第4話:アルウッド村

 アルウッド村。

 そこは、ラダールと隣国カーリアを繋ぐ回廊の国境付近にある、僅か二十人程が住む辺境の村である。

 元々は、斥候部隊の詰所的役割を担っている場所であったのだが、長く戦いの無い状態が続き、兵士の入れ替えなどの手間を考えて、そこに住み着く様になったのが始まりだ。

 以来、『斥候をしつつ、生活をしている人々が住んでいるところ』と言うのが、アルウッド村の正しい認識であろう。

 まさる達一行は、この地へ着くと早々に村長と面会していた。


「ようこそアルウッドへ。私はクリス・エリオット、この村の村長です」


 にこやかに挨拶をすると、まだ三十代前半に見える男が筋肉質の手を差し出してくる。

 村長と名乗っているが、実質は斥候部隊の隊長である。握手をする度に、腰に提げている剣がカチャカチャと金具を鳴らしていた。 

 まさるは、握った分厚い手のひらの感触に目を丸くし、自分の手を眺める。

(こんな手になるまで、何年剣を振り続けたのだろうか)

 これからの道のりの険しさに、軽く眩暈がした。


「事情はお伺いしております。滞在の間は出来るだけサポートさせていただきますので、宜しくお願いします」


 各々挨拶を済ませると、他の村人との顔合わせを行う。修行中に見ず知らずの顔に会うと、良ければ捕縛、悪くて殺されかねないからだ。

 顔合わせと言っても、堅苦しいものではなく、食事を兼ねた歓迎会の様な物だった。

 最年少は九歳から最年長は四十手前まで、皆気さくで、まさるに好意的に接してくれている。

 しかし、元の世界で虐められていたまさるにとって、大勢の人の中にいる事は居心地が悪く、自然と隅の方に逃げてしまっていた。


「おにいちゃん、勇者なの?」


 この村で最年少の少年が物珍しそうに近寄ってくると、まさるを見上げながら話しかけて来る。


「そうだよぅ」


 まさるはしゃがみ込むと、村長の息子である少年の頭に手を置いて撫でる。敵意を感じさせない純真な瞳に、自分でも無意識に警戒心を解いていた。

(もし、関係者以外に話すと記憶を消されます。ちなみに聞いてしまった者は、存在を消されます) 

 ふと、セバスチャンの言葉が脳裏によみがえる。

 つい、勇者であることを肯定してしまったが、この村の住人全てが『関係者』なので問題はないだろう、多分。と自分を納得させる。

 

「可愛らしい坊やですわね」


 まさるより三歳年下のステファニーは、年齢的に話が合わなかったのか、貴族の令嬢として平民と話が合わなかったのか、徐々に人の輪を離れると、まさるの元にやって来ていた。


「お名前は何と申しますの?」


 まさると同様にしゃがむと、少年に問いかける。


「フェリクス! おねえちゃんも、勇者なの?」

「フェリクス、良い名前ですね。私は勇者ではないですよ」


 優し気な表情で答えるステファニーは、年相応の少女に見える。

 思えば、彼女がこの様な自然な笑顔を見せるのは初めてな気がする。

 出会った時から、にこやかにはしていたが、何かよそよそしいと言うか、『造り物』っぽかったのだ。しかも、必要最低限の事以外は口を開こうとしない。言わば、『仕方なしに付き合っている』感がありありと滲み出ていたのだ。

 大方、権利欲の塊のような父親に、無理やり勇者のお供としてあてがわれたのだろう。自由の無い少女を不憫に思いながら、

(自分も似たようなものか)

 と、フェリクスと話す彼女をぼんやりと見つめていた。


 やがて宴が終わると、各々に部屋があてがわれたのだが、

(なんだこれ)

 今、まさるはステファニーと一つ屋根の下、二人きりになっていた。

 アルフレッドとナタリアは、そそくさと空いている家に入って行った。あの二人は道中の様子を見ていて分かったが、出来ている。

 それは解るのだが、残った二人を同じ部屋に入れるとか、何を考えているのか。檻の中のライオンに餌を投げ込むようなものではないか。

 しかし、ステファニーは文句ひとつ言う事無く、就寝の準備を始めている。となると、これも想定の範囲内なのだろうか。

(これは、もしかしてハーレムルートの第一歩なのか!)

 まさるは興奮気味に妄想世界に突入すると、あれこれシミュレーションを始めていた。

 そんなまさるに背を向け、服を脱いで薄手の衣装になったステファニーは、ぎこちない動きでベッドに入っていく。

 それをまじまじと見るほど根性の座っていないまさるは、隣のベッドでステファニーに背を向けて壁を見つめたままだった。

 暫くして音がしなくなったので、まさるが恐る恐る振り返ると、ステファニーは頭から布団を被っていた。静かに呼吸するたび、布団が上下している。


「あの……」


 まさるが声をかけると、一瞬ビクッと布団が揺れる。


「嫌だったら、部屋を変えて貰っていいですよ?」

「……問題ございません。私は勇者様のサポートとして来ておりますので、勇者様のお好きな様になさってくださいませ」


 少し間が開き、布団の中から籠った声でステファニーが答える。

『勇者様』。思い返せば、まだ一度も彼女に名前で呼ばれていない事に気付く。

 一人の人間としてすら見られていないのかと思うと、まさるは急激に熱が冷めていくのを感じた。


「じゃあ、好きにするよ」


 まさるはランプの明かりを消すと、布団にもぐり込む。


「おやすみ、ステファニー」

「……おやすみなさいませ、勇者様」


 静寂に包まれた中、早鐘を打っていた鼓動が静まっていくのをステファニーは感じる。

(何をやっているのよ!)

 それと共に、僅かに焦りも感じ始めていた。

 彼女が父親から受けた命は、「勇者の子を成して来い」と言うものだった。

 勇者の血族というのは、王族に次ぐ権威として世界的に認知されており、上位貴族の連中が、喉から手が出るほど欲している物だった。

 この世界の貴族社会では、長男以外は全て『権力闘争の道具』として扱われ、自由意志での恋愛など成立しなかった。ちなみに長男は『家名を存続させる為の道具』である。

 ステファニーは上流貴族、ブルックス家の三女として生を受けて以来、いずれはそうなる者として教育を受けて来た。

 だから、勇者が求めて来ても、甘んじて受け入れるつもりでいた。

 しかし、そうはならなかった。

 そうなれば、自分から行かなければならないのだが、彼女にはまだそこまでの決意が出来ていなかった。

(まだ始まったばかりだ)

 自分に言い聞かせると、ステファニーは無理やり眠りに就く事にした。




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