたナタリアから魔法のレクチャーを受ける。
「今のはファイアね。火炎系の初歩的な呪文よ。飛ばした後も意識を集中すれば操作できるようになるから、そこは練習が必要ね」
「ふむふむ」
「ただ、練習する時は、村でやった方が良いわ」
「何故です?」
「魔力が切れると、気を失う事があるから」
「なるほど。MPが切れると気絶か」
まさるは、もう一度放ちたい衝動に駆られるが、気絶と言うリスクを聞いて踏みとどまる。
結局その日は、MP切れを懸念して魔法は使わず、剣での特訓を続けた。
そして翌日。まさるはアルフレッドに剣の特訓の休みを申請して、魔法の特訓をする事にした。
村長に頼んで、鉄板を重ねた壁を用意してもらい、その前に丸太の標的を設置する。事前に水をよく染み込ませてあるので、燃えはしないだろう。
設置の確認を済ませると、早速魔法の練習を開始する。
まず、現状で何発撃てるのか試してみた。
一発、問題ない。二発、問題ない三発、四発、五発目に少し眩暈がした。
後ろで見ているナタリアに相談すると、眩暈が出るのは魔力切れの兆候との事で、それ以上無理して唱えると、気絶に至るらしい。
三十分程休憩すれば全回復するらしいので、まさるは木陰に入って休憩を始めた。
今日は魔法の練習だけなので、ナタリアとステファニーが指導についている。アルフレッドは何処かに行っている様だ。
「まさるー!」
休憩を終え、再び練習に入ろうとすると、見慣れた小さな姿が走って来る。
村長の息子のフェリクスだ。
いつもは、食事時にしか会えないので、村にまさるがいるのが嬉しいのだろう。トコトコとまさるの傍まで走ってくると、キラキラした目で見上げる。
「なにしてるの?」
「今日は、勇者の最強の魔法を練習してるんだ」
(今使える魔法の中でだけどね)
まさるはしゃがみ込むと、心の中で補足しながら、フェリクスに説明をする。
『勇者の最強の魔法』と言う言葉に、フェリクスの瞳が更にキラキラし始めた。異世界でもやはり魔法は人気の様だ。
「フェリクスもやるか?」
「うんっ!」
まさるが詠唱する横で、フェリクスが見様見真似で呪文を唱える。
『炎の神プロメアの名において、彼の者を焼き払え!』
『ほのおのかに、ぷろめかのないて、かのもろをやきはえ!』
まさるの手からは炎の玉が飛ぶのに、自分のは出なくてフェリクスは不思議そうに
手を見ている。
「ははは、そう簡単に勇者の技はできないぞぉ」
「もういっかい!」
「お、その意気だ。いくぞ!」
二人が仲良く詠唱する様子を、ステファニーは微笑ましく眺めていた。
(彼に好意を持つ)
まさるに言われてから、気にする様になった事だ。
元々は、父の命令として来ていたので、自分の意思と言うものが介在する余地は無かった。
しかし、彼は「自分を一人の男として好意を寄せてくれるなら」と言う。
そこで、一度命令と言う枷を取り除いて、自分自身が彼の事をどう思っているのか、ここ数日考えていたのだ。
結果、導き出した答えは『分からない』だった。
なにせ、ステファニー自身が恋愛を経験した事が無く、果たして恋と言う感情がどういうものなのか、それすらも判断できないレベルなのである。
ただ、今まさるを見ていて思うのは、彼が優しい人物である。という事ぐらいだった。
周りの大人といる時には、壁を作ったように踏み込んでこないし、踏み込ませない。
それが、フェリクスの時だけは、その壁を取り去るのである。
元の世界で、どの様な戦いがあったのかは想像できないが、彼の本当の姿がこちらである事は、その笑顔を見れば誰でも気付くだろう。
そして、その笑顔を見ていると、いつの間にか釣られて微笑んでいる自分がおり、胸の奥が暖かい事に気付く。
しかし、この胸の奥の暖かいモノが何かは、彼女にはまだ分からないのだった。
ステファニーが見守る中、まさおとフェリクスの二人は魔法の練習を続けていたが、やがて日が山に消え始める頃、
「よーし、これで最後だ」
「うん!」
二人は右手を掲げ、本日最後の呪文を唱え始める。
「『炎の神プロメアの名において、彼の者を焼き払え!』」
フェリクスもまさると同様、呪文を唱えられるまでに成長していた。
まさるが意識を集中して手を動かすと、それに合わせて炎の玉も軌道を変えながら標的に命中する。
そして、遅れて小さな炎の玉が飛んでくると、ふわふわと標的に当たった。
「フェリクス? やったな!」
まさるが横を見ると、フェリクスが地面に突っ伏していた。
「村長おおおぉぉぉぉ!」
まさるは、フェリクスを抱えると、村長の家まで一目散にダッシュする。
慌てて村長に見せるが、どうやら魔力不足で、気絶してしまっただけらしい。子供で初めて魔法を撃ったならそんなものだと説明されるが、まさるは気が気ではない。
やがて、村長の言うとおりに三十分程寝かせておくと、フェリクスは目を覚まし、その時初めて、まさるは人心地ついた気分になった。
気絶したのに余程楽しかったのか、夕食時の会話でもフェリクスは、明日以降も練習を続けたいとはしゃいでいた。
「よし、勇者の最強の魔法だからな、毎日練習しないとマスターできないぞ? でも、僕がいない時は一人で練習しない事。必ず誰かと一緒にやるんだ。いいね?」
「うん!」
まさるはフェリクスに念を押すと、食事を済ませ部屋に戻った。
「勇者様、今日もお話宜しいでしょうか?」
「ああ、いいよ。今日は何を話そうか」
今までなら、部屋に戻ると即就寝だったのだが、最近はステファニーがまさるの元居た世界の事を聞きたがるようになったのだ。
文化や食事、女性の立ち位置や恋愛など、その話の中から、まさるの事を知ろうとするひたむきさを感じ、まさるはステファニーにますます惹かれていく。
(そろそろヤバイかも知れん)
比較的健全な青少年であるまさるは、己との戦いが最終フェイズに突入し始めている事を確信した。
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