第14話 放課後の教室
「葉月くん、ちょっといい?」
翌日。放課後の教室にて。
学校での一日を何事もなく終え、用もないので帰ろうとしていたところに、隣の席に座るライラックが呼びかけてきた。
「……なんだ?」
「えっと、私って、引っ越してきてから日が浅いでしょ? それで、服とかどこで買えばいいのかまだ知らないって話を友達としてたら、案内してもらえることになったの」
「それは……今からってことか?」
「うん。だから今日は一人で先に帰っててほしいんだけど……」
ライラックは、遠慮がちにそう切り出してくるが。
「ああ、分かった」
元々ぼっちである俺としては一人で帰ることになんの感慨もないので、すぐに頷いた。
そこに、ライラックの友人である委員長と
「どう? 許可は取れた?」
「あ、うん。許可って言い方はちょっと大袈裟な気もするけど……」
「二人で放課後デートをする時間を奪ってしまうことになるんだもの。きちんと断りを入れるのが筋でしょう?」
そう言って、委員長は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「で、デートってそんな……」
ライラックは視線を泳がせながらも、時折ちらちらとこちらに目配せしてくる。
頬を赤く染めてはにかんでいるが、一体どういうつもりなのか。
「あら、二人は付き合ってるんじゃないの?」
「えっ!? ち、違うよ? 今のところは……」
「今のところ……つまり近い内に付き合う予定がある」
委員長の問いを否定しようとするライラックだが、すぐに御母衣が揚げ足を取りにかかる。
「あ、えっと……そ、それよりも! 早く行こ? 話し込んでたら、お店を周る時間がなくなっちゃうし!」
すっかり翻弄されつつあったライラックだったが、声を大にしながら立ち上がり、強引に話題を打ち切った。
「ふーん? まあ、あまりからかい過ぎてもキリがないのは確かね」
口元を軽く手で押さえながら委員長が言うと、御母衣が頷く。
「楽しいけど、日が暮れる」
「む、むぅ……」
友人たちにからかい甲斐のあるおもちゃみたいな扱いを受け、ライラックは少し拗ねたように頬を膨らませる。
程なくして、諦めたようにため息を付いた後、ふと思い出したようにこちらを向いた。
「そうだ、葉月くん。ちょっとおつかい頼んでもいいかな?」
「ああ、別にいいけど」
俺が首肯すると、ライラックは嬉しそうな笑顔を見せた。
「ありがとっ。じゃあ、にんじんとじゃがいもと豚肉、お願いしてもいい? 場所はいつものスーパーで」
「わかった……今日はカレーか?」
「うん、正解! ちなみに葉月くんは辛いの苦手だったりする?」
「いや……程度にもよるが、基本的には大丈夫だ」
「そっかー。じゃあ、とりあえず中辛くらいにしてみるね?」
「ああ、それで頼む」
そんな調子で、俺とライラックが何気ないやり取りを交わしていると。
「ちょっと待ちなさい」
委員長が、待ったをかけてきた。
「さっきから、当たり前のように話してるけど……何その夫婦みたいな会話」
「まるで、一緒に暮らしてるみたい」
勘付いた様子の委員長と御母衣が、核心に触れてくる。
……油断していた。
できることなら、伏せておきたかったんだが。
知られたらまた噂を呼び、面倒な注目を浴びかねない。
「あ、うん。花嫁修業の一貫ってこともあって、葉月くんの家でお世話になってるの」
懸念する俺とは裏腹に、ライラックは一切包み隠すことなくあっさりと認めた。
瞬間、委員長と御母衣の目の色が興味津々といったものに変わり。
まだ残っていたクラスメイトたちが、ざわついた。
「つまり……同棲?」
「いやいや。桂木くんだってご家族がいるでしょうし、その結論は性急すぎるんじゃないかしら」
とんでもない単語を口にする御母衣の考えを、委員長が冷静に否定しようとするが。
「うーん、一応葉月くんのお義姉さんがいるけど……殆ど帰ってこないから、実質二人きりみたいな感じだね」
友人たちの疑問に対し、ライラックは素直に答えていく。
「やっぱり……同棲」
「そ、想像以上に進んだ関係だったのね……」
淡々と爆弾のようなワードを投げ込む御母衣と、流石に唖然とした様子の委員長。
「あ、あれ? なんだか空気がおかしいような……私、変なこと言ったかな?」
ようやく異変に気づいたらしいライラックが、困惑気味に呟きながら友人たちの顔を交互に見る。
このままここにいると、厄介事に巻き込まれそうだ。
「じゃあ、俺はそろそろ行くから」
「え、あ、うん」
俺は一言そう告げて席を立つと、扉へと向かう。
ライラックを一人残すのは忍びない気がしないでもないが、身から出た錆だから自分でなんとかしてほしい。
「一体普段家でどんなことをしてるのか……じっくり聞かせてもらう必要がありそうね」
「買い物しながら、根掘り葉掘り」
背後から聞こえてくる、楽しげな委員長の声と、同調する御母衣の声。
「え、えっと……」
すっかり戸惑い果てたライラックの声が聞こえてきたが、これも友達とのコミュニケーションの一環と考えたら何も問題ないということにしておこう。
俺は扉を開けて、教室を後にした。
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