第2話:私の名は、
「尻が痛い」
「これでも王国最上級の馬車なのですが、お気に召さないようで申し訳ない」
「何かこう、魔法で一瞬で移動とか無いの?」
「その様な秘術は残念ながらございませんな。もしあるとしても、魔術師の中で秘中の秘、関係者以外が目にする事はございませんでしょう」
教会があるサンストーム帝国を出発して二日目、馬車に揺られながら、まさるとセバスチャンはもう何回目になるか分からない話を繰り返していた。
目的地であるラダール王国までは、馬車で急いでもあと三日程かかる。
まさるはこの退屈で尻の痛くなる旅に既に辟易しており、何か刺激を欲していた。
「突然、魔物が襲って来たりしないかなぁ」
「物騒な事を言わないでください。我が国の精鋭を護衛に付けておりますが、何かあった時には、私の首が飛んでしまいます」
その時は、自分が颯爽とチート能力で倒してやろうと思う。異世界物のお約束と言う奴だ。そう言えば、自分の能力って何だろうと思ったまさるは、セバスチャンに聞いてみる。
「勇者の能力って何なんです? 召喚した人によって違ったりするんでしょうか?」
「詳しい事は分かりません。何せ、召喚した国にとっては国家予算のほぼ全てを注ぎ込んで手に入れた『対魔王用決戦兵器』です。他国に奪われでもしたら大事ですので、情報は一切漏らさない様、緘口令を引く程でございます」
(勇者は兵器扱いかよ)
と、思いながらセバスチャンを見ていると、急に険しい表情になり、声のトーンを落としてまさるに話しかけてきた。
「当然、まさる殿にも勇者である事は内密にしていただきます。もし関係者以外にお話になりますと……」
「ど、どうなるんです?」
まさるは一気に緊張した空気に耐え切れず、乾いた喉に唾を飲み込む。
「記憶を消されます。ちなみに聞いてしまった者は、存在を消されます」
トーンは低いが、特に表情を変える事無く事務的に話すセバスチャンに、まさるは言い知れぬ恐怖を感じた。
「あと……」
まだ何かされるのかと、まさるは身構える。
「これも噂の域を出ませんが、魔王を倒せるのは勇者か、別の魔王のみと言われております」
「え、魔王って一人じゃないの?」
他にも勇者を召喚している国がある上に、他国に秘密と言う話から、各国で競争して倒そうとしているのかと思ったら、まさかの魔王複数設定である。
(どんだけ物騒な世界なんだよ。)
まさるは、この世界の住人が少し可哀想になった。
「現在、確認されている魔王は三人います。一人は死の神タルタナトスに祝福された『アスタフェイ』。二人目は破壊の神シルヴァスに祝福された『カラック』。そして最後は暗黒の神エレンボスに祝福された『フルメヴァーラ』。我が国ラダールに影を落としているのは、カラックでございます」
一度に捲し立てられても覚えられる物ではない。まさるは、取り敢えず関係のありそうなカラックだけ覚える事にした。
「奴らは、自身が信仰する神の威光を広める為に、各国の領土を脅かします」
セバスチャンは、拳を握り締めると、わなわなと震え始める。
自国に白羽の矢が当たった時を思い出しているのだろうか、若干興奮している様だ。
「そして今回の標的が、我が国ラダールとなったのです」
「それで、標的となった国が、教会に頼んで勇者召喚するんですね」
「左様でございます」
「世界が大変だって言うのに、お金取るって随分世知辛いところだなぁ」
「勇者殿の世界がどうであったかは知りませぬが、我々の世界では、自国さえ平和なら他国の事など気にも留めませぬ」
「なるほど。絶えず何処かで戦争やってる世界で、日々安穏と暮らしてる国にいた僕が言う事でもないか」
まさるは頭の後ろで腕を組むと、揺れる馬車の窓から外を眺める。
確かに人間と言う生き物は、常に敵を探して戦い続けていると思う。
戦争が無い国の、たかだか四十人にも満たないクラスの中でも、敵を作って攻撃衝動を満たそうとするのだ。
それが世界中ともなれば、争いが絶えないのは道理であった。まさに戦闘民族地球人である。
嫌なことを思い出したまさるは、忘れる様に頭を振ると、そっと目を閉じる。
元の世界から解放されたせいか、頭の中に巡る言葉はもう無い。
他に聞きたい事もあったが、今はそのまま馬車の揺れに任せて眠りに就く事にした。
一刻も早く
馬が疲れ果てると、予め休憩地点で用意されていた馬に交換し、食事は護衛の何人かが先行し、街で調達して馬車に運ばせる。
当然、風呂は疎かシャワーなど無く、濡れタオルで体を拭く程度だ。
寝床は、馬車の椅子が変形して簡易ベッドになり、その上で眠る。
時々、まさるは振動で目が覚めるのだが、隣に寝ているロン毛のおっさんが視界に入る度、馬車の外へ蹴り出したい衝動を抑えるのに必死だった。
ある時、宿に泊ってゆっくりと体を休めたいと提案したのだが、あっさり却下された。
遅れるのは勿論の事だが、何より一番心配なのが、「勇者を強奪される恐れがあるから」らしい。
財政状態の厳しい国では、勇者の召喚もままならないらしく、隙があれば召喚した勇者をかっさらって行くのだとか。
どれだけぼったくっているのか、あの教会は。
(てれれれ、てってってー。まさるはレベルが上がった。尻が固くなった)
心の中でファンファーレを鳴らしながら、召喚された当初より硬くなった尻を撫でつつ、馬車から外を眺める。
いつの間にか、林ばかり続いていた風景に家がぽつぽつと増え始めていた。
「ラダール国内に入りました。あと五時間程で王城に到着いたします」
まさるがそわそわと外を見ているのを察してか、セバスチャンが説明をしてくれる。
始めは木造の小屋が多かったが、次第にヨーロッパ辺りで見る様な、レンガ風の建物が増えていき、街らしさを感じるようになった頃には、遠目に一際大きな建物が見えて来た。
「すごー……」
「あちらが、我がラダール王国国王、マクシミリアン様がおわします、ラダール城にございます」
両端から延びる尖塔が特徴的な、こちらも西洋でよく見る様な白亜の城が、徐々に近づいて来る。
まさるは興奮を隠しきれずに、セバスチャンにあれこれ城について聞いていた。
「ラダール王国宰相、セバスチャン・バーレイ殿、御帰還!」
門番らしき鎧の男が声高に宣言すると、重厚な鉄製の門が軋みを上げながら開いていく。
その勇壮さに、まさるが度肝を抜かれている間、門をくぐった馬車は、細い道をゆっくりと進んでいき、小さな門がある建物の前で止まった。
そこでも衛兵らしき男が、馬車の到着と同時に扉を開いて待ち構える。
今まで、ただのロン毛執事だと思っていたセバスチャンが、突然ものすごく偉い人に思えて来た。
実際、ものすごいく偉い人なのだが。
馬車を下り、衛兵が待つ扉を潜り抜けると、控室らしき部屋へ案内される。
いよいよ国王との謁見を控えて、まさるの心拍数はスピードを増していく。
控室で待っている間、まさるは国王の御前での簡単なマナーを、セバスチャンからレクチャーされた。
基本姿勢は、片膝ついて俯いている。
呼ばれれば、返事をして顔を上げる。
会話が終われば、基本姿勢に戻る。
この三点さえ抑えておけば、問題は無いらしい。
本当はもっと細かい決まり事があるらしいのだが、勇者という事で大目に見てくれる様だ。
その後、三十分程控室で待っていると、木製の扉を叩く音が響いた。
「マクシミリアン王の準備が整いました」
部屋の外から聞こえるくぐもった声に反応した守衛が、扉を開き二人の先導を始める。
石畳で出来た長い廊下を二度、三度折れ曲がると、これまた長い階段を上って行く。
少し広い空間に出たかと思うと、正面には金銀で装飾された美しい扉があった。やはり両側には鎧を付けた衛兵が立っている。
先導していた衛兵は、階段を上りきると横にかわし、二人を前に進ませた。
無言で進んでいくセバスチャンの後を、まさるも黙って付いて行く。
そして、扉が開いた瞬間、あまりの大音響にまさるは心臓が止まりそうになった。
「っだー! びっくりしたぁ」
思わず口にして後ずさる。
扉を開いた衛兵がクスリと笑ったように聞こえたが、まさるが見るとそっぽを向いて素知らぬ顔をしていた。
その間にも、セバスチャンは前に進んでいる。恥ずかしさに顔を赤くしながら、壮大なファンファーレが鳴る広間へ向け、まさるは赤い絨毯の上を速足で歩いた。
緊張で周囲の景色も目に入らないまま、前の背中を追って歩いていると、突如止まったセバスチャンにぶつかりそうになる。
非難の声を上げようとしたまさるは、跪くセバスチャンを見て、既に国王の前まで来ている事に気付いた。
事前に打ち合わせていた通り、急いで彼の右隣に跪く。
二人が跪くのを合図に、流れていたファンファーレがフェードアウトしていく。全てが生演奏だった。
(そりゃ、準備に時間かかるよなぁ)
まさるが俯きながら左右をチラ見していると、静寂に包まれた中で腹に響くような声が謁見の間に響き渡った。
「ラダール王国宰相、セバスチャン・バーレイ、面を上げてよいぞ!」
「ははっ!」
借りてきた猫の様に畏まったセバスチャンが顔を上げると、国王に向け話を始めた。
「陛下、予てより進めておりました案件、本日無事に連れてまいりました」
「うむ。大儀であった」
「有り難きお言葉」
セバスチャンが涙を流していた。失敗すればハラキリだったのだから、当然であろう。そんな国家の一大事業を成功させたのだから、彼にはバラ色の未来が約束されている。多分。
そんな事をまさるが考えていると、国王が再び声を張り上げた。
「横の者、面を上げよ」
「はいっ……ぶっ!」
国王に呼ばれたまさるは、緊張しつつも返事をして顔を上げる。
そして、またもや心臓が止まるかと思った。
凄まじい目力に体が硬直する。万人がこの目と視線を合わせたら、逸らすことはできないだろう。流石一国の頂点の人物と言うところか。
しかし、それ以上にまさるの脳内を汚染したのはアレだった。
トランプのキング。
アレそのまんまの顔に、思わず吹き出しそうになるのを、唇を噛んで必死に我慢する。
いかに召喚勇者と言えど、ここで笑ったらハラキリでは済まないかもしれない。
「ほほう、そなたがそうか。確かに我が国では見ない風貌よな」
必死で生死の境を踏みとどまっているまさるに、国王が重厚な声で語り掛けて来る。
視線を外すことを許されないまさるは、自分でも気づかない内に、固くなった尻を力いっぱいつねっていた。
「して、名前は何と申す?」
またもや名前。
その単語だけで、まさるは一気に冷静に戻った。
もう既に偽名を使っているのだ。それを言うだけで良い。
それなのに、何か言い知れぬモノが彼の喉に詰まる様に言葉を止めさせた。
その正体が何なのか、考える事を拒否するかの様に目を瞑る。
そしてゆっくりと開くと、それに合わせる様に口を開いた。
「私の名は、さとう・まさるです」
まだ少し違和感を感じる名前を口に出す。偽名という事もまさるに若干の罪悪感を感じさせていた。
「ふむ。まさるよ、そなたが召喚された訳は聞いておるな?」
「はい、聞いております。ですので、今すぐにでも伝説の武器をいただいて出発したく存じます」
「ふぉっふぉっふぉ。逸るでない。」
まさるは無茶苦茶、逸りたかった。
先程は、名前の件で冷静になれたが、この顔はこれ以上直視できない。こうしている間にも、魔王がこの国を崩壊させるより早く、まさるの腹筋を刻一刻と崩壊に導いているのだ。
「馬車での長旅で体調が優れませんので、休まさせていただいても宜しいでしょうか……」
一刻も早く事態を打開したいまさるは、『お腹が痛いので保健室行っていいですか』作戦を敢行した。
「そうか、それはいかんな。では早々に休むと良い。晩餐会は後日としようか」
まさおとの会話を終えた国王は、ぐりんぐりんに巻きが入ったちょび髭を指で伸ばしながら、セバスチャンと晩餐会の打ち合わせに入る。
(その顔で、その仕草はやめろおおおおおおおお!)
会話が終わり、やっと俯くことを許されたまさるは、脂汗を滝の様に流しながら力いっぱい唇を噛んで耐えた。
国王とセバスチャンの打ち合わせが終わり、謁見の間を退場する頃になっても、まさるは俯いたまま肩で息をしている。
「まさる殿、具合は大丈夫ですかな?」
容態を心配したセバスチャンがまさるの顔を覗き込むと、焦点の合わない瞳を見開き、荒い呼吸を続けながら口から血を流していた。
「まさる殿? 大変じゃ! 早く救護班を!」
唇を噛み続け、無我の境地に自分を追い込んでいたまさるは、そのまま担架に乗せられ運ばれていった。
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