第19話 私がしたいこと
昼の休憩時間が終わり、博物館横の公園で一度集合した後。
現在、
展示項目ごとに区分けされた、やたら天井が高くて仄暗い、白を基調とした内装の展示室が無数に連なっている博物館の中。
他の生徒たちとは常に距離を保ち、極力人気のない場所を見て回ること三十分程。
「……今からでも、友達のところに混ざってきたらどうだ?」
俺は遅まきながらに、隣を歩く人物に控えめの音量で声を掛ける。
と、その人物、ライラックはジト目を向けてきた。
昼休憩中、二人で見て回りたいと誘われたのを断りきれず、結局一緒に行動することになったのだ。
「もうっ……そういうこと言うのは野暮だって、そろそろ分からないかなあ
俺同様、場の静寂とした雰囲気に合わせていつもより抑え気味の声量でそんなことを言った直後、ライラックは一転して微笑みかけてきた。
「私が葉月くんと一緒に回りたいんだから、それでいいでしょ?」
「お、おう……まあそれなら仕方ないな……」
その屈託のない笑みに、俺は相変わらず精神を乱される。
そろそろ慣れたいものだが、なかなか耐性が身に付いてくれない。
「うんうん仕方ない仕方ない、っと」
ライラックはしきりに頷きながら、流れるような動きで俺の手を絡め取り、しかと握り締めてきた。
動揺していた中で不意を突かれた形になった俺は、以前のように回避することが叶わない。
「……おい」
「えへへ。どうせ誰も見てないし……ね?」
ライラックの言う通り、周囲には同じ制服を着た生徒は勿論のこと、他の客の姿もない。
基本的に、この博物館は閑散としている。
海を隔てた孤島だからというのも理由の一つだろう。自ら魔女大戦を経験し、生き延びた人々にとって、ここに展示されているものの多くは、まだ忘れていたい過去である、というのもあるかもしれないが。
「はあ……ったく」
小声でやり取りする中、自分から仕掛けておいて勝手に気恥ずかしそうにするいつも通りのライラックに、俺は大仰にため息を吐く。
が、それ以上の行動は取らなかった。
すると俺の手を握ったままのライラックが、にへらと緩みきった表情を浮かべる。
「すっかりデレ期だねえ、葉月くん」
「……適当なこと言うな。風評被害だ風評被害」
「微妙に間違った使い方な気がするけどそれは置いといて……前までだったら、私があの手この手を尽くしても暖簾に腕押しって感じだったのに……今はあっさり受け入れてくれてるし、一歩前進なのは間違いないと思うんけどなあ」
「勘違いするな。単にこんな静かな場所で強引に振り解いた結果、わーわー騒がれた場合のことを考えたら、ここは大人しくしといた方が周りに迷惑を掛けないと思ったまでだ」
「おおっ、いかにもツンデレって感じの台詞だ」
「……」
面白がるライラックとは対称的に、俺は眉間に皺を寄せる。
別に怒っているわけではない。
かと言って図星を突かれたが故の渋面というわけではないのだ。断じて違う。
結局、繋がれた手はそのままに歩き続ける中。
ライラックはそんな俺の表情すら堪能でもするかのようにしげしげと眺めた後、ふと口を開いた。
「ところで葉月くん。もし私が転校してこなかったらまず間違いなく、一人でこの広い博物館を見て回ることになってたわけだよね……それって寂しくないの?」
日頃の照れっぷりに反して、この状況では何故か自然体な様子のライラック。
だが、俺は内心穏やかではいられない。
触れ合う掌から直に伝わってくる温もりや柔らかさばかりに、意識が注がれてしまう。
それでもどうにか頭の中にある考えを纏めて、俺は問いに答える。
「……その辺は結局、価値観の問題なんだろうな。学校行事の中でも、この手の遠出してある程度自由に行動出来るイベントは、ちょっとした一人旅をしているような感覚でいればそれなりに楽しめるぞ」
「へー……でも班分けがある時はどうするの?」
「あー……まあそれはその時になってからどうにかするさ」
「何も考えてなかったんだ……そんな調子で今までの学校生活、よく乗り切って来れたねえ」
「……運が良かったんだろうな、ぼっちなりに」
そもそも俺がぼっちである原因は、自ら周囲との間に壁を作り、あえて変な眼帯を装着したりしている俺自身にあるのだ。
仮に都合の悪い状況に陥ったとしても自業自得なわけだが……だからこそ余計に、幸運だったと言えるのかもしれない。
取りとめのない思索に耽る中、俺は何となく足を止め、周囲の展示物に目を向けてみる。
どうやらこの展示室は、今は討ち滅ぼされたかつての人類の敵、ヴィランズとはそもそも何者なのか……といったテーマに焦点を当てているようだ。
俺は手を繋ぐライラックとともに、部屋のど真ん中に堂々と設置された、ひと際目立つ展示物の方に近寄っていく。
漆黒の異形。あるいは四足歩行の怪獣とでも表現すべき禍々しい姿を再現した、天井に届きそうな程背の高い模型だ。
傍らには、攻撃を受け半壊したと思われる周囲のビル群と同程度の縮尺でヴィランズを捉えた写真もある。
その写真からは、見上げる程大きなこの模型が実寸大ではなく、何回りもスケールを小さくしたものであることが分かり、実物の体躯がいかに巨大であったかを物語っている。
「あ、これパンフレットにも紹介されてた模型だよね。怖いモンスターみたいなイメージが先行してるけど……こうして見ると、ヴィランズって爬虫類っぽい顔してるかも?」
「爬虫類と言ってもその親玉、恐竜っぽいし……トカゲとかカメみたいな愛嬌は欠片もないな。あとはえげつない棘やら角やら生えてるのも頂けないか」
一緒になって立ち止まり、展示物を眺めるライラックに、俺は冗談めかして応じる。
そんな言い回しが出来る程度には、俺の気持ちにも余裕が生まれつつあるようだ。
おかげか、もっと早く抱いて然るべき当たり前の疑問に、ようやく思い至った。
「にしても……たった十年前の出来事だってのに、実物を見た記憶がないってのも変な話だな」
まして、俺は戦災孤児。
両親はヴィランズとの戦いの中で命を落としたと聞いているのだが。
特にこれといった感慨も、思い出も浮かんでこない。
薄情な人間……だからなのだろうか。
いや、単に子供の頃過ぎて、覚えていないだけか。
セルティリアに拾われるよりも昔の写真なんかがあればいいんだけど。
かつての生家は両親とともに灰となったらしいし、親戚筋を辿ろうにも元々少なかった上に今は安否すら分からないとかで、入手は困難を極める。
「だねえ……同い年でもヴィランズが暴れてる真っただ中に居合わせて、どうにか生き延びた……なんて人がいくらでもいるわけだから、そういう経験のない私たちはある意味、幸運なんだろうけど」
俺の事情など知る由もなく、しみじみと反応したライラックが、視線を少し下方、解説が書かれたパネルへと移ろわせた。
「ん、ヴィランズの基本的な情報について書いてあるみたいだね。なになに……『ヴィランズの身体を構成する組織は、その全てが魔力によって構成されていたとされる』ってこれは結構有名な話だよね?」
俺が一緒になってパネルを覗き込んでいると、ライラックが同意を求めてきたので、「まあな」と軽く相槌を打っておく。
その後もライラックは、パネルに書かれた解説の要点を纏めながら、声に出す。
「『これは大気中に存在する魔力を用いているとする説が一般的で……ヴィランズが場所や時間を問わず、突如として自然発生的に沸くように出現したことが裏付けとされている』だって。あとは『絶命した際にも亡骸が残ることはなく、霧散するように消失する』……ってこれも割と基礎知識な気が」
実はすぐ横に録音された音声ガイドを再生するボタンがあり、それを押せば一から十まで読み上げてくれたりする筈だし。
もっと言えば俺だって隣で読んでいるから改めて語り聞かされるまでもないのだが。
本人が満喫しているっぽいのであえて教えないでおこう。
博識ぶったりしている辺り、ちょっとした学者気分にでも浸っているのだろうか。
「……この毎回、なんとかと『されている』とか『一般的で』みたいな言い回しで書かれてるのは読んでて違和感があると言うか、どうにも引っ掛かるな」
「わざわざ資料として展示してるくらいだから、断言しろよー……ってこと?」
「ああ。この文章を書いてるのだって、一応は魔法学か何かを専攻する頭の良い連中なんだろ? だったらもうちょっと自信持てよって気はするな」
「自信持てとか、葉月くんが言っちゃうんだ」
ちゃっかりと、ライラックはそんなことを言ってくる。
「……どういう意味かは知らないが、俺の自己評価は寸分たりとも間違ってないぞ」
「そこだけ意固地なのも、なんだかなあ……。まあ、こうして二人きりで博物館をふらふら見て回る、なんてデートっぽいことをしてるのに普段通りでいられてるし……上出来ってことにしておくけどね?」
ライラックは、手のかかる子供でも見るような、温い視線を俺に向けてくる。
なるべく意識しないようにしているんだから改めて言葉にしないで欲しい……とか俺が思っている間にも、ライラックは掛けていない筈の眼鏡をくいっと持ち上げるような仕草を、格好だけ取ってみせてから話を再開する。
「さて、さっき葉月くんが言ってた疑問の答えだけど……そもそも魔法っていう力が、現状では学問として語り切れないような、奇跡に近い領分にあるからって理由があったりするんだよね」
「……なんだそれ」
あまり答えになってなくないか、と心の中だけで俺が愚痴っていると。
「うーんとね……曲がりなりにも最近は魔法学や魔法工学なんて分野が台頭してきたり、汎用魔法を使うための『ステッキ』が開発されたりしてるけどさ。そもそも、その道のエキスパートである魔女にすら、自分たちの身にある日突然魔力を宿り、魔法が使えるようになったことについての、正確な理由が分かってなかったりするんだよね」
「そりゃあ、そこそこ重大な問題だな」
「うん。根っこからしてそんなだから、魔法に関する学問は基本的に『現実としてそこにあるけど、どうしてあるのか今のところ分からない。仮説はあるけどそれを証明する術もやっぱり分からない』って感じのものばかりなんだって」
「なるほどなあ……しかしライラック、案外詳しかったりするのか」
「私自身、魔法が使えない魔法少女なんてちょっと矛盾した存在だからね。固有魔法を使えるようになるために、何か手掛かりを得られないかと思って魔女同盟のデータベースを色々調べたりしたことがあったの」
「道理で……でも色々調べてみた結果が分かりませんの山じゃ、堪ったもんじゃないな」
「確かにちょっとだけ滅入っちゃったよね、散々調べて有用な情報の一つも掴めなかった時は」
俺がおどけて肩を竦めると、ライラックは笑って応じた。
その笑顔には、秘密を打ち明けてくれた時のように無理をしている気配はなく、自然な笑みだ。
「ただ、調べてて気づいたんだけど……データベースの中にはどうも、一介の魔法少女に過ぎない私の権限だと閲覧出来ないような情報も沢山存在してるみたいなんだよね」
「へえ」
「だからもしかしたら……その中に実は一般には知られていないような新事実があって、何らかの理由で秘匿されてたりするのかもしれないって思ったら、なんだかわくわくしない?」
「いや。俺、その手の都市伝説みたいなのにはあんまり興味ないんだよな」
「え、そんな中二病っぽい眼帯してるのに?」
「中二病ってお前な……まあそう見えるように着けてるのは事実だが」
意図的に痛い奴に見えるような外見を選んでいるとはいえ、改めてライラックから指摘されるといたたまれない気分になる。
よって俺は、そんな気分を払拭すべく、軽口を飛ばす。
「つーか、あれだ。身近にその普通じゃ閲覧出来ないような情報を平気で漁れる立場にありそうな奴がいるからな。いざとなったらあいつに聞いてみれば分かる話だろ」
「それってお
適当に口にしてみただけの俺の言葉を、ライラックは本気で検討し始め、そのまま自分の世界に入り込んでしまった。
その中でライラックが「お義姉さまって葉月くんに甘えて欲しそうにしてるし、上手いことお膳立てしてけしかければ……」などと不穏なことを呟いていたのは、聞かなかったことにしておこう。
俺とライラックはその後も二人で展示物を眺めていく。
曰く、ヴィランズは息絶えても亡骸すら残さないので、掃討された今でも詳しい生態の多くは謎に包まれているし、そもそも生命体なのかも怪しいだとか。
逆に分かっているのはその狂暴で攻撃的、あらゆる物に対し破壊の限りを尽す恐ろしい性質だとか。
凄まじい再生能力を持っており、魔力を伴った攻撃以外では傷を付けることすら出来ないとか。
知性に関してはある程度高いとされ、人間が仕掛けた罠や攻撃の意図を察知し、回避する能力を持つ一方で、対話や意思疎通は不可能だった……といった情報について、実際にヴィランズが市街地で暴れ回っている光景を記録した映像と音声による補足を交えた説明が為されていた。
そこまで見た辺りで、ライラックが繋いだ手を引っ張って呼びかけてくる。
「ほらほら、あっちに葉月くんの好きそうな中二病っぽいことが書いてあるよ」
「だからこの眼帯を着けてるのはそれっぽく見せてるだけで……いや、もういいか面倒臭い」
異を唱えかけた俺だったが、途中で止めて、ライラックが指し示した先を見る。
そこには『ヴィランズが備えていた特殊能力』との見出しで説明が書かれたパネルが壁面に貼られており、一枚の写真が添えられていた。
俺とライラックはそちらへと足を運び、パネルを読む。
「どれどれ……『空間を消失させる能力』って、いよいよ中二臭いな」
「でも、危険度は冗談じゃ済まないみたいだね。咆哮を合図にブラックホールのような渦を発生させて、周囲を呑み込んで消滅させるとか書いてあるし」
説明書きを熟読するライラックの傍ら、俺は横の写真に目を向ける。
件の特殊能力とやらによって攻撃を受けた都市部の様子……らしいのだが、その名残が全く存在しない程度には更地になっている。
被害の規模は、壊滅的と称するに相応しいだろう。
おまけにこれが一撃によってもたらされたと言うのだから、絶望的だ。
しかし、これだけ派手なことになっていたのなら、当時の世情について少しくらい覚えていても良い筈なのだが……やっぱり思い出せない。十年前の俺が物心付いて間もない幼少期だったにせよ、どうなんだそれ。
まあ考えたって仕方が無いことなので、一旦忘れておくとして。
「……いくら攻撃が通用したとしても、魔女はよくこんなの相手に勝てたよな」
「実際、聖域の魔法少女が現れるまでは苦戦を強いられてたみたいだよ? 一部の例外を除くと、大勢の魔女が束になってやっと一体のヴィランズを倒せたかどうかって感じだったみたい」
ちなみにそのことを教えてくれたのは自分の師匠であるセルティリアで、彼女はその一部例外だと自称していた、とライラックは補足する。
俺はその補足を半信半疑のまま聞き流しつつ。
「意外だな。俺としては魔女や魔法少女は連戦連勝の正義の味方だったって印象で、戦時中は実際そんな風に報道されてたって聞くんだが」
「戦果を誇張して士気を高めるなんて歴史を紐解けばよくある手法みたいだけど……見栄っ張りな体質の組織なのかもね、魔女同盟も」
「それで当時の人々が苦境の中でも希望を保てたってなら、そう責められるような話でもないかもしれないが……その見栄を現実に変えたわけだろ、今や伝説になってる聖域の魔法少女ってのは」
「あ、聖域の魔法少女の伝説と言えばさ」
何気ない俺の言葉に、ライラックは何やら嬉々として食いついてきて。
「もしも聖域の魔法少女が魔女になっていたら、世界を支配できたかもしれないって話は、聞いたことある?」
「……また都市伝説の類か?」
眉唾ものの話だと思いながら、俺は話に応じる。
「うん、そんな感じ。葉月くんは、聖域の魔法少女がどんな能力を持ってたか、知ってる?」
「……いや。その能力がヴィランズと相性が良かったから、人間が勝てた程度のことしか」
「じゃあ、本当に基本的なことだけって感じだね」
そんな会話を交わしながら、俺たちはまた歩き始める。
「簡単に言うと聖域の魔法少女の能力って、自分が持ってる特殊な魔力で他の魔力に直接干渉するって感じだったらしいんだけど……そんなちょっぴり地味な気がする能力が、どうしてヴィランズに相性良かったか、葉月くんは分かる?」
饒舌に語るライラックは、楽しそうに問いかけてきた。
……この博物館に来てから、心なしかいつも以上にテンションが高い気がする。
「ヴィランズの身体が、魔力で構成されていたから……ってことか」
「うん。魔力そのものが形を得て破壊衝動に芽生えた化身、なんて言われてたヴィランズに、聖域の魔法少女は自分の魔力で干渉できてね。活動を鎮静化させたり逆に活性化させたりって感じで自由自在に操れて、その気になれば強制的に自壊させたりなんかも可能だったの」
「そりゃあ……ヴィランズからしてみれば、まさに天敵だったろうな」
何せ聖域の魔法少女がその気になれば、ヴィランズは抵抗する暇もなく瞬殺されてしまうのだし。
事実そうなったからこそ、今の平穏があるのだから。
「その通りなんだけど……ここで問題なのが、聖域の能力と相性が悪いのは、ヴィランズだけじゃないってことなんだよね」
言われて俺は、はっと気づいた。
今や世界各国で強大な武力を持つ兵器のように位置付けられている、魔女や魔法少女。
聖域の能力は、彼女たちに対しても抜群の相性を誇るのでは――。
「とは言え魔力の塊であるヴィランズと、人間である魔女や魔法少女だと、効き目が全然違うみたいなんだけどね?」
俺の思考を遮るようなタイミングで、ライラックは拍子抜けするようなことを口にし始めた。
「ヴィランズは魔法少女レベルの未熟な能力でも有効だったけど……他人の属性を持つ魔力となると、同じようにはいかなかったんだって」
「じゃあ結局……聖域の魔法少女は、他の魔女や魔法少女の脅威にはならないってことか」
「魔法少女のままだったら、そうだね」
「あー、それはつまり……」
「うん。もし聖域の魔法少女が魔女に成長していれば、他人の属性を持つ魔力でも、ヴィランズ同様、自由自在に操れたんじゃないかって推測されてるんだよね」
それは、直前までの主張をひっくり返すような仮説だ。
結局何が言いたいのか、俺が真意を測りかねている中、尚も楽しげにライラックは続けた。
「仮に聖域の能力が万全なら……世界に存在する全ての魔女と魔法少女を支配して、その能力を意のままに利用することだってできる。それはつまり、世界最強の軍隊を手中に収めるにも等しい……扱い方次第では、どんな野望でも叶えられるだろうって話」
かしこまった調子で語り終えてから、ライラックは『どうだった?』と感想を促すように、笑みを向けてくる。
「なるほど……確かにそれが実現していたら恐ろしい話だし、物騒な今の世間が更に物騒になってた可能性もあるが……結局、仮説の域を出ない話ではあるよな」
スケールの大きな話を聞かされて息を呑みながらも、俺は真に受けることはなかった。
「聖域の魔法少女は大戦後間もなく、若くして病死したってのは有名な話なんだから」
そう。
世界を救い英雄となった少女の能力について、ここまで色々と語り合いはしたけど。
当の本人が既に他界しているのだから、大して意味のない、遊び半分みたいな話に過ぎなかったのだ。
そんな会話をしながら歩いている内に、上階へ続く階段に差し掛かった。
「あ、着いた」
ライラックがおもむろに足を止めながら、呟く。
「ねえねえ、葉月くん」
くい、と繋いだ手を軽く引っ張ってきたライラックに合わせ、俺も立ち止まる。
「……なんだ?」
「実は、この博物館には屋上に展望デッキがあってね。建物自体が高台に位置してるから、すごく景色が良いらしいんだけど……どうかな?」
「あー……どうってのは」
「えっと、葉月くんと一緒に見に行きたいんだけど、駄目かな?」
ライラックは子供のように目を輝かせ、期待の眼差しを向けてくる。
……この聞き方をされて駄目だと言える奴は、心が鋼鉄でできているだろう。
「分かった……行くか」
「うんっ!」
力なく返事をする俺に、ライラックは喜色満面で頷いた。
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