第20話 もう一人の
ライラックに手を引かれながら階段を駆け足で昇った先の屋上は、庭園のように草花で飾られていた。
転落防止のフェンスは極力視界を遮らないよう、金網ではなくワイヤーが張られている。
確かに、見晴らしが良い。
抉り取られた山やヴィランズの襲撃以前は住民が暮らしていたであろう廃墟、元あった陸地が消失したように不自然な海岸線、更にはその先に広がる紺碧の海原まで、すべてを見渡せる。絶景、と呼んでも誇張ではないだろう。
が、その割には。
「誰もいないんだな」
「うん、ここはパンフレットにも載ってない穴場だからね」
「なるほど……まあ、元々この博物館自体、過疎気味でもあるしな」
屋上庭園へ足を進めながら、俺とライラックは言葉を交わす。
「それと……他の誰かに先を越されないよう、まっすぐここを目指して歩いてたっていうのもあるけどね?」
「……全部計算づくってわけか」
「うん、だからしばらくは二人きりの筈だよ!」
得意げに頷きながら、ライラックは無邪気に笑いかけてくる。
「けど、見学時間は限られてるだろ? ここでのんびりしてていいのか」
「んー……博物館はまたその内、ゆっくり見に来たらいいから」
空いている方の手を顎に当てながら、ライラックはそう口にする。
「でも、こうして学校行事でパートナーである葉月くんと一緒に来たっていうのは、今だけのことでしょ? だったら、それに相応しい思い出を作るべきだと思うんだよね」
言ってから、ライラックは庭園内に設置されたベンチの前で足を止め、目配せしてきた。座ろう、と促しているんだろう。
俺とライラックは、二人並んでベンチに腰を下ろした。その際ようやく、繋がれていた手が離れる。
「それで、相応しい思い出ってのは?」
「えっと……一生忘れないくらい、刺激的なことをする……とか」
ライラックはゆっくりとした仕草で、俺の肩に手をかけ、身を寄せてきて。
「あー……つまり?」
「つまり……ここなら誰も見てないから、何をしても大丈夫だよ……?」
吐息がかった声で、耳元に囁いてきた。
「……っ!?」
ぞくり、とこそばゆい感覚が背筋を走る。
咄嗟に身を引きながらライラックの顔色を窺うと……案の定、真っ赤だった。
「だから、恥ずかしいなら最初からやるなよ……」
「あ、う……で、でも……!」
ライラックは、羞恥のあまりやや挙動不審になりながらも、意を決したように拳を握りしめて。
その手を、俺の胸板に添えてきてた。
すると必然的に、隠しておきたかった事実が露見する。
そう、俺の鼓動は、まんまと速くなっていた。
「やっぱり……葉月くんも、どきどきしてるね……?」
ライラックは顔を火照らせたまま、嬉しげに勝ち誇る。
微かに潤んだ琥珀色の瞳、薄い桜色の唇が放つ息遣いと、呼吸によって上下する胸元。ライラックが纏う魅惑的な雰囲気に、呑み込まれそうになる。
鼓動が、更に速くなっていく。
俺もライラックや他の生徒同様、イベント事特有のいつもと違う空気……みたいなものに当てられているのだろうか。
だとしたら、このまま流されてしまうのも仕方のないことでは――。
「うーし、その辺でストーップ」
なんて考えが頭を過ったところで、少し離れた草陰からそんな声が聞こえてきた。
遅れて、その声の主が正面から姿を現す。
「できれば水を差したくなかったんだけど……流石に度を過ぎたのはちょっとねえ」
ゆるい感じのセミロングの茶髪に垢抜けた雰囲気の同級生、
場の空気に耐えられなくなったのか、苦笑いを浮かべている。
「な、なっ……み、見られてた……!?」
ライラックは第三者の出現に、動揺を露わにしながら俺と少し距離を取る。
「ったく……誰かに見られるのが嫌なら、最初から外でやるなよ」
呆れた風に言う俺だが……その実、内心では安堵のような感覚に包まれていた。
「それはそうだけど……って、場所を選んだらいいんだ……?」
「いや、今のはいわゆる言葉の綾ってやつで……」
そこはかとなく嬉しそうに目を瞬かせるライラックを前に、俺がやりにくさを感じていると。
「あ、そだ。桂木に会ったら伝えようと思ってたことがあるんだけど……今いい?」
南雲が遠慮がちに言いながら、手招きをしてきた。
「ああ、別に構わないが……」
むしろ、ちょうど良いタイミングだ。
俺はベンチから立ち上がり、呼ばれるまま南雲の方へ向かう。
後ろから「あ、葉月くんが逃げた」と不満げな声があがったが、聞かなかったことにしておく。
「いやあ、なんかすまんね。邪魔しちゃってさ」
「気にしてないというか……正直助かった」
あのまま雰囲気に流されてしまうよりは、これで良かったように思える。
「しかし……なんでこんな場所にいたんだ? ライラックの話だと、ここはあまり人が寄り付かないらしいが」
「
「ああ……確かにここは、時間を潰すにはちょうど良さそうだな」
一括りでぼっちと言っても、こうした学校行事の際は、以前までの俺のように一人で自分なりに楽しむタイプもいれば、適当にやり過ごすタイプもいる。
南雲は後者なんだろう。
「そ。あたしは展示物にも一切目を向けずに来たから……魔法少女ちゃんの計画よりも更に早く着いたのも当然ってわけで……」
どうやら、この屋上に来た時の俺とライラックの会話も聞いていたらしい……なんて思いながら話を聞いていると。
「……って、こんな言い訳みたいな説明、もういらんか」
南雲は煩わしそうに、大きくため息を吐いた。
「……どうした?」
その異変に微かな違和感を覚えながら、俺は尋ねる。
「さっきまでの話は、嘘」
「……嘘?」
「そ。ホントはさ、二人のこと尾行してたんだよね」
へらへらと笑いながら、南雲は言う。
……尾行。
何か、物騒なワードが飛び出してきたような。
抱いた違和感が、強くなる。
「一体……なんのために」
「んー……ま、一つはさっきも言ったように、桂木に伝えたいことがあるからって感じ?」
「で、その伝えたいことってのは」
……さっきから、話が見えてこない。
俺の問いかけに対し、南雲はいつものように明るく笑いながら、答えた。
「あたしってさ。実は、魔法少女なんだよね」
「は……?」
あまりにも、予想外の言葉だったからだろうか。
その意味が瞬時に理解できなかった。
これは何かの冗談なんだろうか。果たして、どういう風に返すべきなのかよく分からな――
――底知れぬ冷たい気配が、全身を駆け巡った。
視界の端に、禍々しく光る何かが映り込む。
悪寒を頼りに反射的に身体を動かした、次の瞬間。
さっきまで俺の胴体があった位置を、白色の光が素早く横切った。
直撃は免れたが、胸板の辺りを掠める。
「……っ!?」
光の正体が高濃度の魔力で構成された刃を持つ剣……即ち『ステッキ』の一種であり。
その光剣を南雲が振るっていると理解した時には、既に二撃目が迫っていた。
「くっ……!」
俺は咄嗟に後ろへ跳ねて、光剣を回避する。
今度は一撃目と比べれば、それが攻撃だと認識できている分まだ猶予があった。
「やっぱ、これくらいで
じゃんけんで負けたくらいの軽さで、南雲は残念がる。
その様相は、直前までとは一変していた。
学校指定の制服は、映画に出てくるスパイが着るような、タイトで黒ずくめな格好に変わっている。
いわゆるキャットスーツ風の服装だが……これが南雲の変身衣装ということなんだろう。
手には、光剣タイプの『ステッキ』。
魔力を有する者が、汎用魔法を行使するための殺傷力を持った武器だ。
それらは、南雲周芳の正体が魔法少女であることを如実に告げていた。
だが、その姿は、俺の知る南雲とは……ぼっち仲間を自称する、少し変わった同級生の女子とは、あまりにもかけ離れている。
「ったく……何がどうなってんだ……」
何故南雲が俺へ殺意を向けてくるのかが、分からない。
まだ、これは何かの冗談で、姿が変わったりしたのも魔法などではなく種や仕掛けがあるのだと説明された方が納得できる。
そんな考えを抱いてしまうほど、俺は現状を受け止められていなかった。
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