第15話 あたしのお気に入り

 ライラックと別れ、教室を出た後。

 放課後の学校に用事なんて特にない俺は、さっさと帰ることにした。

 下校する生徒や友人と駄弁ったりしてたむろする連中で賑わう正面玄関を抜け、校舎の外へと出ようとしたその時。


「あ、いたいた。こんな所で何してんの?」

「暇ならオレらとカラオケ行かない? 同じクラスの一員として、親睦を深めるって意味でさ」


 騒がしい玄関の中で、陽気な男女の声が聞こえてきた。

 もちろん、俺に対して発せられたものではない。

 陰気臭くて眼帯を付けた変人ぼっちにわざわざ話しかけたいと思う人間は、そういないだろう。

 では、喧騒の内の一つに過ぎないその声が、何故俺の意識に留まったのか。

 話しかけられている人物に、見覚えがあったからだ。

 ふわりとしたセミロングの茶髪に制服を着崩した、垢抜けた外見の小柄な女子生徒。

 図書室でいきなり話しかけてきた同級生、南雲なぐも周芳すおうだ。

 扉から外に出た所の壁にもたれかかる南雲は、クラスメイトと思しき男女五名ほどの集団に話しかけられていた。

 どうやら、級友として遊びに誘われているらしい。


「……」


 しかし、南雲は視線すら合わせることなく、黙々とスマホを弄っているだけだ。

 以前俺に話しかけてきた際の、馴々しいほどに明るく気さくな雰囲気はどこへいったのか。

 今の南雲からは、他者を寄せ付けない、鋭い気配が漂っているように見える。


「おーい、聞いてんのー?」


 集団の内の一人、海外からの留学生と思しきドレッドヘアーの黒人男子が南雲の視界に映り込むように、身を屈めながら呼びかける。

 すると南雲は、その黒人男子を、ちらりと一瞥してから。


「……」


 無言のまま小さく首を横に振るだけで、辞退の意思を示した。


「あー、そうか……じゃ、また今度な」


 黒人男子がそう言ったのを合図に、集団は南雲に背を向けた。


「今度って……いつ誘っても南雲は無理だって」

「そもそもクラスメイトなのに話してるのすら殆ど見たことないしな」

「授業中、先生に当てられたときくらい?」

「けど、美人なのにぼっちとか……勿体無いよねえ」


 口々に言い合いながら、南雲のクラスメイトたちは歩き始める。

 俺が遠巻きから、そんな光景をなんとなく眺めていると。

 不意に、南雲がちらりと顔を上げた。

 視線がばっちりと、交錯する。


「おっ? 桂木じゃーん」


 さっきまでの、冷たく無機質な雰囲気はどこへ行ったのか。

 俺の存在に気づいた南雲は、こちらに向けて片手を振りながら、にこやかに話しかけてきた。

 スマホを制服のポケットにしまい込むと、小走りで駆け寄ってくる。


「今帰るとこ?」

「あー……そうだけど」


 初対面の時と同様、明るく馴々しい雰囲気に豹変した南雲に面食らうしかないが……どうやらそれは、俺だけではないようだ。

 先程の男女五人組が、唖然とした顔で足を止めて、南雲とついでに俺を見ていた。


「どうなってんだあれ……」

「……南雲が話してるの見たことないってなんだったんだ」

「てかあの変な格好した男、誰?」


 五人組は釈然としない様子で俺と南雲の方を見ながら、言葉を交わしている。

 気づけば玄関にたむろする他の生徒たちからも、好奇の目を集め始めていた。

 ……どうやらこいつがぼっちだと自称していたのは冗談の類ではなく、その事実は俺以外の多くの生徒が認識している程度には有名だったらしい。

 まあ、この容姿で無口なぼっちときたら、目立つのも無理はないか。

 それに巻き込まれる俺としては、ライラックのおかげで変に他人から見られる機会が増えていることもあるので、これ以上心労の種を増やしてほしくないのが正直なところだけど。


「ってか一人なの? 魔法少女ちゃんは一緒じゃないんだ?」


 周囲の注目は意識にないのか、特に構う様子もなく南雲は問いかけてくる。

 ……変な呼び方だが、『魔法少女ちゃん』とはライラックのことだろう。

 俺は生徒たちの視線から逃れるように歩き出しながら、首肯する。


「ああ。友達と買い物にいくらしい」

「へえ……」


 相変わらずまったく周りを気にしていない南雲は、俺の隣に並ぶようについてくる。

 ……とりあえず、この場の面倒な空気からは逃げ出せそうだ。

 校門へ向かって、二人で歩く。


「じゃ、さ。ちょっと付き合ってよ」

「悪いが、一応これから用事があるんだ」

「用事? ぼっちなのに?」


 俺が誘いを断ると、南雲は懐疑的に眉をひそめた。


「なんだその『ぼっち=暇人』みたいな発想は」

「大体合ってるっしょ。『誰かと何かをする』ってことがない人種なわけだし」


 南雲は肩をすくめながらそう言ってから、続ける。


「ちなみに家に帰って孤独にゲームしたり勉強したり、とかは用事って言わんから」


 暇人扱いされてなんか負けた気分になったぼっちが「俺だって忙しいんだ」と言い張るためによく使いそうな逃げ道を、南雲は的確に潰してきた。


「……スーパーで買い物を頼まれたんだよ」


 しかし今日の俺は本当に用事があるのだ。隠し立てすることでもないし、事実をそのまま伝えればいい……と思ったのだが。


「ああ、おつかいか。じゃ、あたしもそれについてくから」

「あー……なんでまた」

「別にいいっしょ? ま、断ったって『帰り道がたまたま被っただけ』とか言ってついてくけど」


 何故そこまでして同行したいのかはわからないが、無理に断るのもややこしいことになりそうだ。


「……もう好きにしろ」


 諦め半分で、俺は答える。

 南雲は満足げに一つ頷いてから。


「うーし。おつかいが終わったらあたしの用事にも付き合うってことで」

「いや、どうしてそうなる」

「つれないなー。ぼっち仲間じゃん、あたしたち?」


 馴々しい笑みを浮かべながら、南雲は俺の背中をぽんぽんと叩いてくる。

 ……だから、ぼっち仲間ってなんだよ。相変わらず、無警戒過ぎる距離感の近さだし。

 俺なんかを連れ回したところで別に楽しくもないだろうに、何がしたいんだか。


「ったく……他に誘う奴とかいないのかよ」

「だから言ってんじゃん? 『ぼっち仲間』って」


 訝しむ俺に、南雲はさも当然とばかりに答える。


「つまりあたしもぼっちってわけ。放課後一緒に遊びに行くような、気安い関係の友達なんていると思う?」

「いや……今さっき誘われてただろ。あれに乗っておけば、とりあえずぼっちにはならないはずだが」

「や、あれはなんつーかさ。あたしとは人種が違うっていうか」

「……そうは見えないけどな」


 外見的には、さっきの連中より俺のほうが余程南雲とは別のタイプに思える。


「とにかくさ。あたしは他に遊び相手がいないかわいそうな女の子ってわけ」


 釈然としないが、現状だけ見ればそういう表現の仕方もあながち間違いではないのかもしれない。


「まさか桂木は、そんな女の子を見捨てる……とか言わないよね?」


 口ぶりだけは寂しがるようなことを言っている南雲だが……その顔からは隠しきれない笑みが漏れ出していた。

 なんとも分かりやすい奴だが……それにしたって、ずるい言い方だとは思う。


「はぁ……わかったよ」


 俺は校門を通り抜けたところで一つため息をついてから、首を縦に振る。

 すると南雲は、腹を抱えて笑い声をあげた。


「ははっ、お人好し過ぎでしょ桂木」


 俺としてはまったくそうは思わないというか、逆に冷淡な人間だと自己評価しているのだが、それはそれとして。


「そう思うなら、付け込もうとしないでくれるとありがたいんだが」

「あ、それは無理」


 割と切実な俺の頼みを、南雲はあえなく却下して。


「だってそういうお人好しなところ、あたしはなかなか気に入ってるんだぜ?」


 芝居がかった調子で言いながら、南雲はにししと無邪気に笑うのだった。

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