第3話:勇者のパーティー

 まさるが目覚めたのは、白いシーツに包まれたふかふかのベッドの上だった。

 この世界に来て、初めてまともな場所で眠っている事に気付くと、そのあまりの気持ち良さに、再び目を閉じる。


「おっ、まさる殿、気づかれましたかな?」


 むさ苦しい声がまさるに呼びかけた。

 しかし、まさるはその呼びかけには応えなかった。

 これが、美少女だったりしたら飛び起きていたのだが、目を覚ました瞬間、視界に飛び込んできたのは鎧を着込んだむさ苦しいおっさんだったのだ。


「気のせいじゃないの?」

「呼びましたか?」


 女性の声に反応したまさるは、既にベッドから身を起こし、辺りを見回していた。

 目の前のやたらと表面積の広い、むさ苦しいおっさんの後ろにその女性はいた。寝たままでは、おっさんが邪魔で見えなかったのだ。

 滑らかな金髪を腰辺りまで垂らし、少し濃い目の碧眼は涼やかな視線をまさるに注いでいる。一見して魔術師とわかる黒いローブから覗く肌は白く、大人びだ色香を漂わせていた。


「あら、本当に起きた様ね」


 女性は穏やかな笑みを浮かべると、表面積の広いおっさんの横まで歩いて来る。


「私は、ナタリア・コールマン。勇者様のサポートを仰せつかった魔術師ウィッチよ。宜しくね」


 すらりとした細い指がまさるの眼前に差し出される。


「宜しくお願いします! そりゃもう、色々と」


 まさるは、ナタリアの手を両手でがっしりと掴んだ。


「おいおい、俺を忘れて貰っちゃあ困るな。アルフレッド・キャベンディッシュだ。宜しくな!」


 表面積の広いむさ苦しい男が、ごつい手を差し出してくる。


「あ、はい。宜しく」


 まさるはおざなりに握手を済ませると、辺りをもう一度見回す。

 広さは六畳程だろうか、白い壁に包まれた空間には、自分が寝ているベッドの他には小さなテーブルと椅子が、一組置かれているだけである。


「後からもう一人来るから、三人が揃ったら今後の話をしよう。」


 アルフレッドはそう言うと、陶器の壺からルビー色の液体をグラスに注ぎ、まさるに差し出す。


「気付けの一杯だ。飲んでおけ」

「水は無いんですか?」

「水なんか飲んでたら腹壊すぞ」


 ああ、そう言えば中世の時代は衛生状態が悪く、水よりワインを飲んでいたと聞く。それを思い出したまさるは、アルフレッドに白湯を説明して用意してもらうよう頼んだ。


「異世界の人は、変なものを飲むのね」


 と言うと、ナタリアは部屋を後にする。

(おっさんが行けよ)

 まさるは心の中で言いつつ、再びベッドに横になるとアルフレッドに尋ねた。

 


「いつ、魔王を倒しに行くんですか?」

「まずは、お前さんが強くなってからだな」


 アルフレッドがまさるを見る。濃い顔から発せられる圧が暑苦しい。あと眉毛が太い。


「勇者って最初から強いんじゃないんですか?」

「そう思って、いきなり魔王を倒しに行ってやられた勇者が、二十年ほど前にいたな」


 濃い顔が、太い眉毛を上下に揺らしながら笑う。


(え? 俺TUEE出来ないの?)

 異世界転生ならお約束の『初期からステータスMAX』で暴れることが出来ないとか、まさるは出鼻を挫かれた思いだった。


「じゃあ、伝説の武器は?」

「これを持ってみるか」


 問いかけるまさるに、アルフレッドが自分の剣を差し出す。

 まさるの身長ほどもあろうかと言う大剣を、片手で軽々持っているのを見たまさるは、何かの魔法がかかっているのだろうと思い、迂闊にも片手で受け取ろうとした。


「おもっ! いだだだだだっだだだだ!」


 あまりの重さに声を上げた直後、まさるは剣を足の上に落としていた。

 慌てて両手で持つが、足で踏ん張っていないこの状態では、持ち上げる事もままならない。

 顔を真っ赤にしてジタバタしているまさるから、アルフレッドがにやけ顔で剣を取り上げる。


「これが、この国で三番目に強い武器だ。ちなみ重量軽減の魔法もかかってるぞ」


 まさるが恨みがましい目でアルフレッドを見る。

(強くもない、強い武器も持てない、他に一体何があるんだ……あ! 魔法……)


「ちなみに、今のままじゃ魔法も使えないぞ」


 まさるの思考を読んだのか、アルフレッドがまさるに念を押す。


「じゃあ勇者って、何ができるんですか?」

「知らん」


 太い眉毛を揺らし、ゲタゲタ笑いながらアルフレッドは簡潔に答えた。

 召喚された時点で、俺TUEE出来ると思っていたまさるは、それはそれはがっかりした。


「だがな」


 失意のどん底に落ちて項垂れるまさるに、アルフレッドは話を続ける。


「召喚された勇者が魔王を倒せるのは事実だ。過去の例で言えば、召喚された時点から大体五~十年程で魔王は倒されている。」

「そんなにかかるんですか!」

「ああ。逆に言えば、時間をかければ確実に魔王を倒せる程、強くなるって事だ」


 まさるはゲームが好きだ。特にRPGは好きで、適正レベルになっても更にレベルを上げてから攻略する程、根気強い性格だった。

 しかし、リアルに五年も十年も剣を振り続けるのはいかがなものか。十年かけて魔王を倒した時には、二十七歳。結構なおっさんである。

 貴重な十年間が、そんな殺伐とした毎日で良いのだろうか?

 魔王を倒せば、それなりの報奨は貰えるだろうし、将来の伴侶も、より取り見取りになるだろう。

 しかし、召喚されたら二分で無双できると思っていたまさるは、いまいち乗り気にならなかった。


「お待たせしました。遅くなってしまい、申し訳ございません」


 扉をノックする音がしたかと思うと、澄んだ少女の声が鳴り響く。

 続いて扉が開くと、そこには一人の少女が立っていた。

 肩口まで流れるローズブロンドの髪が、窓からの光を受けて淡く光り、雪の様に白い肌と合わせて見る者を惹きつける。

 まさるが呆けた様に見つめていると、涼やかな薄い水色の瞳と視線が合い、穏やかな笑みを投げかけてきた。


「わたくしこの度、勇者様のサポートとしてお仕えいたします、ステファニー・ブルックスと申します。以後、お見知りおきくださいませ」


 扉を閉め、まさるが寝ているベッドの横まで来ると、先程と同じように穏やかな笑みを浮かべ、優雅にお辞儀した。


「是非、一緒に魔王を倒しましょう!」


 まさるのやる気は、全開まで回復していた。

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