第22話 魔法少女との戦い

「ちょっ……! 葉月くん、相手の狙いは私だけなんだから、葉月くんまで付き合うことなんて……あたっ」


 慌てて説得にかかるライラックだが、俺は空いている手で額に軽くチョップをお見舞いして、遮った。


「勝手に押しかけてきて散々俺に付き纏ってきたと思ったら、一人でよく分からないもん背負い込んで突き放そうとするとか、おちょくってるのかお前は」

「それとこれとは話が別で……」

「別だろうがなんだろうが……俺はお前が日常的にやってるのと同じように、勝手についていくことにしたから文句は言うな」


 ……柄でもないことを、言っているような気がする。


「葉月くん……」


 ライラックは目を大きく見開き、少し沈黙した後。


「そうだね……葉月くんは私にとって、たった一人のパートナーだもんね。置いてったら、罰が当たっちゃうか」


 観念したように、肩の力を抜いた。

 二人で、南雲の方を向く。


「……あくまでも桂木は、あたしと違う道を行くわけだ」

「お前の方が、考えを変えない限りはな」

「じゃあ、桂木はもう仲間じゃないね。あたしの頼みも、聞いてくれなかったし」


 そう言って、どこか寂寥を感じさせる表情を、一瞬だけ滲ませた後。

 南雲の顔つきが険しいものに変わった。


「そっちがその気なら、あたしも遠慮しない。桂木を殺して、標的を捕縛する」 


 無機質な宣言を境に、臨戦態勢に移る南雲。

 空気が、重くなったような気がした。

 俺は傍らのライラックを一瞥して。


「ライラックは下がっていてくれ。ここはひとまず、俺が仕掛ける」

「でも……相手は魔法少女だよ? それに私の生け捕りが狙いなんだから、近くにいた方が派手な攻撃をしにくいんじゃ……」


 ライラックの言い分には一理あるが、確実な保証はない。

 万が一でもライラックが巻き添えを食らうような事態は避けたいが……そのまま伝えて本人が納得してくれるとも思えない。


「いいか……ライラックは後ろであいつの能力を見極めながら、隙を突いてその『ステッキ』で撃ってくれ。剣を持ってる俺が前衛で、銃を持ってるお前が後衛だ」


 これはライラックの安全を確保するための方便でもあるが、作戦でもある。

 未だ、南雲の固有魔法の詳細は不明な点が多い。対応をするためにも、同じ魔法少女であるライラックに分析してもらう必要があるのだ。


「葉月くん……うん。合理的な策だね、それで行こっか!」


 ライラックは一瞬、心配そうな眼差しを向けてくるが、すぐに笑顔で不安の色を隠し、明るく頷いた。

 ……これは、どっちの意図も見透かされたかもしれない。


「よし……それじゃあ、後は頼むぞ。向こうも、流石にこれ以上は時間をくれないだろうからな」

「了解!」


 短く言葉を交わし、ライラックは駆け足で俺から離れていく。

 その姿を見送った後、俺は改めて南雲と正対した。

 南雲は右手には光の刃を発していない状態の『ステッキ』を、左手の内には船を出現させる時に使用したゲーセンのメダルを何枚か握っているが、こちらを見ているだけでまだ何も行動を起こしていない。

 圧倒的優位にあるからこその余裕か、南雲にとっても俺とライラックが離れていた方が好都合だから、泳がせていただけなのか。

 その考えを読める程知恵が回るわけでもなければ、能力がどんなものか定かですらないが……俺としては、とりあえず近づいて仕掛けるしかない。

 出方を待っていても、圧倒的な力の差で押し切られる可能性が高いからだ。

 ならば、何かをされる前にさっさと決着をつけた方がまだ勝ち目が高い。


 だから、俺は。

 現代において、個人でありながら兵器的価値を持つ力を持った存在、魔法少女・南雲周芳に対し、光剣一本で突撃を開始した。


「おおおおお!」


 似合わない雄叫びのような声を発しながら、一気に間合いを詰めにかかる。

 二人の間に、行く手を阻む庭園の草花はない。真っ直ぐと小径が続くだけだ。これなら斬りかかるまで、数秒とかからない。


「……!」


 南雲の眼光が、きっと鋭くなった。

 左手に握っていたメダルが一枚、投げ放たれる。

 このままだと、直撃コースだが。

 これをただのメダルと捉えるなら、無視して進み続ければいい。

 しかし俺は、南雲が投げた先に、次々と船が出現した光景を見せつけられている。

 つまりは……明らかに、何かある。

 俺は瞬間的にそう判断すると、急ブレーキをかける勢いで減速し、横へ跳んだ。

 すると、その直後。

 ゲーセンのメダルに過ぎなかった筈のそれは、鋭く尖ったナイフになっていた。メダルそのものが形を変えるというよりは、メダルがナイフと入れ替わったように見える。

 やはり、避けて正解だった……と思ったのも束の間。


「食らえ、第二の刃……なんちゃって」


 南雲は次のメダルを投擲してきた。

 ……ナイフであれば、剣で落として突き進めばいい。

 そう思い、前に足を踏み込もうとして。


 ――接近するメダルが、ナイフではない何かと入れ替わるのが、見えた。


 俺は反射的に、そして全力で、脇にある花壇の陰に飛び込んだ。

 鈍く低い爆発音が、耳に響いてくる。足元が、気味悪く揺れる。

 回避していなかったら、直撃していただろう。

 背筋が、ぞっとする。


「……手榴弾、か?」


 口先で刃と言っていたのは俺を油断させ、爆散させるためのフェイクだったというわけだ。 


「ったく……タチが悪いな」

「はは、その台詞はまだ早いんじゃない?」


 立ち上がりながら毒づく俺に、南雲はそんな言葉を返しながら、ある一点を指差す。

 指された先に、視線を向けると。

 近くの花壇に設置されていたスプリンクラーが、小型の砲台のようなものと入れ替わる光景が、そこにはあった。

 SFなどに登場する、セントリーガンとでも表現すべきそれの銃口が、こちらを向く。


「なっ……!」 


 弾丸が、立て続けに発射された。

 しかし俺には、顔面目掛けて真っ直ぐ、高速で飛来するそれらを、目で追うことが出来ていた。

 撃たれるなんて初めての経験だが……弾丸すらも、セルティリアの剣よりは遅かったらしい。 

 俺は回避できる弾は最小限の動きで避け、避けきれないものは光剣で斬り落としながらセントリーガンに接近し。


「この……!」


 ついには光剣で真っ二つにして無力化すると、俺は再び南雲を目指して走り出す。

 南雲は一通りの仕掛けを対応されて効果が薄いと感じたのか、『ステッキ』から光の刃を出して構える。

 両者の間にあった距離はすぐに詰められ、俺が南雲に斬りかかる形で、火蓋が落とされた。

 南雲はその一撃を光剣で受け止め、難なく対応してくる。

 そのまま何度か追撃を試みるが、南雲はそのすべてを落ち着いた様子で捌いてみせた。

 ……やはり、対人戦というものに慣れきっているらしい。

 反面、俺は南雲との打ち合いの中で、やりにくさを覚えていた。

 いつもセルティリアの遊びに付き合わされてきた時と違って、命が懸かっているからとか、精神的な部分ではなく。

 光剣は竹刀と比べて、軽すぎるのだ。

 おかげで剣を振るう感覚に、差異が生じている。


「にしてもさ。なんで桂木が『ステッキ』を使えちゃってるわけ? もしかして、魔法少年くんだったりした?」


 剣を交わす中、余裕を窺わせる表情で、南雲が問いかけてきた。

 俺は応じながら、剣を振るう。


「貰い物だよ、魔力充填式とかってな……!」

「ああ、なるほど」


 南雲は納得した声を発し、笑みを浮かべて。


「道理で、扱い慣れてない感じがしたわけだ」


 そう言うと同時、南雲の光剣から、刃が消えた。

 鍔競り合いのように交わっていた俺の剣が空を切る。

 対する南雲は身体を横に反らして、自分に向かって飛び込んでくる剣を躱した。

 俺は剣に乗せていた力の行き場を失い、前のめりにたたらを踏む形になる。


 隙が、生まれた。


 そして今、俺が戦っているのは、その隙を見逃してくれる相手ではない。

 横を取る形になった南雲は、無防備を晒す俺の眼前に一枚のメダルをトスしながら、逃れるように後方へと跳躍した。

 メダルが別の何かと入れ替わっていく……そんな、不可思議な現象を、右目が捉える。

 視界に広がるその光景は、スローモーションのようにゆっくりとして見えた。


 ――このままだと、殺られる。

 俺は前に踏み出していた足に強く力を乗せると、強引に地面を蹴りながら倒れ込み、横に転がった。

 とりあえず、距離を取ろうと試みる。

 脇にあった生垣の草花に全身で突っ込み、勢いそのまま裏側に抜ける。

 爆音が、響いた。


 ……どうにか、ギリギリで回避が間に合ったらしい。

 生垣に飛び込んだ際、枝や葉に肌を軽く裂かれたが、この程度はかすり傷だ。

 メダルは手榴弾か何かと入れ替わっていたのか、その生垣は爆風の影響で原型を留めていない。


「いやー……ホントよく避けるよねえ、桂木って」


 光剣を構え直しながら立ち上がる俺に、南雲は感心したような声をあげた。

 先程のやり取りで、両者の間合いは再び開いてしまった。

 南雲は警戒する俺とは対照的に、光剣から刃を発することもなくゆったりと佇んでいる。


「最初はただ場慣れしてるか反射神経が良いだけかな、くらいに思ってたけど、きっちり見てから避けてるし。片目なのに……いやむしろ、片目だけで見てるから異常に発達したって感じ?」


 興味深げに、俺の眼帯に覆われていない方の目……即ち右目を見据えてくる南雲。

 ……一体何を言っているんだ。

 その言葉に俺が疑問を抱き、意味を考えようとした、その時。


 南雲の顔つきが、不意に険しくなった。

 次の瞬間。

 青白く太い閃光が背後から俺を横切り、そのまま南雲に向かって一直線に駆け抜けていった。

 極太のレーザー砲のような一撃が射線上の尽くを飲み込むように消滅させながら突き進み、南雲に正面から突き当たろうかというところで、眩い光に視界が埋め尽くされた。

 激しい熱と衝撃、甲高く鳴り響くハウリングのような音。

 ……五感がおかしくなりそうだ。


 その状態が数秒間続き、すべてが終わった時。

 閃光の眩しさから回復した俺の視界には、さっきまでとは様変わりした景色が映った。

 手榴弾などの小爆発や弾痕によって荒らされつつあった庭園は、もはや原型を留めていない。

 閃光の直線上に当たる箇所からは、あらゆるものが消失している。

 床すら消し飛んでいるため、下の階が垣間見えるほどだ。

 また、直撃を免れた花壇や生垣も、衝撃によって草花が散り散りになって丸裸にされていた。

 では肝心の、南雲周防はどうなったのか。

 彼女が立っていた辺りに、目を向ける。

 そこには、五メートル四方ほどの、金属製と思しき壁があった。

 何かを守るように聳えるそれは、変形して半ばひしゃげているような有様だが……それでも今の閃光を受けて形を保っていられるということは、ただの金属ではない。


「いやー……これ、最高級の対魔力シェルターと同じ素材なんだけどなあ……」


 壁の横から、苦笑いした南雲が姿を現した。

 どうやら壁は南雲が身を護るために出現させたらしく、本人は無傷だ。


「これのどこがCランク相当なんだか。もしかして……桂木に嘘でも吹き込んだの、魔法少女ちゃん」


 南雲は俺の更に奥。

 後方に控えていたライラックへと、言葉を投げかける。


「私が、葉月くんに……嘘?」 


 振り返れば、ライラックの格好は純白のドレス風変身衣装に変わっている。

 拳銃の形をした『ステッキ』の銃口を南雲に向けて構えている様子を見る限り、今の一撃はライラックが放った汎用魔法なんだろうけど。

 俺の頭の中に、一つ疑問が浮かんだ。


「や。だって今の、絶対Sランク相当っしょ」


 そう。

 果たしてこれほどの破壊をもたらす魔法が、本当に『低評価』の烙印を押される程度のものなのかという、疑問だ。

 どうやらそれは、魔法少女である南雲の目から見ても、同じのようだ。


「えっと……?」

「その感じ……本人は無自覚か。てことは魔法少女ちゃんに誤った認識をさせた奴がいて、あたしたちは纏めてそいつの思惑通り勘違いしてた……? でもなんのために……」


 状況を把握できていなさそうなライラックの反応から、推察をする南雲だが。

 日頃から空気の読めない節があるライラックは、その暇を与えなかった。


「よく分からないけど……もう一発!」


 再び、万物を消し去る閃光ーーライラックの魔力銃による一撃が発射された。

 拳銃の口径から放たれる、砲撃のような規模と威力を持った光。

 南雲が驚愕しながら巨大な盾をもう一枚出現させた様子が見えたところで、視界が再び光に包まれた。

 熱と衝撃と轟音。

 混沌とした事態が巻き起こる中で、俺は後ろから手を握られた。


「葉月くん、今の内に行くよ!」


 この状況を生み出した張本人である、ライラックだ。

 俺たちはどさくさに紛れて、屋上から離脱した。

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